352話 やってしまった
宿に戻り、さっそく服を染めようと宿の洗濯場で準備する。
桶に水をはり、貰った黒い紙に包まれた染料をそのまま水に落とし水をかき混ぜる。
しばらくすると、水を入れた染料の色にゆっくりと染まっていく。
「えっ、ピンク?」
私が貰った染料はピンクだったようで桶の中がピンクに染まる。
しかもかなり鮮やかなピンク色。
「うわ~。かなり濃いピンクだな」
「ドルイドさんは何色だったの?」
「俺は紺だったよ」
羨ましい、私も落ち着いた色がよかった。
どうしよう、全身ピンクは嫌だ。
かなり恥ずかしい。
「これって上下同じ色じゃないと駄目なのかな?」
「いや、前に見た時は上下で色の違う人たちもいたけど。どうして?」
「全身ピンクはちょっと遠慮したいので、下だけでも濃紺がいい」
「あ~、まぁそうだろうな。ぷっ、全身ピンクのアイビー?」
笑いだしたドルイドさんの背中をポンと叩く。
「悪い、悪い。だったら、ズボンは俺のと一緒に染めるか?」
やったー。
全身ピンクからは逃げられた。
あっ、そうだ。
「ドルイドさんの上の服をピンクに染めて、お揃いにしよう!」
「えっ? 俺もピンク? いや、似合わないだろう」
「え~、似合うと思うけどな」
多分、きっと。
「本気か?」
「本気! ほらシャツを渡してください」
「仕方ないな。はい」
やった。
それにしても本当に鮮やかなピンク。
これって染まったらどんな色になるんだろう。
ピンクの服を着たことないから、ちょっと新鮮。
染料を溶かした水に服を浸ける。
これで少し置いて、後は洗うだけ。
濃く染めたい場合は、長く浸けておけばいいらしい。
「すごい簡単だね」
「そうだな。下は長めに浸けて濃い目でいいか?」
「うん。よし、こうなったら上も長めに浸けて鮮やかなピンクにしちゃおう」
「ははっ、俺の年でピンクはきつそうだけどな。そうだ、旅に出る前に、染料を少し買っておかないか?」
「ん? どうして?」
「前に汚れが取れなくて、着れなくなったと言っていた服が有っただろう? 染め直したらまた着られるだろう」
「そっか、その手があるんだ」
「この村の特産品だから色もすごい揃ってて、好みの色を探すのも楽しいと思うぞ」
確かに気になるな。
「行ってみたい」
「じゃ、決まりな」
祭が終わって冒険者の移動がある程度落ち着いてから、この村を発つと言っていたよね。
どれくらいで落ち着くんだろう?
「ドルイドさん、祭が終わったら後、どれくらいこの村に居る予定なの?」
「予定では1週間後ぐらいに発つ予定にしているよ」
1週間で落ち着くの?
