346話 親しい友人?
今日は前祭2日目。
2日目も昨日に続き、本祭の服を買って染料を手に入れる日。
そして、前祭3日目と4日目は本通りでみんなが踊り春の訪れを祝う。
話を聞いた時、それが本祭ではないことに驚いた。
何となく、皆で踊るのは祭りの醍醐味だと感じた。
前祭最終日、5日目は翌日の本祭のための休息日。
「今日はどうする? 屋台にでも食べに行くか?」
「えっ。この中を?」
窓から外を見る。
今日もすごい人だ。
隣を見るとぼーっと外を見るソル。
「ソル、最近ずっと外を見てるよね? 遊びに行きたい?」
「……」
無言という事は遊びに行きたいわけではないのかな?
そっと頭を撫でると気持ちよさそうにプルプルと揺れて、手に体を押し付けてくる。
これはもっと撫でての合図だ。
「ソル、あまり窓にくっつき過ぎないようにな。見られたら面倒な事になる可能性があるから」
「ぺふっ」
「確かにすごい人だな。外に行くのは止めておくか?」
「ん~、でも昨日見たあの屋台は気になる」
宿の近くにある屋台で見かけた、オビツネの煮物。
薄く切ったオビツネの肉と白い野菜が美味しそうに煮込まれていた。
独特の香りがして、前を通った時にすごく惹かれた。
「あれか、確かに美味そうだったよな」
「うん」
窓から気になる屋台を確認すると、やはり長蛇の列。
あれに並びに行くか行かないか。
「祭り限定って書いてあったからな」
そう!
祭りが終わっても食べられるなら待つのに、祭り限定って書いてあった。
それが本当かどうかは分からないとドルイドさんが言っていたけど、本当だったら食べられなくなる。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
ソラとフレムの鳴き声に、外を見ていた視線を部屋の中に移動する。
2匹はベッドの上で丸くなって、右へころころ、左へころころ。
また右へころころ、左へころころ。
「何やってんだ?」
「さぁ、暇なのかな?」
その間も続くころころ、ころころ。
シエルは2匹を見て、背中を向けて寝た。
付き合いきれないという感じだ。
「まぁ、遊びもほどほどになソラ、フレム」
ころころ、ころころ、ころころ、ころころ。
「ぷっぷ~ぷ~」
「てっりゅ~りゅ~」
1週間ほど前から、森へも行けていないので、暇なのかもしれない。
人が増え始め、広場でも収まりきらないほどの人が集まりだすと、森の中にテントを張って寝泊まりする冒険者たちが増え始めた。
その頃になると、動物やオビツネなどの弱い魔物たちの姿は見えなくなっていた。
「さて、どうする?」
「やっぱり食べたい! 買いに行っていい?」
「もちろん。そうと決まればとっとと行くか」
「うん。あの祭り限定という言葉が駄目だよね」
あれを見るとどこか焦ってしまう。
「あれな、ついつい目がいくよな」
「うん」
「少し、買い物に行ってくるな。いい子にしてろよ」
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
「てっりゅりゅ~」
「にゃ~ん」
シエルはもう寝そうだな。
部屋を出て鍵を閉める。
「2個目も閉めた?」
「あぁ、大丈夫だ」
宿に来た初日に扉の鍵を見て驚いた。
普通は1個のはずの鍵が2個付いていた。
不思議に思いチッカルさんに訊くと、普通は1個でいいようだが祭りで人が増え始めたら2個の鍵を使用してほしいという事だった。
祭りで来る人を狙った犯罪への対応策らしい。
ちなみに、2個目の鍵は合う鍵以外で開けると警報音が鳴る。
話には聞いていたが、昨日どこかの宿でこの警報音が鳴っていた。
かなりの大音量だったので驚いた。
宿から出て、屋台へ向かう。
ドルイドさんから離されないように手をつなぐが、昨日より人が多い。
少し人の波に流されたが、何とか目的の屋台に到着。
「上から見てたけど、かなり並んでいるな」
「そうだね。でも、やっぱりいい香り」
ドルイドさんと列に並ぶ。
服を買うのが今日までなので、買う人もすごいが売り込む店の人もすごい。
迫力があるなと、売り子さんたちを眺める。
ゆっくり進むにつれ、屋台の看板が見えてきた。
