376話 4匹のバッグ
大通りをゆっくり歩いて見て回る。
お昼時なのか人が多い。
噂に耳を傾けるが、調査隊の事が主で特に新しい事はない。
「昼はどうする? 広場に戻って作ると時間が掛かるだろう?」
「どうしようか? そう言えば、この村の屋台は何が有名なの?」
最初はこの村で畜産されているメルメだと思っていたけど、独特の臭みと硬い肉質で不人気らしい。
臭みは薬草と一緒に下茹でしたら改善するし、硬さは果物パパシを使ったソースに漬け込むと柔らかくなる。
ちょっとした事で美味しくなるのに、勿体ない。
でも、不人気のおかげで安い。
値段に惹かれて、ちょっと大量に買おうかと検討している。
それにこの間作った、果物パパシを使った漬けタレ。
あれが思った以上に美味しかったので、また食べたいのもある。
味をもう少し工夫してみるのもいいな。
「ラッポの包み焼が人気みたいだな」
周りの屋台を見ると、確かにラッポの包み焼の看板が目立つ。
ラッポはこの村周辺に生息している魔物で野兎に似た魔物。
野兎と違うのは体の大きさと額に角がある事らしい。
そして野兎よりちょっと凶暴だと聞いた。
「そうだね。このちょっと爽やかな匂いが包み焼の匂いかな?」
大通りを歩くと気になる匂いがあった。
肉の香ばしい匂いに交じって、さわやかな匂いがしていた。
匂いの元を探していたが、どうも包み焼のようだ。
「おそらく包み焼に使用している葉の匂いじゃないか?」
近くにあった包み焼の屋台を覗く。
店主が肉と野菜にソースをかけて、大きな葉で包んでいる。
そしてそれを網の上にのせて焼きだすと、ふわりと爽やかな匂いが広がった。
「すごくいい匂い」
「なら、昼は包み焼にするか?」
「いいの?」
「俺も気になるし。と言うか、この匂いを嗅いでると我慢が出来なくなると思わないか?」
確かにすごく食欲をそそられる。
覗いていた屋台から離れて、どの屋台がいいか様子を見る。
「使っている葉は同じみたいだな。違いは付け合わせの野菜と味付けか?」
「そうだね。付け合わせの野菜で決めようか」
「そうだな」
しばらく見て歩いて、2人が好きなカボという野菜が付け合わせの屋台を見つけた。
客も村の人が多く、期待できそうなので最後尾に並ぶことにする。
「ギルマスと団長がまた喧嘩してたらしいよ」
「また? いったい何をやってるんだろうね」
「本当だよね」
前に並んでいる村の人たちの会話が耳に入る。
そう言えば、この村のギルマスさんと団長は仲が悪いんだっけ?
村の人たちにも有名な話なのかな?
森の問題もあるし、大丈夫かな?
「いらっしゃいませ」
「包み焼を2つ下さい」
「ありがとうございます。ちょっと待ってくださいね」
屋台では40歳ぐらいの女性と男性が忙しそうに動き回っている。
男性は火の前で包み焼を焼き、女性は包み焼を作りながら焼けた包み焼を売っているようだ。
女性が焼けた包み焼2個を、カゴに入れて目の前のカウンターに持って来てくれた。
「どうぞ、2個で100ダルになります」
お金を払い商品を受け取る。
ふわっと香ってくる肉と爽やかな香り。
「ありがとう。美味しそう」
「本当にいい匂いだな。熱いうちに食べたいし、急いで広場に戻るか」
「そうしよう。ソラたちも外に出たいだろうしね」
広場に戻りテントに入ると、ソラたちをバッグから出す。
テントの中で飛び回り、伸びをするソラたち。
やはりバッグがいつものと違うため、寝心地が悪いみたいだ。
ソラたち専用のバッグは2つあったのだが、1つは森で完全に破れてしまいゴミに。
昨日まで使っていたバッグも、破れた場所を縫って使っていたが昨日とうとう使用不可能になってしまった。
臨時で使ったバッグは3つ。
どれも、寝心地が悪いのか、バッグに入りたがらない。
「昼を食べたらバッグを見に行こう」
「えっ?」
「ソラたちのバッグ。必要だろう?」
「うん。そうだね、寝心地のいいバッグを探そう」
お父さんと私の会話に嬉しそうに揺れる4匹。
やはりそうとう寝心地が悪いのかもしれない。
とりあえずお昼を食べる為に、テントから出る。
「あっ、洗濯物」
「忘れてたな」
テントの前の机を見て洗濯物が視界に入った。
完全に忘れてしまっていた。
「お父さん。お茶を入れておいて、その間に干してくるから」
