370話 『風』
「食べ終わった?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ」
「ぺふっ」
3匹の満足そうな表情。
ソルもいっぱい食べたのか満足そうな表情をしている。
「怪我がなくてよかった。それにしても遊びすぎ! ドキドキしたんだからね」
グラグラ揺れたりゴミが上から落ちてくるのが楽しかったのか、3匹とも食べながらゴミの上でぴょんぴょんと遊び回っていた。
見ているこっちはハラハラしっぱなしで疲れた。
「にゃうん」
「ありがとう、シエル」
何かあった場合を考えてシエルに待機してもらっていた。
出番がなくて本当に良かった。
3匹はいっぱい食べていっぱい遊んでいつもより機嫌がいい。
「疲れたな」
「そうだね」
本当にもう疲労困憊。
「さて、帰るか。シエルはお腹空いていないか?」
お父さんの質問に喉をグルグルならすだけ。
これは無言だから、お腹は大丈夫なんだろう。
ソラたちが先導しながら村へ向かって歩き出す。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
前を飛び跳ねていたソラとフレムが、ぴょんぴょんと体をぶつけて遊びだした。
楽しそうに何度も繰り返す。
それを見たシエルが、スライムになって2匹に突進していく。
逆に気付かれないように、ソルは3匹からそっと離れて私の元に来る。
じっと見上げてくるので抱き上げると、嬉しそうにプルプル揺れた。
「止まれ!」
お父さんが急に、大きな声を出す。
その声の大きさに体がびくりと震えた。
視線を向けると、周辺を探るように森を見回している。
「ぷ~?」
「りゅ?」
「……」
「にゃ?」
気配や魔力に敏いシエルも、何が起こったのかわかっていないみたいな様子で、周りを見回している。
私は遠くまで異変が無いか気配を探るが、やはり何も引っかかってこない。
「お父さん、大丈夫?」
「あぁ、済まない。……何かいるような気がしたんだが」
「ソラ、フレム、シエル。皆ちょっと集まって」
お父さんの雰囲気がいつもと違うからなのか、すっとみんなが集まってくる。
「はぁ、分からん。ごめん、不安にさせたな」
お父さんが大きくため息をつく。
「そんな事ないよ。きっと何かあるんだと思う」
シエルは魔力や気配に敏感。
それなのにお父さんが感じる何かを、感じとれていない。
魔力や気配を感知させない魔物?
そんな恐ろしい魔物なんているのかな?
「お父さん。気配や魔力を隠せる魔物はいる?」
「それについては俺も考えたんだ」
「うん」
「そんな魔物がいれば、必ず冒険者になった時に説明を受けるはずだが、それは無かった」
「そっか。という事はいないって事だよね?」
「昔ならそうだと言えるんだけどな。今は……」
お父さんがすっと視線をソラたちに向ける。
私もつられてソラたちを見る。
「今はその可能性もあると考えてる。知っている種でも能力が違う可能性があるしな」
確かにスライムでもいろいろな能力があるもんね。
決めつけて考えるのは危ないよね。
それに噂では、新しい種類の魔物が生まれたと聞いた。
「魔物の事を、全ては知らないもんね」
ところで、なぜソラたちを見たんだろう?
「ただ、もし魔物なら厄介だな」
確かにお父さんの言う通り。
冒険者の多くは、魔物の魔力や気配を頼りにしている。
それが使えないとなると、襲われた時に防御が後手に回る。
それはかなり危険な事だ。
下手をすれば死んでしまうか、大けがを負うかもしれない。
「村へ戻ろう。調査隊が戻ってくるまで、少し森に来るのは止めた方がいいかもしれないな」
「そうだね。狩りは無理かな?」
この村には野兎に似た魔物がいるらしく、美味しいと噂で聞いた。
確かラッポという名前だったはず。
それがどうしても狩りたくて、お父さんと一緒に罠を考えた。
でも、今の状況だと狩りは無理だよね。
「そうだな。残念だけど」
「うん」
でも、本当に何なんだろう?
