364話 撫でさせて!
森の奥、アシュリさんとゴルさんが周りの気配と魔力を調べてくれた。
私も魔力は分からないが、人の気配や魔物の気配を探る。
「よしっ! ここなら他に人がいないし大丈夫だろう」
ゴルさんは、肩から下げたバッグを開けると中から2匹のスライムを出した。
少し濁った緑のスライムと、白が混じった橙色のスライム。
どちらも目がぱっちりで可愛い。
「えっと、私のスライムなんですが……」
シエルの事も紹介しようと思っていたけど、どう言おう。
「ん? やっぱり不安か? 無理なら仕方ないが」
「いえ、そうではなくて。とりあえずこの子たちです」
「とりあえず? おっ、お~……半透明? すごいなこんなスライムは初めてだ」
バッグを開けると、ソラとシエルが勢いよく飛び出してゴルさんの前に着地した。
バッグを覗くと、フレムとソルは欠伸中。
それを見てちょっと脱力してしまった。
フレムはプルプルと揺れるとバッグの外へ飛び出し、残るはソル。
「ソルはどうする? バッグの中にいる?」
私の言葉でぐっと体を縮めてからジャンプしてバッグから出る。
「はっ、黒? いやいや、アイビー! こんな簡単に見せたら駄目だ! 何を考えているんだ?」
どうしてだろう、怒られた。
いや、みんなに相談したら大丈夫だって言うし。
だから大丈夫だと。
それに今のゴルさんの様子で間違いなかったと思えるけど。
「ゴルさん、全員の意見で大丈夫という事になったんですよ」
「しかしこんなレアをすぐ見せるなんて! お父さんがもっとしっかりしないと!」
あ~、お父さんも怒られてる。
お父さんを見ると、苦笑を浮かべている。
「今のゴルさんを見て、紹介して間違いなかったと思っています」
ゴルさんが何か言っているのを遮るように少し大きな声を出す。
それを聞いて、ゴルさんが私を見る。
「嬉しい、ものすごく嬉しいが不安だな」
落ち着いたゴルさんが、嬉しそうに笑うがやはり少し心配そうに私を見る。
「大丈夫ですよ。それでこのシエルなんですが……」
あれ?
アダンダラなんですと紹介したら、また怒られる?
いや、もう落ち着いたよね。
「そのシエルがどうしたんだ?」
「実はスライムでは無くてアダンダラでして……へへっ」
ドキドキしながらゴルさんを見る。
眉間に皴を寄せるゴルさん。
「あ~。アイビー、アダンダラというのはもっと大きくて巨大な魔力を秘めた上位魔物だ」
「知ってますよ?」
そんなの常識ですよね?
「うん、知ってるのにどうしてシエルがアダンダラなんて言ったんだ?」
ゴルさんの言葉に両手で持っているシエルを見る。
スライムになりきっているシエルを。
「アイビー、そのままだと無理があるだろう」
お父さんの言葉に苦笑いしてしまった。
そりゃそうだ。
今のシエルを見てアダンダラだとは誰も思わない。
だから、宿で一緒に過ごせているのだから。
「シエル、元に戻っていいよ」
「にゃうん!」
シエルは一鳴きすると、私の手からさっと飛び出してから元の姿に戻った。
巨大な魔力を秘めているアダンダラへと。
「………………えっ? えっ? スライムからアダンダラ?」
良かった怒られなかった。
心配してくれているのは分かっているけど、怒った顔は遠慮したいです。
「はぁ~、契約しといてよかった。うん。アダンダラか」
なぜか大きなため息をつき契約の事を言う。
そして、私を見てもう一度ため息をついた。
何?
お父さんが苦笑を浮かべてゴルさんに話しかけた。
恐らく説明してくれるんだろう。
お任せしよう。
「ぷっぷぷ~」
ソラの声に視線を向けると、ゴルさんのスライムがソラたちにちょっとビビっているように見える。
「ソラも皆も、仲良くね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
皆の元気な返事に笑みが浮かぶ。
ゴルさんのスライムを怖がらせないように1歩ほど離れた場所まで移動してしゃがみこむ。
2匹の様子を見ると、ソラたちを眺めている。
不意に緑のスライムの子と目が合った。
「初めまして、今日はよろしくね」
怖がらせるかもしれないけど、挨拶は大事だからね。
触りたいな~、撫でたいな~。
「緑の方が、リョッタ、橙の方がナナンというんだ」
ゴルさんが名前を教えてくれたので、呼んでみる。
「リョッタ、ナナン。今日はよろしく」
触ったら駄目かな?
