353話 不思議な世界
染めた服を着て、鏡の前に立つ。
正直、派手だと思う。
似合っているのかな?
見慣れない自分の姿に違和感を覚えるのだけど……。
「どうした?」
「これ、似合ってますか?」
「うん、ばっちり」
そうなのかな?
分からない。
「行こうか?」
「はい。皆、今日もごめんね」
ソラたちに声をかけてから部屋を出る。
落ち着いたら、皆と森で思いっきり遊びたいな。
祭の最終日。
染めた服を着て、皆でお祈りをして本祭が終わる。
昨日知ったのだが、前祭の日からお酒が禁止され、解禁となるのは本祭の終了宣言後。
つまり今日の午後から、お酒が解禁となる。
「午後からは、酔った人たちで騒がしくなるのかな?」
「一部だな」
「そうなの?」
もっと多くの人がお酒で騒ぐのかと思ったけどな。
「祭で羽目を外して馬鹿な事をすると、その1年は怪我に付きまとわれると言われているんだ」
「そうなんだ」
「あぁ、迷信だという者もいるが、信じている冒険者は多い。彼らにとって怪我は生活に直接関係してくるからな」
「怪我で動けなくなったら、収入が無くなってしまうもんね」
宿から出ると、なんとも不思議な世界が広がっていた。
どこを見ても、いろいろな色が溢れかえっている。
「なんだか、不思議な世界に紛れ込んだみたい」
全身同じ色の人もいれば、私とドルイドさんのように上下の色が違う人もいるようだ。
「すごいよな」
「うん。あっ、今日は屋台があるね」
本祭の時は見かけなかった屋台が並んでいる。
屋台を見ると、どの店もお酒を用意しているようだ。
「ドルイドさんも、今日は飲むの?」
「祭にしか売られない酒があるんだ。それが飲みたいかな。いいか?」
「もちろん。でも、無茶な飲み方は駄目だよ」
「わかってる」
何度かそういって飲み過ぎているからな。
気を付けておこう。
「あっ、あの子」
ドルイドさんが見ている方を見ると、洗濯場で出会った少女がいた。
少女の着ている服は、私たちが着ている服より少し薄いがそれでも鮮やかなピンクに染まっている。
「きれいに染まっているな」
「うん、よかった」
大通りに並んだ屋台を見ながら、自警団詰め所へ向かう。
そこでフォロンダ領主が話をする。
「詰め所前は既に混み合っているな」
「そうだね。このあたりでいいかな?」
顔はほとんど見えないが、声は聞こえるだろう。
「話を聞きたいだけだもんな」
「うん」
「お昼は屋台で買っていかないか?」
「何か食べたい物があるの?」
「オビツネの上に大量のカネギが乗っている串焼きが食べたくてさ」
カネギと言うのは緑の細長い野菜でピリッとした辛みがある。
そう言えば、覗いた屋台の中に串焼きにしたオビツネにみじん切りにしたカネギが乗っている店があったな。
あれの事かな。
確かに美味しそうだったな。
「いいですね」
「あれはきっと酒にあう」
ピッピッピー。
「皆様、この度の祭りも多少の問題だけで無事に終了いたしました。ご協力感謝いたします。それでは祭りの終了宣言をオトルワ町のフォロンダ領主にしていただきます」
おお~。
わ~、領主様~。
「何?」
「フォロンダ領主は人気だから」
フォロンダ領主の名前が呼ばれた瞬間から、冒険者の人たちから歓声が沸き上がる。
それがどんどん大きくなっていく。
「すごい人だとは思っていたけど、本当にすごいんだね」
「冒険者とともに戦った貴族だからな」
そうか。
多くの貴族は冒険者の人たちを下に見て、横暴な態度の人が多い。
なのにフォロンダ領主は冒険者と一緒に犯罪組織を潰した。
うん。
人気者になるしかないな。
「歓声、ありがとうございます。本祭には私も参加し、とても楽しませていただきました」
フォロンダ領主が祭に参加したと言うと、歓声がもっと大きくなる。
