347話 貴族の義務?
「アイビー、お久しぶりですね」
「はい。フォロンダ領主もお久しぶりです。お元気でしたか?」
ファックスで数回やり取りしているが、この村に来てからまだ連絡はしていなかった。
前回のファックスで王都へ行くと書かれてあったため、もう少し間をあけてから送ろうと思っていたのだ。
「あの、お知り合いですか?」
ココロンの店主、チッカルさんが心配そうな表情で声をかけてくる。
「はい、知り合いです」
「おや、友人でしょ?」
友人?
そういえば、ファックスでお友達になりましょうと書いてあったけど、あれは本気だったのか。
「そうですね。友人です」
フォロンダ領主は最初に会った時の気難しそうで近寄りがたい雰囲気が、まったく消えている。
最初に変化に気付いたのは、犯罪組織の事がある程度片付いたと聞いた数日後、たまたま町で会った時だ。
笑顔で声をかけられて一瞬彼だと気付かなかった。
すぐに正体がわかって急いで挨拶を返したのだが、あの時は本当に驚いた。
フォロンダ領主曰く、組織の者がどこに潜んでいるかわからず気を抜けなかったそうだ。
追いつめられると人は、そこまで顔つきが変わるものなのかと唖然としてしまった。
「えっと、話をするなら場所がありますが、開けましょうか?」
チッカルさんが私たちの会話に驚いた表情をした後、カウンターから出てきて近くの部屋の鍵を開けてくれる。
「なんですか、この部屋?」
中を覗くと置いてある家具などが、少し高級だとわかる。
「この村の祭りには貴族がお忍びで来るので、彼らが仕事や誰かと会う時に使えるように用意してある部屋です。まあ、あまり使う事はありませんが」
あまりという事は使うこともあるのか。
そういえば、フォロンダ領主はどうしてこの村に居るんだろう?
「ありがとう。少し部屋を借りてもいいだろうか? 料金は払いますよ」
「いやいや、いいですよ。アイビーさんたちの友人だったら無料で構いません」
「そうですか? ありがとうございます」
「いえいえ、あなたは貴族の方ですよね? 先ほど領主と言っていましたから」
「えぇ、オトルワ町の領主をしているフォロンダと申します。以後お見知りおきを」
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします。貴族の方にも良い方がいるんですね。先ほどはどうもありがとうございました。お客様に多大な迷惑をかけるところでした。いや、もうかけてしまったんですが。ドルイドさんもすみませんでした。大丈夫でしたか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
貴族に絡まれていたドルイドさんに申し訳なさそうな表情を見せるチッカルさん。
「すみません。同じ貴族の者として謝ります」
「いえいえ、フォロンダ領主様が謝る事はありません。こちらは助けられたのですから」
「あんなクソ……失礼。頭の軽い屑がいるから駄目なんですよね。貴族は」
言葉を変えたけど意味があるのかな?
それにしても、すごく穏やかな表情で毒を吐くからチッカルさんが驚いている。
私はファックスでその片鱗を見ていたから大丈夫。
ドルイドさんもファックスを一緒に読んで知っているので、今も苦笑いを浮かべている。
「部屋ですが、お借りします。アイビーたちとゆっくり話を楽しみたいので」
「はい。ごゆっくり」
フォロンダ領主と私とドルイドさんで部屋の中に入る。
ソファに座ると、ふわふわだ。
ギルマスさんの部屋にあるソファよりもうちょっとふわふわ。
ちょっと遊びたくなるけど我慢しないと。
「失礼、飲み物を置いておきます」
「ありがとうございます」
チッカルさんが気を利かせてお茶を持ってきてくれた。
「そういえば挨拶がまだでしたね。ドルイドさん、私はオトルワ町の領主をしているフォロンダです。アイビーにはお世話になり今は友人関係を築かせてもらっています。よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。オール町出身で今はアイビーの旅のお供をしているドルイドです。呼び方はドルイドでお願いします」
なんだか不思議な光景だな。
まさかハタヒ村でフォロンダ領主とドルイドさんが顔を合わせるなんて。
「そういえば、フォロンダ領主はどうしてこの村に居るんですか?」
「ん? もちろん祭りに参加するためだよ」
「えっ! 色粉の団子をぶつけ合うんですか?」
「あぁ、もちろん」
お忍びで貴族の人も参加しているとは聞いたけど、本当なんだ。
「まぁ、これも貴族の義務ですから」
貴族の義務?
