345話 前祭
「すごい人」
前祭を迎えた村は人で溢れかえっている。
1週間ほど前から徐々に人が増え始め、今日は本当にすごい人だ。
人の多さに圧倒されていると、ドルイドさんがこれからもっと増えると教えてくれた。
今でもかなりの人がいるのに、もっと増えると言われてちょっと怖くなってしまった。
「これだけの人が集まっているのを見たのは、初めて。あっ、すみません」
今は大通りを歩いているが、どこもかしこも人だらけ。
気を付けないと人とぶつかってしまう。
というか、ぶつからないほうがおかしい。
周りを見ると、屋台にもお店にも長蛇の列が出来て、入るのにも時間が掛かりそうだ。
「本祭だとこの状態で色粉の団子をぶつけ合うから、すごいぞ」
そうだった。
このお祭りの一番の目玉は本祭で行われる色粉で作った団子のぶつけ合いだ。
周りを見る。
人がひしめき合っている。
これでぶつけ合いなんてできるのだろうか?
「はぐれないように、手を握っていいか?」
「うん」
ギュッと握られた手がなんだか恥ずかしいな。
「ドルイドさん、この状態でぶつけ合いって出来るの?」
やっぱりどう見ても人との距離が近すぎるので、ぶつけ合いは無理に感じる。
「ぶつけ合うと言っても、手の届く範囲からという決まりがあるし、少し隙間があれば出来るぞ」
出来るんだ。
今の私にはちょっと想像できないな。
本祭は3日ある。
そのうちの初日と2日目は色粉の団子のぶつけ合いをする。
これは、厄を払うために行う大切な祈りの行事。
3日目には、色粉で汚れた服を染料で染めてその服を着て無病息災を祈って終わる。
そんなに簡単に服が染まるのかと心配したら、この村にはそれ専用の染料があるとのこと。
染料を水にとかして、汚れた服を入れて1時間。
あとは普通に洗って乾かせばいいそうだ。
あまりのお手軽感に、聞いた時は驚いた。
なぜそうなるのかは、分からないというからとても不思議。
ハタヒ村が昔から管理している木の実を染料に混ぜることで、簡単に服が染まり落ちなくなるらしい。
前祭が始まると、やるべきことがある。
その1つが、本祭の日に着る服を買う事。
そのため、人の多さにちょっと圧倒された私も服を手に入れるため宿から出てきた。
この時期は、どのお店でも白い服が売られている。
私としては宿から近いお店で購入したかったが、ドルイドさんがお薦めの店があると大通りを移動することになった。
「師匠に聞いた店なんだ。他の店よりしっかりした作りの服らしいから、祭りが過ぎても着られるだろう?」
「うん、そうだね」
宿の近くの店で売っている服を見たが、縫製が粗かった。
生地も薄く、それほど回数は着られないだろうなと思った。
ドルイドさんもそれを見て、師匠さんに聞いた店に行くことにしたみたいだ。
「あった」
ドルイドさんが向かう先に1軒のお店。
「洗濯屋さん?」
「あぁ、ここで売っている服が丈夫らしい。ここも並んでいるな」
お店から伸びた列の最後尾に並ぶ。
回転が速いのか、それほど待つことなくドルイドさんとお店の中に入ることが出来た。
「中もすごいな」
お店の中も人がごった返している。
「そうだね」
人の移動に合わせて、服が置いてある棚へ行く。
目の前の服に手を伸ばして、生地を見る。
確かにしっかりとした生地だし、縫製もきれいにされている。
さっきの店の物とは全然違う。
「大きさは大丈夫か?」
ドルイドさんを見ると、すでにズボンにシャツを手に持っている。
「あっ、ごめん、えっと。これとこれ」
棚から自分の大きさに合ったズボンとシャツを手に取る。
「ワンピースでもいいんだぞ」
ドルイドさんの視線を追うと、そこには真っ白なワンピース。
装飾がないためとても素朴な印象だ。
自分が着た想像をしてみるが、ちょっと恥ずかしい。
「ズボンでいいよ」
「そうか? スカートの姿も見てみたいんだけどな」
そうなの?