「冒険者たちは冬の出費を取り戻したいからな、すぐに動き出す者たちが多いんだ。今年の冬は情報ではどこも厳しかったらしいから、おそらく多くの冒険者たちはすぐに動くだろう」
「そうなんだ。そういえば凍死した人が今年は多かったって聞いた」
「そうみたいだな。ハタウ村のようにうまく対処できなかったんだろう」
毎年凍死者は出るらしいけど、今年は特に多く被害が出たと冒険者の人たちが話していた。
……ラトミ村はどうだったんだろう。
あの村の冬は、それほど厳しくないから通常だったら問題ないはずだけど。
「どうした?」
「なんでもない」
どうして急に思い出したんだろう。
あの村に良い思い出なんて無いのにな。
「そろそろいいんじゃないか?」
あっ、服を染めている最中だった。
桶から服を持ち上げる。
「うわ~、すごい綺麗なピンク」
「すごいな。それ、この村だといいけど他の所で着たら目立つだろうな」
「だよね。寝る時に着るしかないかな」
桶から上げた服は鮮やかな濃いピンク色。
……もう少し早く止めればよかったかも。
もう、手遅れだけど。
「うわっ、すごいピンク色だね」
「えっ?」
服を染めているのは私たちだけではなく、宿に泊まっている他の客たちもいる。
その中の少女が私が持っている服を見て、瞳をキラキラさせている。
見た目からは大体4、5歳ぐらいだろうか。
ぱっちりした目が可愛い。
「あら、すみません。駄目でしょ、お姉ちゃんの邪魔をしたら」
「ママ、見て。この色すごい綺麗」
「本当ね。ほら、邪魔しちゃ駄目よ」
「ママ、私もこの色が良い」
「こら、我儘言わないで」
少女はそうとうこの鮮やかなピンクが気に入ったのか、諦めきれないようだ。
何度も母親にお願いと繰り返している。
「ドルイドさん。これってまだ使えるのかな?」
「どうだろう? 少し色の付きが悪くなると聞いた事はあるが、どうなるかは知らないな」
少女の目線に合わせるようにしゃがみ込む。
「あのね。私が使った後だから色がしっかりとつくか分からないけど、それでもいいなら持っていってもいいよ」
少女がぱっと嬉しそうな表情をして、母親の顔を見る。
「良いのですか?」
母親のほうは、まだ少し困惑気味のようだ。
「はい。ただ私が使った後なので、うまく染まるかわかりませんが」
母親が一度頷いて、少女に確認を取る。
「リリーナ、薄く染まるかもしれないけどいいの?」
「ん~、薄くてもいい。ピンクがいい」
少女の答えを聞いた母親が、私に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。私の運が悪かったのか茶色と灰色だったもので」
目の前で瞳を輝かせている少女に、その色はちょっと似合わないかな。
少女の母親に桶を渡し、私は染まったシャツ2枚を水で洗ってドルイドさんが干したズボンの隣に干す。
「目立つな」
「そうだね」
周りに干してある服を見ると、落ち着いた色が多くピンクが目立っている。
「まぁ、祭だから。いいだろう」
確かに、こんな事でもないとあの色は絶対に着ない。
「アイビーは似合いそうだけどな」
「そう?」
「うん。いつも柔らかい色合いを着てるけど、あれぐらい派手な色も似合うだろう」
そうかな?
ドルイドさんは……まぁ、うん。
祭だからいいだろう。
「俺は似合わないぞ。というか、似合いたくもないぞ」
…………
本祭2日目は参加することなく、宿の窓から走りまわる参加者を見て楽しんだ。
上から見ると、いろいろな色粉の団子が飛び交っていて面白い。
何より白い服がどんどんカラフルになっていくのも楽しい。
「そろそろ終わるな」
「うん」
「そういえば、フォロンダ領主のあの顔は面白かったな」
ドルイドさんの話に首を傾げる。
「なんの事?」
「昨日、いきなりアイビーから背中を叩かれて驚いていただろう?」
あぁ、その事か。
周りから団子が飛んできて、私も必死になってしまったからフォロンダ領主とドルイドさんに団子をぶつけるのを忘れていたんだよね。
袋の中の金色の団子を見て思い出して、慌てて2人に色を付けたっけ。
そう言えば、慌てていたから金色の団子を両手にこすり付けて、フォロンダ領主とドルイドさんの背中に思いっきり叩きつけたっけ。
あれ……叩きつけた?
「あっ! ドルイドさん、私フォロンダ領主の背中を思いっきり叩いちゃった!」
「えっ、気付いてなかったのか?」
「……はい」
「ぷっ、あはははは」
「うわ~、どうしよう」
怒ってなかったとは思うけど。
何やってんの私!
「大丈夫だよ。金色の手形が付いていたから、何をしたかったのかわかっているし。それにしても。あはははは」
あ~、次に会った時にちゃんと謝ろう。
それにしても、どうしてあんなに思いっきり叩いちゃったんだろう。
焦っていたとしても、もう少し優しく出来たはずなのに。
「はぁ~。ドルイドさん、笑いすぎ」
隣で笑い続けているドルイドさんの脇腹を軽く小突く。