ちょっと耳が……。
「祭の成功のために尽力した多くの方たちに、この1年多くの幸が訪れますように。祭を楽しんだ多くの人たちが怪我無く過ごせますように。ここに居るすべての者たちに、また来年出会えますように。では、祭の終了を宣言します!」
拍手と歓声が村中で起こる。
しばらくすると、歓声が止み人々が動き出す。
「どうする? 会えるか分からないが詰め所前に行ってみるか?」
「ここで会ったら目立ちそう」
それにフォロンダ領主の周りには、冒険者の人たちが集まっている気がする。
そこに行く勇気はない。
「確かにそうだな」
「すぐに村を発つ必要は無いと思うし、少し落ち着いてから会いに行ってみよう?」
「そうだな、そうするか。よし、だったら昼を買いに行こうか」
ドルイドさんが、周りの屋台を見渡す。
どの屋台もかなり長蛇の列だ。
「ん~、どこもすごいな」
「お酒も買って帰るの?」
「いや、酒は既にチッカルさんにお願いしてあるんだ」
そうだったのか。
という事は、オビツネの串焼きだけを買えばいいんだね。
「宿に近い屋台にもあったから、そっちで買った方が冷めないよ」
「そうだな。宿に戻りながら探すか」
大通りを歩いていると、すでにお酒を飲んでいる人たちの姿がある。
どの人も笑顔で楽しそうだ。
「あっ、前祭の時に食べたオビツネの煮込みは今日もあるかな?」
「どうかな? さっき屋台の前を通ったけど休みじゃなかったか?」
そうだっけ?
屋台があったのは覚えているけど、休みだったかな?
帰り道だから、確認してから帰ればいいか。
やっていたら、もう一度食べたいな。
「あっ、あの屋台どうだ? オビツネの処理が綺麗じゃないか?」
ドルイドさんの視線の先を見ると慌ただしく2人の男性が働いている屋台がある。
売られている商品を見ると、確かにきれいに処理されたオビツネの肉が串にささっている。
「いいと思う」
「並んでいる人たちを見ても、うまい店だと分かるな」
「並んでいる人?」
「あぁ、うまい屋台を見つけるコツは、その店を利用している者たちを見るんだ」
屋台に並んでいる人たちを見る。
体つきから、おそらく冒険者だろう人たちが多く並んでいる。
でも他の店も冒険者が多く並んでいるので、これは関係ないだろう。
他には。
「あっ、冒険者には見えない女性も多いですね」
少し年配の女性や子供連れの女性が他の屋台より多く並んでいる。
「そう、彼女たちの雰囲気からきっとこの村の人たちだ。屋台の味を一番知っているのは、この村の人たちだからな。そんな人たちが多く並ぶという事は?」
「美味しい」
「そう。だからあの店は村の人たちが並んでも食べたくなる味って事だ」
なるほど。
村の人が認める味なら食べてみたくなるよね。
ドルイドさんと列に並ぶ。
「いらっしゃい」
「15本下さい」
並んでいるオビツネの串焼きを見る。
大きめのお肉から余分な油が落ちて、パチパチと音をたてて焼けている。
美味しそう。
「カネギは乗せますか?」
「はい。おねがいします」
焼けた肉が木の皿に並べられていき、その上にカネギが大量に乗せられた。
最後にソースをかけて出来上がり。
「お待たせしました。こちら商品です」
ドルイドさんが商品を受け取る。
オビツネの串焼きの入った木の皿には、木の蓋が付き紐で縛られていた。
「ありがとうございました。またどうぞ」
屋台の男性たちにお礼を言い、宿に向かって歩き出す。
「美味しそうな香り」
「そうだな、急いで戻ろう」
少し早歩きになりながら宿を目指す。
「休みみたいだな」
「そうだね。もう1度食べたかったな」
オビツネの煮込みの屋台は明かりが消えて人がいなかった。
残念だな。
今日は串焼きを楽しもう。