すぐ近くに、洗濯物を干していい場所があるし、それほど時間はかからない。
「手伝おうか?」
「大丈夫。それより終わったらすぐに食べたい」
お腹空いた~。
「ははっ。了解」
急いで洗濯物を干しテントに戻ると、机にお皿に載った包み焼にサラダとお茶も用意され、すぐ食べられるようになっていた。
さすがお父さん。
「「いただきます」」
ラッポの包み焼は、コリっとした肉と肉のうまみを吸った野菜。
それに少し辛みがあるソースがあっていてとっても美味しい。
これはまた食べたくなる味だな。
「森の問題が落ち着いたらラッポの狩りに挑戦しようね」
この肉なら、串焼きでも食べてみたい。
「そうだな。そのつもりで既に仕掛けも作って来たしな」
ハタカ村の村周辺にいるラッポ。
美味しいとお父さんが教えてくれたから、狩る気でこの村に来たんだよね。
早く問題が解決しないかな。
後片付けをして、ソラたちについて来るか聞くと今度は来ないと言われてしまった。
姿を隠すマジックアイテムを起動させて、入り口をしっかりと止め鍵を掛ける。
「さて、とりあえずバッグを見に行くか」
「うん、専用バッグは3個買ってもいいかな? 破れた時の予備が欲しいから」
3個もあれば何かあっても大丈夫だろう。
「もちろん」
お父さんとバッグの大きさや素材の事を話しながらバッグ屋を探す。
大通りに並ぶ店の看板を1つ1つ確かめていく。
「あれかな?」
お父さんが指した方向を見ると、大通りから脇道に曲がった先にバッグが描かれた看板があった。
「そうみたいだね。行こう」
「あぁ」
大通りを横切り、店に近づく。
2人の店番をしている人たちの隣を通り抜ける。
「また言ってるの? お化けなんていないって」
お化け?
なんだか不思議な言葉を聞いた気がして、そっと2人を窺う。
それにつられて歩く速度がぐっと遅くなった。
「3日前も見たの! 森に、死体を運ぶお化けを!」
「また言ってる」
「だって、本当なんだもん! 私だって最初は見間違いだと思ったけど、また見ちゃったんだもん」
「最初に見たのは2か月前よね? そして真夜中だったよね?」
「そう」
「見たって騒いだからその日、私は自警団で確かめたよね。誰か前の日に死んだ人いませんかって」
「うん、一緒に行ったから知ってる」
「いなかったよね。ついでに行方不明の人もいなかったよね?」
「そうなんだけど。でも、お化けが村から死体みたいなものを運びだすのを見たの! これは絶対!」
「はぁ、分かった。分かった。大体本当に死体なのか分からないんでしょ?」
「それはそうだけど、でも死体を乗せる台車にのせてたから間違いないって! 運んでいたのは黒いお化けみたいに見えたし……。本当なんだって!」
「はぁ」
何だろう。
何かが気になる。
お化け?
いや、違うな。
「どうした?」
お父さんの声にはっとして横を見る。
知らない間に立ち止まっていたみたいで、心配させてしまった。
「なんでもない」
あとでゆっくり、何が気になったのか考えよう。
少し歩くとバッグ屋、名前は『テフリ』に着いた。
ちょっと高級感あふれる外観だけど、大丈夫かな?
「いらっしゃいませ」
お店の中は、しっかりと整理され綺麗にバッグが並んでいる。
どれもちょっと高級なバッグで、それなりの値段がしている。
選ぶ店を間違えたかもしれない。
「何かお探しですか?」
最初に挨拶をしてくれた女性が、やさしい笑みで声を掛けてくれる。
「テイマーたちのバッグはありますか?」
お父さんが答えると、すぐにバッグがある場所へ案内してくれた。
そこには、可愛らしい柄やちょっとかっこいい柄のバッグが並べられている。
今まで持っていたバッグとは違い、随分と手が込んでいるバッグだ。
「すごいね。可愛い」
値段もきっと高いんだろうなと値札を見る。
あれ?
マジックバッグより安い。
テイマーたちが使う専用バッグは、マジックアイテムの糸で作られたバッグ。
小型の魔物や動物が入れるように中は見た目より少し広く、寝心地がいいように作られている。
「値段も手ごろだし、選ぼうか?」
「いいの?」
「もちろん、大切な家族の居場所だからな」
「ありがとう」
えっと、寝心地を考えるならクッション性をしっかりと見ないとな。
あとは大きさも重要だよね。
夏になってくるから空気が通る方がいいかな?