看板には『オビツネの煮込み、祭りだけの期間限定。人ごみのため少しぬるめの状態でお渡しします』とある。
「いらっしゃい」
順番が来たので屋台の前に立つと元気な声がかかる。
「オビツネの煮込み3人前」
煮込んだものを容器に入れるだけなので、屋台の回転はそれなりにいいようだ。
「美味しそう、楽しみだね」
「あぁ。店主、本当にこの煮込みは祭りの間だけなのか?」
「えぇ、そうなんですよ。普段は俺は武器屋をやっていて料理とは無縁なんで」
「えっ? 武器屋?」
「はい。この煮込みは飲み屋をしていた親父の得意料理なんです。祭りの期間ぐらい復活させたくて」
復活という事はお父さんは亡くなっているのかな。
「そうだったのか」
「はい。お待たせ、熱々にした方が美味しいよ」
「ありがとう」
店主から煮込みを受け取って、宿へ戻る。
何とか人ごみを抜けて宿に到着。
「食べ物を持ってると緊張するな」
「うん。こぼさなくて良かった」
宿の扉に手をかけて中に入る。
すると、綺麗な服を着た男性2人がチッカルさんと話をしていた。
どうも雰囲気がよくない。
「なんだろう?」
「嫌な感じだ。とっとと上に上がろう」
「おいっ。お前たちこの宿に泊まっている者たちだな」
男性の横暴な態度に驚く。
ドルイドさんは、すっと私と男性たちの間に立って私を隠した。
「お客さんに迷惑をかけないでください!」
チッカルさんの焦った声が聞こえる。
やっぱり揉めていたのかな?
「煩い、黙っていろ。おい、お前たちの部屋をすぐに空けろ。これは貴族からの命令だ」
うわ~、すごい人たちだな。
「祭りに参加する人に貴族もそれ以外もありません。これは祭りの決まりです」
「そんなものどうでもいい。貴様は我らに部屋1つ用意できないといったではないか、だから我らは自分で部屋を用意する。それだけの事だ。お前たち何をしている、とっとと部屋を空けろ」
どうするんだろう。
ドルイドさんをそっと見る。
怒ってる。
無茶苦茶怒ってる。
でも、貴族だしな。
「楽しそうですね」
「えっ?」
あれ?
この声どこかで聞いた事がある気がする。
「なんだお前は、我らに意見でも言おうというのか?」
ドルイドさんの背中からそっと顔を出して、気になる声の人を見る。
えっ、フォロンダ領主?
なんでここに居るの?
「いえ、知り合いを訪ねてきましたら、愚かな者たちが馬鹿な行動をしていたので、潰し……止めに来ました」
なぜだろう、笑っているのに寒気がする。
それに、不穏な言葉が聞こえたような気が……。
私に会いに来たのかな?
セイゼルクさんに送ったファックスに、ココロンという宿に泊まっている事は書いたからフォロンダ領主が知っていてもおかしくはない。
「知り合い?」
ドルイドさんが小声で訊いてくる。
それに頷いて『フォロンダ領主です』と伝える。
その答えに驚いた表情をした彼は、フォロンダ領主を見る。
「愚かだと、貴様! 我々が誰か知っているのか!」
「いえ、知りません。興味もありません」
あはは、フォロンダ領主の目が怖い。
「我々は王都に籍を置くミッチェ家の者だ」
すごいな、威張りくさってるけど大丈夫なのかな。
目の前の方は、かなり怒っているぞ。
「あぁ。ミッチェ家でしたか。あの、落ちぶれた」
「なんだと!」
「確か、王家に近付こうとして怒りを買いましたよね?」
うわ~、フォロンダ領主楽しそう。
「な、なぜそれを知っている? その事は……」
「私の友人が、あなた方が起こした問題の被害者だったもので」
「えっ? 友人? それって」
あれ?
貴族男性の2人の顔が、一気に青くなった。
「そうだ、私の知り合いというのが、そちらにいるお嬢さんなのですが」
「えっ!」
「被害者である私の親しい友人も、そちらのお嬢さんに会いたいと我儘を言っていましたね。そういえば、私や親しい友人が気を留めるお嬢さんに対して『部屋を空けろ』と、命令していたような……。親しい友人に話したら、きっと楽しい事になるでしょうね?」
「ひっ」
貴族男性2人の顔色が青を通り過ぎてやばい色になっている。
今にも倒れそうだけど大丈夫かな?
「お、我らは、ち、ちょっと部屋に空きがあるか、た、確かめただけだ! 失礼する!」
2人の貴族男性が慌てて宿から転がり出ていく。
なんというか、みっともない。