363話 優秀宿
「では、明日のお昼過ぎに門の前という事でいいですか?」
今日は既に遅いという事で、ゴルさんのスライムとの対面は明日になった。
それにゴルさんは、これからアシュリさんと一緒に団長さんの所に行く事になった。
バグさんは、既に団長さんの所にいるらしい。
「あぁ、問題ない。明日を楽しみにしてるよ」
「私もすごく楽しみです」
「良かったな。アイビー」
お父さんと私の雰囲気から、本当に楽しみにしているのが伝わったのだろう。
ゴルさんは「あいつらも喜ぶよ」と、嬉しそうだった。
アシュリさんとゴルさんが、自警団の詰め所に向かうのを見送ってから歩き出す。
「帰るか」
「うん」
少し薄暗くなった道を宿に向かって歩く。
あれ、何か忘れているような気がするけど何だろう?
まぁいいか。
「只今戻りました」
「おかえりなさい」
チッカルさんのいつもと少し違う声に視線を向けると、調理場から慌ててこちらに来る姿が見えた。
「これ! これ、貰えて」
興奮状態のチッカルさんは、目の前に何かを差しだした。
それは、私の掌より大きな金属で出来た……なんだろう?
意味が分からず首を傾げる。
「この村の宿は評価されてランク付けされるんです。これ、優秀宿にもらえる印なんです! 話を聞いたら、ドルイドさんたちを訪ねてきた領主様が「良い宿だった」と言っていたらしくて。あ~、本当にありがとうございます」
「すごいですね。おめでとうございます」
「初めてです。優秀宿に選ばれたのは。いつもあと1歩が届かなくて。ドルイドさんたちのお陰です。ありがとうございました」
嬉しそうに話すチッカルさん。
「私たちは何もしてないですよ。チッカルさんが頑張っているからですよ」
お父さんがそう言っても、チッカルさんは首を横に振る。
「いえ、ドルイドさんたちがこの宿を使わなければ領主様はここに来ませんでした。やはり切っ掛けをくれたのはあなた方です。ありがとうございます」
どう言っても、チッカルさんの中では決定みたいだ。
お父さんは苦笑して「どういたしまして」と言った。
「そうだ。今日は宿から夕飯をプレゼントします。よかったら食べてください」
チッカルさんの言葉にお礼を言って、夕飯を頂くことにする。
部屋に戻って、先にお風呂に入る準備をしながらソラたちのポーションを並べていく。
皆が食事を始めるのを確認してから、お風呂に向かう。
「さて、行くか」
「うん」
お父さんに続いて部屋を出ようとすると、扉の前でお父さんが立ち止まる。
「どうしたの?」
「服屋、忘れてた」
あっ。そうだった。
服屋へ向かっていたんだった。
「ふふふっ、今日はなんだか慌ただしかったからね」
「そうだな。予定外の事が多すぎたな。明日はゴルさんに会った後に時間があったら服屋に行こうな」
「うん!」
2人でお風呂に向かい、それぞれのお風呂に入る。
祭りが終わりこの宿の宿泊客も後、私たち含めて3組。
そのためお風呂ものんびり入ることが出来る。
宿泊客がいっぱいの時は、いつ入っても他の客がいたため、ゆっくりできなかったな。
お風呂を十分楽しんで、部屋に戻るとソラたちは既に寝ていた。
ソルは窓から外を見ている。
と思ったら、寝ていた。
そっと抱き上げて、ソラたちが寝ている場所に置く。
夕飯は豪華で、楽しい時間が過ごせた。
チッカルさんはパンは焼けないけど、料理の腕はとても良い。
「明日が楽しみだな~」
ベッドに入ると明日の事が気になった。
「スライムか?」
「うん。少しぐらい一緒に遊べるかな?」
私の言葉に少し困った表情のお父さん。
「分かってるよ。契約したテイマーにしか心を開かないんでしょ?」
「あぁ」
それは知ってるけどさ。
少しぐらいは期待してしまう。
フレムがむくっと起きて、プルプルと揺れてぱたんと倒れて寝た。
似たような行動をシエル以外は皆する。
スライム特有の何かなんだとは思うけどよくわからない。
「無理なのかな~……あれ?」
あまりに普通に言っているから気付かなかったけど、おかしいよね?