色粉の団子をぶつけ合うのが?
「何か誤解を与えてしまったようですね。祭りに参加するのが貴族の義務ですよ」
なるほど。
「あの犯罪組織の事で名前が知れ渡ったため、お誘いが多くなってしまって。貴族の方は断ってもそれほど問題ないのですが、町や村から祭りに誘われるとある程度は貴族として参加する必要があるんですよ。断り続けると体面が悪いですしね。と言っても、参加する祭りは選びますが」
「なんだか大変なんですね」
貴族もいろいろあるんだな。
「貴族のパーティは、地方の貴族との人脈づくり。祭りは冒険者たちにオトルワ町を売り込む機会なんです」
人脈とオトルワ町の売り込み。
フォロンダ領主はやはりすごい人なんだ。
「ハタヒ村の祭りを選んだ理由は何ですか?」
「この祭りには国中から冒険者が集まります。私が来ることでオトルワ町の名前が広まりますからね。あの町は今人手不足なので」
「という事は、ハタヒ村の招待客として参加ですか?」
「えぇ、そうです。本祭の時に少し挨拶をさせていただきます」
そうなんだ、本祭は始まってから参加しようかと思っていたけど、ちょっと早めに参加しようかな。
あっ、招待客として参加するなら、団子をぶつけたら怒られるのかな?
「フォロンダ領主、本祭が始まったら色粉の団子をぶつけに行ってもいいですか?」
「えっ? アイビーぶつけるつもりか?」
「もちろん!」
でも、招待客は駄目なのかな?
「いいですよ。私も用意して待っていましょう」
ファックスのやり取りで感じていたけど、フォロンダ領主はすごく親しみやすい。
無愛想で物静かという、最初の印象とは全く違う。
「いいのかな?」
ドルイドさんが首を傾げている。
本人がいいと言っているのだから、きっと大丈夫だろう。
「さて、そろそろ私は行きます。また、ゆっくり話がしたいですが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
フォロンダ領主がソファから立ち上がりドルイドさんと握手をすると、ココロンの宿から出て行った。
宿の玄関で見送った後、借りた部屋に戻る。
「チッカルさんに、部屋の鍵を閉めてもらう必要があるな」
「そうだね」
持ってきてもらったお茶などを、トレーに乗せる。
トレーを持ったまま、チッカルさんを探すがカウンターにはいない。
そのまま食堂へ向かうと、料理をしている姿を見つけた。
「チッカルさん、場所とお茶をありがとうございました」
「ん? もういいのですか?」
「はい。チッカルさんのお陰で楽しく話が出来ました」
私とドルイドさんが頭を下げると、慌てた様子を見せるチッカルさん。
どうしたんだろう?
「お2人は貴族の方なのですか?」
私たちが?
驚き過ぎてドルイドさんを見る。
彼も、驚いた表情で私を見ていた。
視線が合うと笑いがこみあげてくる。
私たちが貴族とか、それは無い。
「違いますよ」
ドルイドさんが笑いながら否定すると、チッカルさんから気の抜けた声が聞こえた。
「よかった」
フォロンダ領主と仲良く話していたために誤解されたようだ。
昨日は、なぜか言葉が出てこず347話を書き上げる事が出来ませんでした。
時々ドツボにはまって抜け出せなくなってしまう。
更新が止まり、申し訳ありません。