356話 大切な存在
「処理能力はそんなに落ちているのか?」
ドルイドさんの質問にアシュリさんが神妙な表情で頷く。
「少し前に調べたそうなんですが、20年前に比べて半分以下らしいです」
「「半分以下!!」」
それって信頼関係は関係なく、他に何か原因があるのでは?
スライム自体が弱っているって事はあるのかな?
あれ?
「あの、能力が落ちているのはテイムされているスライムだけですか? 他の魔物もですか?」
「まだしっかりとした調査は済んでいないのですが、他の魔物は協力してくれなくなったそうです」
協力してくれない?
「例えば?」
ドルイドさんを見ると不思議そうな表情をしている。
「上位冒険者によれば、結界をいつもなら張ってくれたのに張ってくれなかったりだそうです」
えっ、それは。
「命に関わる問題になってるんだな」
「はい。まだ調査途中なのですが」
テイムされている魔物すべてが弱ってる?
いや、弱ってるというより見放した?
そんなことあるのかな?
やっぱり信頼関係が築けていないから?
というか、そんなに皆が皆、力に頼っているの?
「スライムや他の魔物の健康状態は?」
「それは問題ないそうです」
スライムの健康状態を調べられる人がいるの?
ソラたちも見て欲しいな。
元気そうだけど、何かあるかもしれないし。
ソラたちを見ると、話しこんでいる私たちの周りを楽しそうに飛び跳ねている。
シエルもいつの間にかスライムになって一緒に遊んでいる。
遊びに来たのにごめんね。
「アイビー、ソラたちは健康すぎるぐらいだから問題ないぞ」
そうなの?
ドルイドさんを見ると苦笑された。
「それと魔物の健康状態を見られる人はいないから、魔力を見て健康かどうか調べるんだ」
魔力か。
なんだ、そうか。
それにしても、ドルイドさんはよく私の考えた事が分かったな。
「私ってわかりやすいの?」
「いや、話が出た瞬間ソラたちを見てアシュリを見たからさ。アイビーの性格だったらそうかなって」
なるほど、分かりやすいのか。
冒険者は少し隠すことも覚えないと駄目なのにな、気を付けよう。
あ~、この考えもきっとばれているんだろうな、笑われた。
「もう」
「ごめん。アイビーはソラたちの事になると、わかりやすいんだよ」
「そうかな?」
「あぁ、心配性になるからわかりやすい」
心配性?
そうかな?
「あの」
あっ、アシュリさんの事を忘れてたな。
「すみません。あの、ハタヒ村のすべてのスライムの処理能力が落ちているのですか?」
「ほとんどです。でも、問題ないスライムもいます」
能力が落ちていないスライムもいるのか。
そのスライムをテイムしている人との関係はどうなんだろう?
「問題ないスライムをテイムしている人たちは、どんな人たちなんだ?」
「年配のテイマーです。だから、長年の経験でスライムの扱いがうまいのだろうと言われてます」
年配?
そう言えば、前に本屋さんでスライムの本を買った時に店主さんが「最近のテイマーは駄目だ」と、言っていたような気がするな。
「年配だからね」
「ドルイドさん?」
「長く付き合っているということは、それだけ信頼関係も出来上がっているんだろう」
「あっ、そうか。信頼関係……やはりそれが重要なんでしょうか?」
「俺はそう思う。ソラたちとアイビーの関係を見ているとな」
ドルイドさんとアシュリさんが私を見る。
私とソラたちの関係?
何も特別なことはないと思うけどな。
「アイビーはスライムの事を勉強している。彼らがどんな存在か、どうすれば快適に過ごせるか。アシュリの知っているテイマーたちはテイムしている魔物のために何かしているか?」
「えっ? それは……」
「何もしてないんですか?」
嘘でしょ?