知らなかったな。
スカートか、確かに可愛い。
けど、冒険する私にはそれほど着る機会はない。
それに今は成長期だから、すぐに体型が変わってしまう。
そうなると、本当に数回しか着られないことになる。
そんなの勿体ない。
うん、いらない。
「ズボンのほうが動きやすいから、こちらがいい」
「確かに旅をしている間はズボンがいいだろうけど、村や町ではおしゃれ出来るだろう? そうだ、祭りが終わったら夏服でも買いに行こう。その時に気に入るスカートがあるか見てみよう」
「えっ?」
夏服?
スカート?
「支払ってくるから、店の前で待っててくれ」
「あっ、はい」
私の持っている服を持って支払いに行ってしまうドルイドさん。
言われたとおりに、人をよけながら店を出て邪魔にならない場所でドルイドさんを待つ。
この夏、本当にスカートを買うつもりなのかな?
恥ずかしいけど、おしゃれは嬉しい。
いや、でも村や町にいる期間は旅の期間よりずっと短い。
今回のように1ヶ月も同じ村に居ることはそうそう無い。
そんな短い間だけのためにスカートとか、勿体ないし。
……でも、ちょっと欲しいかな?
「どうした?」
「えっ? もう支払ったの?」
「あぁ、さすがに、毎年これだけの人の対応をしているだけあって、速かったよ」
先ほど出てきた店を見る。
店の外には、先ほどより長い列が出来上がっているし今も増え続けている。
店の中も人が溢れて、会計をしている人たちは忙しそうだ。
でも、見ていると会計に向かった人がすぐに終わらせて店から出てくる。
そうとう手慣れている様子だ。
「行こうか」
ドルイドさんが私に向かって手を差し出す。
その手をギュッと握ると、宿に向かって歩く。
「もっと早くから服を買えたら、ここまで混まないのにね」
「確かにもっと早くから売ればいいのだろうけど、前祭からしか販売されないからな。これも伝統だし。こういう雰囲気を楽しむのもいいだろう」
「ふふふっ。あっ、服を染める染料を貰うんですよね?」
「あぁ、宿に戻る途中に祈りの場があるから、そこで配っているはずだ。帰りに祈りを捧げて貰って帰ろう」
前祭の間に、服を買う事以外にもう1つやることがある。
それが服を染める染料を貰う事。
これはこのハタヒ村に数か所ある祈りの場所で、祈りを捧げると貰う事が出来る。
その時、色は選べず自分の運によって色が決まる。
話を聞いた時は面白そうだと思ったけど、今はすごい派手な色が当たったらどうしようと不安だ。
着て無病息災を祈るのだから、どんな色になっても1回は着ないと駄目だ。
それにしっかりとした生地の服を買ったので、繰り返し着ることになる。
あれ?
もっと薄めの生地の服を買った方がよかったかな?
「あそこみたいだが、すごい並んでいるな」
ドルイドさんの視線の先には、100人以上の人がいるのではと思うほど長く伸びた列。
皆、染料を貰うために祈りに来ている。
「待ってても人が減りそうにないし、俺たちも並ぶか」
「うん」
最後尾に並ぶ。
すぐに後ろに人が並んだのが分かった。
待つことを覚悟したが、祈りを捧げるのは1分ほどなので思っていたよりも早く順番がきた。
指示された場所で膝をついて祈りを捧げる。
「ありがとうございます。では、ここから1つをお選びください」
白い服を着た人がカゴを目の前に差し出す。
そこには、木の葉っぱで包まれた染料がたくさん入っていた。
どうやらここから1つを選ぶらしい。
「見ただけでは色は分からないね」
「そうだな。こういうのは直感を信じるしかないな」
ドルイドさんと同時にカゴから1つ、葉っぱの包みを取る。
良い色でありますようにと祈りながら。
「さて、前祭の今日の予定は終わったし、帰るか」
「うん。疲れた」
「宿まで頑張れ!」