うん、契約者にしか心を開かないならどうして?
「お父さん」
「どうした?」
お父さんが私を見たのが分かった。
でも、私の視線はソラとフレムに向いたまま。
「ソラやフレムはテイムした私以外に、お父さんにも心を開いてるよ」
甘えているし、悪戯だってしてる。
これは心を開いてるよね?
「……そう言われればそうだな。最初からこんな感じだったから、違和感を覚えなかった。あれ? あの契約者だけっていうのは嘘なのか?」
魔物は契約した者にしか懐かない。
それはテイマーの常識。
「そう言えば、ソラはラットルアさんやシファルさんも好きだったな」
これはソラとフレムだからなのかな?
こんなところもレアとか?
でも、もしかしたらゴルさんのスライムとも少しぐらい遊べるかもしれない。
「明日がもっと楽しみになってきた!」
「落ち着かないと寝られなくなるぞ」
お父さんの言葉に苦笑する。
既に眠気がどこかに行ってしまっている。
寝られないかも。
…………
ハタヒ村の門で待ち合わせ。
少し早めに来たが、すでにゴルさんが待っていた。
そして私は少し寝不足気味。
「おはようございます。すみません、お待たせしました」
お父さんが声を掛けると、首を横に振るゴルさん。
なんだか昨日より落ち着きがない。
そわそわしているような気がする。
「では、行きましょうか」
森へ行ってスライムを見せて貰って、ソラたちを紹介して。
これからの予定を考えていると、ゴルさんから「待ってくれ」と、声がかかる。
「アシュリが来ることになってるんだ。それとこれ、確認して署名を頼む」
ゴルさんがお父さんに何か書類を渡す。
それを見て驚いた表情のお父さん。
首を傾げていると、書類を見せてくれた。
あっ、また増えた。
書類は「見た事、聞いた事は他言しません」という契約書。
既にゴルさんの名前が書かれている。
「いいんですか?」
「昨日の話を聞いている限り、何かあると思ったから用意した」
昨日?
何か気になるような話をしたかな?
「ここまでしなくても……」
ゴルさんを信じているので、大丈夫だったんだけどな。
「アイビー、何をテイムしているかは知らないが、珍しい魔物をテイムしているなら警戒は絶対にしとけよ。それと俺とは初対面だ。信じるのが早すぎる、もっと疑え。あと、ゴミの問題が明るみに出始めたせいで、スライムをテイム出来る子供のテイマーの誘拐が起きているから特に気を付けろ」
自分を信じるなって、何人目だろう?
だいたい、そこまで心配してくれる人を疑うのは難しいんだけどな。
「少し噂を聞いたんですが、本当の話だったんですか?」
お父さんが確認するとゴルさんが頷く。
「王都と王都の隣の町で起こったと聞いている。まだ犯人が捕まったという情報が無いからな、アイビーは気を付けないと」
「そうですね。アイビーは狙われる可能性があるかもしれない」
お父さんとゴルさんに見つめられるので居心地が悪い。
そんなに狙われやすいのかな?
まぁ、一度狙われているので大丈夫とも言えない。
「まぁ、ドルイドさんがいるから大丈夫だと思うがな」
確かにお父さんがいると安心。
森の中ではシエルやソラがいるし。
後は私が行動に気を付ければいいよね。
そこが難しいんだけど。
「アイビー、名前を書こうか」
お父さんから契約書が渡される。
2枚の契約書に名前を書き、1枚をお父さん。
もう1枚をゴルさんに渡す。
「よしっ! これで存分にアイビーのテイムした魔物を見られるな。おっ、来たな」
ゴルさんの視線を追うと、走ってこちらに来ているアシュリさんの姿。
「すみません。お待たせしました」
仕事があったのか自警団の制服を着ている。
「仕事は休みと言ってなかったか?」
「仕事は休みだったんですが、急に呼び出しがあって」
アシュリさんの返答に、少し心配になる。
「疲れてませんか? 大丈夫ですか?」
アシュリさんをよく見ると、少し疲れた表情をしている。
「大丈夫です。団長に話した事で相談があっただけなので」
「そういやどうなった?」
ゴルさんが森へ向かって歩きながら話す。
それを慌てて追いかけるアシュリさん。
お父さんと私は、ゆっくりとついていく。
賑やかな日になりそうだな。