「俺が見ている限りは何もしていないと思います」
「うわ~、それはテイムされている子が可哀そうです。スライムにだって個性があるから、それぞれ対応する方法は違うのに」
「個性?」
「当たり前じゃないですか。ソラはいたずら好きで、ちょっと自己主張が強い子です。フレムはのんびり屋さんで周りに合わせるのがうまい子です。でも、甘えたいと思ったら他の子を押しのけますけど。ソルは寝るのが大好きで甘えるのが苦手な子。だから甘えたい時は隠れて探してくれるのを待ってるんです。シエルは頼られるのが大好きで、心配性で甘えん坊です。私を優先しすぎる事があってそれが心配なんです。まだきっと私の知らない性格があるはずだから、一緒に生活しながら探していくんです」
「スライムに個性があるとは考えた事もなかったです」
そんな。
「テイムした魔物を知ることが初めの1歩だと思います」
私が言えることはこれだけ。
というか、自分の生活を支えてくれている子たちを疎かにすることが信じられない。
実はちょっと力任せと聞いた時、イラっとした。
勿体ないと言ったけど、本当はムカついた。
「アイビー、本当はムカついているだろ?」
「えっ?」
ドルイドさんが苦笑をして、アシュリさんが驚いている。
「やっぱりばれてますね。そうです。アシュリさんの話を聞いてムカムカしました」
「ごめんなさい。あの……」
慌てて謝るアシュリさんに首を横に振る。
「アシュリさんにじゃないです。テイマーたちにムカついたんです。力任せなんて、私にとってはあり得ませんから。皆私の家族なので」
「大切なんですね」
「当たり前です」
「てっりゅりゅ~」
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
「ぺふっ」
皆にも大切と言われているみたいで嬉しい。
「ありがとう。テイムされた魔物たちの方から契約が切れたらいいのにね」
「えっ? どういう意味ですか?」
「最初は力任せでも仕方ないかなとは思うんです。それも1つのテイムの仕方なので。でも、ずっと力で抑えられ続けて魔物たちが本気で嫌だと感じたら、契約を魔物の方からも切れたらいいなと思うんです。そうなれば少しはテイマーたちも考えると思いませんか?」
「ぺふっ!」
ソルがドルイドさんの上でプルプルと揺れる。
様子を見るが、機嫌がいいのか楽しそうだ。
「確かに今は人間側からしか契約を切れないからな」
「そうなんです。今の契約だとテイマーと魔物は協力しあう関係なのに人間側に有利すぎるんです。だから楽な方法をとるんです。でも力で抑え続けたら、いつかテイムした魔物を失う可能性があるとなれば、違う方法をテイマーたちだって探すと思います」
「ぺふっぺふっ」
何故か私の話に興奮するソル。
ドルイドさんの髪がすごい事になっている。
「ソル、頭の上で暴れないでくれ。落ちるぞ」
「ぺふっ」
「ふふふ、なんだかソルが賛成してくれているみたいだね」
「ぺふっ」
「本当だな」
「あの、名前は言いませんので知り合いのテイマーに助言として話をしてもいいですか?」
アシュリさんが私の目をじっと見つめる。
「いいですよ。新しい関係が築けるといいですね」
「はい。もしそれで処理能力が上がれば信頼関係を築くことが大切だとわかりますし」
確かに誰かが成果を上げれば、それが正しいと分かるか。
時間はかかるだろうけど、何もしないよりはましかな。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
話が終わったのが分かったのか、3匹がぴょんと、それぞれの体で体当たりする。
これはちょっと怒っている。
「ごめんね、遊ぼうと言ったのに放置しちゃって。何をするの?」
私の言葉に3匹がそれぞれ高さを競うように飛び跳ねる。
「高さの勝負?」
「ぷっぷぷ~」
「ふふふっ、皆頑張れ。ただし、木の枝を折ったら負けだからね」
「てっりゅりゅ~」
「にゃ!」
フレムは賛成してくれたが、シエルは木の枝を折りたいらしい。
「駄目だよ、シエル。木の枝を折るのは駄目!」
「にゃ~」
「不服そうな声出しても駄目! あっ、そうだ! 1回で誰が一番高い枝に登れるか勝負しない?」
3匹がそれぞれ賛成の声を出す。
そして一気に木の枝に向かって飛ぶ。
バキッ、ボキッ、バキッ。
「あははは」
「どうして皆、枝を折るの!」
「ぷ~!」
「てりゅ~!」
「にゃ~!」
折れた枝を見て呆然としている3匹。
「ぷっくくくく」
ドルイドさんは笑いすぎ。
3匹が悲しそうな表情になってるからやめてあげて。
「アイビーさんってすごいな」
ん?
今アシュリさんが何か言ったような気がするけど、気のせいかな?