やっぱり駄目だよね、でもちょっとぐらい撫でたいな。
2匹は私をじっと見て、開いていた距離を詰めてくれた。
そして私の足元。
しゃがみこんでいたので、かなり近い距離。
そっと下から手を出してみる。
「触ってもいい?」
差し出していた手にリョッタが体をそっとこすり付けた。
どうやら許可が下りたみたいでついついニマニマしてしまった。
怖がらせないようにそっとリョッタを撫でる。
嫌がりもせず、撫でる私をじっと見るリョッタ。
「嘘だろ」
「あれだけ期待した目で見つめられたら、折れるしかないような気がしますが」
「アイビーだからな」
皆の声が聞こえたような気がしたけど、ナナンも撫でることが出来た私は興奮して聞いていなかった。
「可愛い。今日は一緒に遊ぼうね」
私の言葉にソラたちが揺れると、それを見てリョッタとナナンも揺れる。
可愛すぎる。
幸せ過ぎる。
「なんというか、すごいな」
ゴルさんが私の後ろからそっと皆の様子を覗き込む。
お父さんもアシュリさんも近くに来たみたいだ。
シエルはスライムに変化してソラたちに体当たり。
ちょっと寂しかったのかも。
シエルをそっと撫でると、嬉しそうに目を細めた。
「ゴルさんもどうぞ。ソラたちを撫でてあげてください」
「えっ? 俺も?」
「大丈夫だと思いますよ。俺も触れるので」
アシュリさんの言葉に驚いた表情のゴルさん。
そっとソラに手を伸ばすと、やさしく撫でた。
それを見ていたフレムが、ピョンと飛び跳ねてゴルさんの体に体当たりする。
「フレムも撫でて欲しいみたいですよ」
「お~、すごいな。こんなスライム初めてだ」
しばらく皆でスライムたちを撫でる。
「ぷっぷぷ~」
「遊びたいの? いいよ、姿が見える場所だけでお願いね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「「…………」」
リョッタとナナンは私を見て嬉しそうに揺れた。
少し離れた場所に倒れている木に並んで座って、様子を見る。
私の隣にゴルさん、その隣にアシュリさんでお父さんの順番。
シエルがアダンダラに戻って、ソラたちを転がしたりしている。
リョッタとナナンも最初は戸惑ってたが、楽しそうだ。
「すごい光景だな」
ゴルさんがなんとも言えない表情でつぶやく。
そんなにすごい光景だろうか?
私としてはいつもの光景。
それに今日は特別に2匹のスライムが増えたような印象だ。
「こんな森の奥まで来るから不思議だったが。あそこまで珍しい魔物を持っていたら仕方ないな」
その通り。
特にアダンダラを見られたら大変。
「あのゴルさん、スライムについて教えてほしいんですけど、大丈夫ですか?」
「スライムの事?」
私の質問に不思議そうな声が返ってくる。
「はい。私の仲間はどうも規格外すぎて、普通のスライムについてよく知らないんです」
「そうか。ただな~、あれを見ていると俺の知っている常識も違う可能性があるからな」
ゴルさんの視線の先には、リョッタとフレムがぶつかるゲームをしている。
「一緒に遊んでいるだけですよね」
「普通はもっと警戒心があるはずなんだよ。初日で体がぶつかるような遊びはしない……今までは」
そうなんだ。
視線の先ではそれはもう楽しそうにぶつかりあいをしている、リョッタとナナン。
これは、ソラたちの仕業なのかな?
「それに、会ってすぐ撫でさせることもしない」
撫でると気持ちよさそうにしてくれたな。
「リョッタとナナンが親しくしていたテイマーはすでに亡くなっているが、二人とも2年、いや3年はかかっていたはずだ」
「なら、私は運が良かったんですね。すぐに撫でさせてくれたので。可愛いですよね」
「いや、そうじゃなくて……」
ゴルさんが困惑した様子で私を見るけど、意味が分からず首を傾げる。
それを見たゴルさんが苦笑を浮かべると、一般的なスライムについて教えてくれた。
そして最後にこれからは誰かに見せる場合は、絶対に契約を交わしてからにする事を約束させられた。