番外 ドルイドさんの決断
「ドルイドさん、飲み過ぎないでね」
そのつもりではいるんだが、前科が何回かあるからな。
「気を付ける」
「もう。フォロンダ領主も飲み過ぎないように、気を付けてくださいね」
「わかったよ。大丈夫だ」
笑って答えるフォロンダ領主に、少し眉間に皴を寄せるアイビー。
本当にアイビーは、物怖じしないな。
「飲み過ぎて醜態をさらした事はあまりないから」
フォロンダ領主は、そんなアイビーの態度が嬉しいみたいだな。
「あまりって事は経験あるって事ですよね。駄目ですよ」
「あはははっ、わかった。飲み過ぎないようにするよ」
アイビーが心配そうにしながら部屋を出ていく。
「さて、この村で一番いい酒を仕入れてきたんだ。まだ飲めるだろう?」
「はい」
それにしても、なんで貴族と俺が酒を酌み交わすことになったんだ?
何か話でもあるのだろうか?
「アイビーは可愛いな。私には息子しかいないから、女の子の反応は新鮮だ」
そう言えば、フォロンダ領主には息子さんがいたな。
2人だったか?
あれ?
確か姫に結婚を迫られているって噂が無かったか?
「ん? どうした?」
「いえ。いい香りですね」
コップに注がれた酒の香りを楽しむ。
間違いなく高いなこの酒。
せっかくだし、ゆっくり楽しもう。
「少し話がしたくてね」
やはりそうか。
「はい。なんでしょうか?」
「いや、そんなかしこまる必要はないよ。アイビーの産まれた村の事なんだが、知っているか?」
「はい、村長と村人が奴隷落ちしたことは」
「そうか。アイビーは?」
フォロンダ領主がコップの酒を一気に煽る。
その表情はほぼ無表情になっている。
「知ってます」
「彼女は大丈夫だったか?」
「少し衝撃を受けていましたが、おそらく大丈夫……」
いや、本当に大丈夫なのか?
あの噂を耳にした時のアイビーは、唖然としていた。
そして、その日はずっと様子がおかしかった。
翌日にはいつものアイビーに戻っていたから、大丈夫だと思ったんだが。
本当に?
「すみません。わかりません」
「そうか」
コップに入っている酒を煽る。
喉がかっと焼けるように熱くなる。
「彼女を苦しめた村長と両親は生きて奴隷から解放されることは無い。ふっ、村長はあと少し遅ければ死んでもおかしくないぐらい、ボロボロだったそうだ」
ボロボロ?
村人にやられたのか?
まぁ、自業自得だ。
「そうですか」
それにしても、なぜこんなに詳しく知っているんだ?
調べたのか?
俺が首を傾げると、ちらりと視線を向けたフォロンダ領主が声を出して笑う。
「心配性の自称兄たちが、オトルワ町にはいるんだよ。誰か分かるだろう?」
「あ~はい」
ラットルアさんやシファルさんたちか。
「彼らが調べていた」
なるほどな。
彼らからくる『ふぁっくす』は、兄や父視点だったな。
時たま届くフォロンダ領主もその1人だけどな。
「アイビーの兄は長期にわたり奴隷落ちした。姉は……」
なんだ?
姉に何かあるのか?
「犯罪を明らかにした事が認められて、減刑されて8年の奴隷落ちなんだ。態度によっては短くなる」
確かあの村は、村長に反対した村人が殺されたと聞いた。
8年で減刑有りという事は、殺しには関わっていなかったという事か。
「そうですか」
「今、彼女はラトメ村のオグト隊長に預けられている」
「えっ? オグト隊長?」
彼はアイビーの保証人だ。
どうして彼が?
「彼女は、オグト隊長に村の犯罪の証拠を渡したんだ。その関係で縁があったので引き受けたらしい」
犯罪の証拠をアイビーの姉が?
「そうだったんですか。彼の元に居るんですか?」
「自警団で働いている。この事をアイビーに言うかどうか、相談したかった。オグト隊長は今のアイビーの様子が分からないから、こちらの判断に任せると言っていた」
「オグト隊長と連絡を取り合っているのですか?」
「いや、会いに行ったんだよ。アイビーの姉という存在を見てみたくてね。遠くからだったが、あまり似ていなかったよ。オグト隊長は似ていると言っていたが」
会いに?