気配も魔力も感じさせない魔物?
魔物では無くて動物の可能性もあるのかな?
「そろそろソラたちをバッグに入れようか」
「分かった。ソラ、フレム、シエル。バッグに入ってもらえるかな? ソルもいい?」
腕の中にいるソルに訊くと「ぺふっ」と一声鳴く。
軽く頭を撫でるとバッグに入れる。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
ソラたちが競って足元に来ると、順番にピョンと腕の中に飛び込んでくる。
落とさないように頑張って受け止めると、バッグへ入れていく。
「ごめんね。テントに戻るまでいい子にしてね」
私の言葉にバッグがわさわさと動く。
いつもより大きくバッグが動く。
「知らない人が見たら、そのバッグは怖いな」
「確かに、肩から下げているバッグがいきなり激しく動くんだもんね」
夕飯や狩りについて話しながら村へ戻る。
門が見えてきたところで、足が止まる。
視線の先には門の前で、倒れている人の姿。
そしてその周辺を慌ただしく動き回る自警団の人たち。
「怪我人だな」
お父さんの言葉に頷く。
倒れている人たちは冒険者の格好をしている。
「怪我はひどいのかな?」
「いや、大丈夫だろう。意識があるみたいだしな」
お父さんの言葉によく見ると、確かに倒れている人たちはみな意識があるようで話をしている。
しばらくすると村から新たに自警団員がきて、冒険者たちにポーションを渡したようだ。
「これで大丈夫だな」
「うん。あのポーションは後で支払うの?」
「あぁ、払えない場合は労働を提供する事もある」
「そうなんだ。無事でよかった」
周りを見ると、私たち同様に村へ入るのを待っている人たちの姿が見えた。
40代ぐらいに見える冒険者の格好をした3人組。
体つきは3人とも随分とがっしりしている。
見ていると、3人のうち1人と視線が合う。
無視するのもどうかと思い、軽く頭を下げる。
視線を怪我人の方へ向けると、あと少しで村へ入ることが出来そうだ。
ホッとしていると、横から足音が聞こえた。
あれ?
もしかして、頭を下げないほうがよかったかな?
「こんにちは」
「「こんにちは」」
少し離れた場所にいた冒険者の1人が、ニコニコと笑顔で声を掛けてきた。
「娘さんですか?」
「えぇ、あなたは?」
お父さんが少し警戒した雰囲気を見せ、私を少し後ろに下がらせた。
それを見て、目の前の冒険者が1歩後ろに下がる。
「すみません。怪しいもんではないです」
「いや、十分怪しいだろう。いきなり『娘さんですか?』なんて訊いたら」
目のまえの冒険者の後ろに、仲間の2人が来た。
お父さんが私を背に隠すように、私の前に出た。
「すみません仲間が。俺はハタハフ町の上位冒険者『風』のジナルと言います」
「同じく『風』のガリット。で、最初に声を掛けた変態に見えた奴が、仲間のフィーシェ。悪い奴ではないんだ、少し馬鹿なだけで。考える前に行動するから誤解を受けやすいんだが、馬鹿なだけだ」
ん?
「あぁ、こいつに悪気はないんだ。ちょっと思慮が足りないだけで」
仲間を庇っているんだよね?
馬鹿にしてるわけじゃないよね?
「そうなんだ。けして変態じゃないから」
気にするの、そこだけ?
「ハタハフ町の『風』? あの有名な?」
お父さんがちょっと唖然とした表情で彼らを見る。
どうやら有名な冒険者チームのようだ。
「おっ、知ってるのか? 嬉しいな」
フィーシェさんがお父さんの肩をポンポンと軽く叩く。
それを見たジナルさんとガリットさんが、小さくため息をついた。
お父さんはその様子を見て、少し警戒を緩めたのかすっと私の隣に立った。
「初めましてドルイドと言います。こちらは娘のアイビーです」
「よろしくお願いいたします」
挨拶するとフィーシェさんがぱっと嬉しそうに笑顔を見せた。