373話 ジナルさん?
「こんばんは」
夕飯を作っていると、後ろから声がかかる。
振り向くとジナルさんが、カゴを右手に持って近付いて来る。
「こんばんは、お父さんの言った通りだ」
「ん? どういうこと」
今日は昼頃から村中が騒がしかった。
その理由は、森へ調査に行っていた冒険者たちが帰ってきたため。
「調査隊が帰って来たので」
「あぁ、昼からその噂で持ち切りみたいだな」
「はい。それでお父さんが、今日中に情報を持ってジナルさんたちが来るだろうから、夕飯でも作って待っていようかって。あっ、夕飯はお済みですか?」
「夕飯? いや、今ギルドから戻ってきたところだから」
良かった。
まぁ、いらないと言われてもいいような料理にはしたけど、食べてくれるのは嬉しい。
「一緒に食べませんか?」
「いいのか?」
「はい。多めに作ってあるので」
お肉と野菜のゴロゴロスープにタレ漬けしたお肉。
サラダもいっぱい作ってあるから問題なし。
「そうか、ありがとう。あ~、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい?」
ジナルさんを見つめると、なぜか緊張した面持ち。
それに首を傾げる。
「いや、ドルイドさんとあまり似ていないなって思ったからさ……ごめん」
「いえ、血は繋がっていませんから」
「そうなのか?」
ん?
ちょっと困惑した表情?
「はい。あっでも、少し前に家族にはなりました」
「家族に?」
「はい。ハタヒ村で届けを出しました」
その時の気持ちを思い出して、にこにこしてしまう。
駄目だ、顔が微笑む。
ちょっと両手を頬に添える。
「ん?」
ジナルさんが無言なので不思議に感じて彼を見る。
何か真剣に考えこんでいる。
何だろう?
家族になったことが何かあるのかな?
「証人……いや、なんでもない。よかったな」
「はい」
何か言ったような気がするけど、小さすぎて聞こえなかったな。
何だったんだろう?
「アイビー、肉はこれでいいか?」
お父さんが、バナの葉に包みこんだ肉を持ってきてくれた。
受け取って確認する。
「うん。ありがとう」
そう言えば、ここにいるのはジナルさんだけだな。
他の2人はお父さんの所に行っていたのかな?
「ガリットさんとフィーシェさんは?」
「テントの前に机を用意したからそこにいるよ」
お父さんの持ってきた肉の量を見る。
2人分ではなく6人分ぐらい。
夕飯のお誘いは成功したみたい。
「これって、この村で買った果物パパシを使用したタレ漬けだったよな?」
「そう。初めてだから楽しみ!」
初めて使った果物だから、ちょっとドキドキするけど味見では美味しかった。
後は、肉がどれくらい柔らかくなったのかが問題。
柔らかくしてくれる果物と、変化がない果物があるから初めて使う時はいつも緊張する。
これまでは肉を硬くする果物は無かったけど、いつか失敗しそうなんだよね。
このパパシという果物、少量の肉で試してみた時は少し柔らかくなった。
しっかり漬け込んだ状態だとどうなるか今から楽しみ。
「ジナルさん、後はお肉を焼くだけなのでガリットさんたちの所で待っててください」
「あぁ、そうだな。これ、お土産」
ジナルさんが持っていたカゴを私の前に持ってくる。
受け取ると、甘い香りが漂ってくる。
「おやつ?」
「フィーナという、王都で人気のお菓子なんだ。この村の屋台で見つけてね」
フィーナ。
カゴに掛かっている白い布をちょっと取って中身を見る。
綺麗に形が揃った焼き菓子が並んでいる。
「美味しそう。ありがとうございます」
「いや、そうだ。持っていくものがあったら運ぶよ。どれ?」
「えっと、取り皿とコップをお願いしていいですか?」
「あぁ、任せてくれ。楽しみに待ってるな」
「はい」
ジナルさんがガリットさんたちのもとへ行くのを見送ってから、夕飯の仕上げに入る。
お肉はそれほど厚みがないので、すぐに焼ける。
煮込んでいたスープもあとは最後の調整で完成。
サラダは大皿に既に作ってあるので、マジックバッグから出すだけ。
「運ぶよ」
「ありがとう」
「アイビー、ジナルさんに何か言われた?」
「えっ? えっと、お父さんとあまり似ていないねって。少し前に家族になりましたと言ったけど駄目だった?」
「いや、問題ないよ……似てない、ね」
「ん?」
「いや、なんでもない。これ持っていくな」
サラダの大皿を持ってテントの方向へ歩き出すお父さん。
何か小声で言っていたけど、何?
ジナルさんもお父さんもなんだかちょっと変だな。
どうしたんだろう?
「手伝いに来たよ」
そう言うと隣に立ったガリットさん。
「大丈夫なんだけどな。ん~じゃあ、スープのお鍋を運んでもらっていいですか?」
スープ皿に取り分けて持っていこうと思ったけど、ガリットさんが来てくれたならお鍋ごと移動しよう。
その方が好きなだけお代わり出来るからね。
「分かった。持っていくな」
ひょいと持ち上げるガリットさんにちょっと感動する。
だって、重いし熱いのに。
「大丈夫ですか? 火傷しないかな?」
「大丈夫。少し離して持てばいいだけだから」
それが難しいのだけど。
「ありがとうございます。お願いします」
「おう。それにしてもいい匂いだな」
後は、焼いたお肉をお皿にのせて、完成。
それを持ってテントのある場所まで戻る。
「お待たせしました」
机の上に焼いた肉を乗せた大皿を置く。
パンはお父さんが用意してくれているし、お皿も大丈夫。
スプーンとフォークも人数分ある。
スープはお父さんが小分けしてくれたから……。
よし、準備完了。
「食べましょう」
「そうだな、話はあとでお願いします」
「あぁ、この匂いに待てはつらい」
フィーシェさんがスプーンを持ちながら言う。
それに他の2人も頷いている。
「「いただきます」」
「ん? あっ、いただきます」
私とお父さんの様子に、フィーシェさんが持っていたスプーンをそのままに言う。
「「いただきます」」
ジナルさんとガリットさんは落ち着いている。
やはりこの3人は面白いな。
「美味しい。えっ、本当美味しい」
フィーシェさんがスープを飲んでちょっと興奮している。
他の2人の様子をそっと窺うと、2人とも嬉しそうな表情をしている。
それにこっそり喜んでいると、お父さんにそっと「よかったな」と言われ、頷いた。
「この肉、すごく柔らかいな。なんの肉なんだ?」
「一番安かったメルメですよ」
「えっ! メルメ? あの硬い肉?」
このハタカ村には畜産があり、そこで飼われているのがメルメ。
白い毛で全身が覆われている、モコモコした見た目の動物。
比較的育てやすいので多く飼われているが、肉が少し硬い。
味は独特の旨味があって美味しい。
「はい。そのメルメです」
「いやいや、あの硬い肉だよ?」
「そうですよ?」
私の知っているメルメ以外にメルメがいたらわからないけど。
「あの、畜産で飼われているメルメです」
私が少し不安げに言うと、ガリットさんが少し慌てる。
「いや、メルメは硬い肉だから。ここまで柔らかくなっていると別の肉みたいでさ」
なるほど。
確かに私もここまで柔らかくなるとは想像できなかった。
スープに入れたメルメはほろほろととろけるようだし。
焼いた肉もジューシーで柔らかい。
肉の味を見る時に少し焼いて食べたけど、正直硬かった。
「メルメだと言っても、信じないだろうな」
ガリットさんの言葉に2人が頷く。