なんというか、行動力のある人だな。
でもなんで、ここまでアイビーの事を気にかけているんだ?
「ん? 不思議かい? 私が動くことが」
「えぇ、少し」
「彼女は私の命の恩人だ。彼女がファルトリアの悪だくみに気付かなければ、私は殺されていただろう。なんせ敵に助けを求めてしまったからね。あとから知ったのだが、息子たちも狙われていた。だから彼女は私たち家族の恩人なんだよ」
「そうだったんですか。知りませんでした」
だから、ここまでアイビーのために動くのか。
「アイビーの事は私の息子たちにも話してある。いつか会ってほしいと思っている」
アイビーの事だ、フォロンダ領主の周りの人たちにも気に入られるんだろうな。
「それで話を戻すが、どう思う? 話した方がいいか?」
「そうですね。姉の方は何か言っているんですか?」
犯罪を明るみにしたのなら、それなりにまともな人物なんだろう。
アイビーが会いたいと思うなら、すぐに会いに行くことも考えないとな。
だが、アイビーを傷つける可能性が少しでもあるなら、正直会わせたくない。
「オグト隊長の所で働き始めた時は、何か訊きたそうにしていたらしい。だが、訊くことなく与えられた仕事を頑張っているそうだ」
訊く勇気が無いのか?
それとも、アイビーの事を忘れたいのか?
「月に1度、アイビーが死んだことになっている場所に花を供えているらしいよ」
「そうですか……ん? 死んだことに?」
「あれ? 知らなかった? オグト隊長がアイビーに追手があった場合を考えて死んだことにしたんだよ」
「…………はぁ」
そんな事になっていたのか。
「あははは、驚いているね。俺も最初にその話を聞いた時は唖然としたものだよ」
笑い事ではないと思うが。
「オグト隊長曰く『命を守るための処置だ』という事らしい」
アイビーの旅を少しでも安全にするためにはいい方法なんだろうな。
しかし、自警団の団長がよく反対しなかったな。
「姉の話に戻るが、反省していると判断していいそうだ。ただ、彼女にはアイビーの許可がない限り話すつもりはないらしい。まぁ、当然の事だな」
「そうですね」
そう言えば、フォロンダ領主の話し方が随分砕けているな。
酒に酔ってるのか?
机の上を見ると、酒瓶が2本空になり3本目が開いている。
……いつの間に。
「で、ドルイドはどう思う?」
「負担になるかもしれない話なので、難しいです」
「そうなんだよな。ボロルダたちも、どうするのがいいのか分からないと言っていた。ただ、姉の事が噂になるかもしれないからな」
確かに犯罪奴隷が自警団に預けられるのはかなり珍しいから、噂になる可能性があるな。
噂で知るより話しておいた方がいい事は間違いないだろう。
それに、ちょうどいい切っ掛けになるかもしれないな。
そろそろあの話をアイビーに提案したかったし。
断られたらかなりつらいが……それもアイビーの判断だ。
俺も覚悟を決めて話をするか。
「ドルイド? どうした?」
「俺から話をします。俺もアイビーに話したいことがあったので」
「……何を話すんだ?」
フォロンダ領主を見ると、真剣な視線と合う。
俺が何を言うのか、感づかれているのかもしれないな。
「アイビーに本当の親子にならないか提案するつもりでいます」
「ふ~……」
反対されるかな?
でも、これはずっと考えていたことだ。
片腕の俺ではアイビーを守れないからと迷ったが、そんなことを思う事がアイビーに失礼だと気付いたからな。
「よかった。俺たちはそれを望んでいたからな」
「えっ?」
フォロンダ領主の視線が、ふわりと優しくなる。
「『ふぁっくす』で君の人となりはある程度知ることが出来た。アイビーがくれる『ふぁっくす』で2人がとてもいい絆を築いているのも知っている。だから私たちは、2人が親子になってほしいと話していたんだよ。ただ、第三者が口をはさむ問題ではないから言わなかったが。ラットルアやシファル、それにヌーガが2人から届く『ふぁっくす』を読んでやきもきしていたよ」
「やきもき」
「あぁ。お互いが信じあっている親子のようなのに、なぜ本物にならないのかって」
そうだったのか。
そう言えば、シファルさんから何か報告は無いかと訊かれたことがあったが、そういう意味だったのか。