343話 良い出会い
「今日は時間をとっていただき、ありがとうございます」
アシュリさんからタブーロ団長さんが会いたいと話を聞いた翌日。
本当に会いに来た。
もしかしてとドルイドさんと話していた通り翌日に。
一緒に来たアシュリさんが、なぜかものすごく疲れた表情なのには触れないほうがいいのかな?
彼をじっと見ていると視線が合った。
次の瞬間、ものすごく情けない表情で笑みを見せた。
タブーロ団長さん、もしかしてかなり無理をしてきたのかな?
というか、周りに迷惑をかけてきたのでは?
「大丈夫ですよ。タブーロ団長は大丈夫でしたか?」
「……えぇ、はい」
少しの間の後、『はい』とは答えたが怪しい。
ドルイドさんも苦笑いだ。
私もきっと似たような表情になっているのだろうな。
「それで」
タブーロ団長さんがシエルに視線を向ける。
もうその表情はなんていうか、今まで紹介してきた人と同じように目が輝いている。
「この子がアダンダラのシエルです」
「えっと、初めまして」
「にゃうん」
「……すごい、挨拶していただきました」
そう、シエルの隣にいる私に報告してくれるけど、何を言えばいいのだろう?
タブーロ団長さんはそろそろと手を伸ばし、もう少しで触れるという所でぴたりと止まる。
「触らないんですか?」
「触ってもいいのでしょうか?」
「シエル、触ってもいい?」
「にゃうん」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
タブーロ団長さんの止まっていた手がそっとシエルに触れる。
よく見ると、その手が微かに震えている。
ちらっとタブーロ団長さんの表情を見ると、感動しているみたい。
そっとその場を離れて、ドルイドさんの隣に立つ。
「すみません。まさかこんなに早く会いに来るとは思わなくて」
アシュリさんが私たちに頭を下げる。
「いや、まぁ予測してたから大丈夫」
ドルイドさんが笑って答えると、安心したようで体から力が抜けたように見えた。
一通り撫でて満足したのか、タブーロ団長さんが私たちのもとに来る。
その後ろをソラたちが楽しそうに飛び跳ねている。
「もう、満足されましたか?」
「すみません。興奮してしまって」
「いえ。このことは内密にお願いしますね」
「もちろんです。そうだ、契約書を書いてきました」
また、契約書?
シエルに会わせるたびに契約書が増えていく。
ドルイドさんが契約書を読んで頷いているので問題ないのだろう。
とりあえず、私も契約書に目を通す。
第三者にシエルの事を話さない事、またそれを破った時の罰則と補償内容が書かれている。
「問題ないですか?」
「大丈夫ですよ」
私とドルイドさんがサインをして契約書を渡すとタブーロ団長さんがマジックバッグからマジックアイテムを取り出す。
マジックアイテムは長方形の穴が開いた40㎝ほどの四角い板。
白紙の紙と、契約書をまとめてマジックアイテムの長方形の穴に通すと、契約書の内容が白紙に映し出された。
タブーロ団長さんは2枚を確認し、そのうちの1枚をドルイドさんに渡す。
横からドルイドさんが受け取った紙を見る。
本当にさっきの契約書と同じ文面だ。
ただ、紙の右上の『控え』という文字だけが違った。
「珍しいマジックアイテムですね」
「昔からあるんですが、なかなかドロップされないアイテムなんですよ。洞窟の深層部分の魔物からしか取れないんで」
洞窟の深層部。
という事は、かなり高額なアイテムだよね。
「同じ機能でもっと大きなものはあるんですけどね。さすがにあれは持ち運べないので」
「そんなに大きいのですか?」
「ギルドや自警団に来たことがあったら、必ず目に入っていると思いますよ」
えっ?
という事は、私も目にしているのかな?
「ギルドや、自警団の事務所においてある白い大きな箱型のあれですか?」
ドルイドさんの言葉に、ギルドを思い出す。
白い大きな箱型?
そういえば、どのギルドでも自警団詰め所でも見た事あるな。
「おそらく想像している物で合っていると思います。あれ、性能はこのマジックアイテムと同じなんですが大きくて重いんですよ」
そんなに重いのか。
移動させるの大変だろうな。
「それと、アシュリ団員がお世話になっているようで、ありがとうございます」
タブーロ団長さんは、シエルを撫でているアシュリさんを優しい目で見つめている。
「シエルも楽しそうですし、問題ありません」
「よかった。ところで先ほどから気になるモノが視界に入ってくるのですが」
タブーロ団長さんの視線が、周りで楽しそうに飛び跳ねているソラとフレムに移る。
ソルはバッグの中でお休み中。
「私がテイムしている、ソラとフレムです」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
ソラとフレムはタブーロ団長さんがシエルに満足するまでじっとしていた。
が、満足したのが分かったのか、私たちの周りを楽しそうに飛び跳ねだした。
「レアですよね? どちらも」
「そうです」
「こんなきれいな色のスライムは初めて見ます」
ソラの青い半透明と、フレムの赤い半透明は太陽の光を浴びてキラキラ光っている。
「アダンダラとレアのスライムのテイム。アイビーさんのテイマーとしての能力はすごいんですね」
タブーロ団長さんの言葉に首を傾げる。
能力がすごい?
思い返してみても、特別なものは何もない。
そもそも私がテイムしたのはソラだけだ。
フレムはソラのテイムを引き継ぎ? でいいのかな?
引き継いでシエルは……シエルは?
どう言えばいいのだろう……私を主人と認めてくれた?
少し違うような気がするな。
う~ん。
とにかく、シエルも私がテイムしたのではない。
なので能力はそれほどないような気がするな。
「どうしました?」
「えっ? いえ、なんでも。私はそれほど能力はすごくないですよ。みんなが優しいんです」
「皆が優しい?」
「はい」
ソラたちに視線を向ける。
シエルを撫でているアシュリさんを、からかっているようにしか見えないソラとフレム。
シエルもそれを楽しそうに見ているだけ。
あれ?
アシュリさん、ソラたちのおもちゃになっているような。
気のせいかな?
「ソラたち、アシュリ団員の事を気にいったみたいだが、あれは完全にからかってるな」
あ~、せめて頭の上で暴れるのだけは止めた方がいいかな?
でも、楽しそうだしな。
「アシュリ団員も楽しんでいますね」
タブーロ団長さんがなぜか少し羨ましそうな表情を見せる。
「うわっ」
アシュリさんの叫び声に、見るとシエルにのしかかられているアシュリさん。
一瞬体を硬直させたようだが、すぐにシエルに文句を言っている。
「アシュリ団員は良い出会いをしました。どんなに良い専門医に見せても出来ないケアを、シエルにしてもらえている」
心の傷の事はよくわからないけど、シエルとのあの遊びもいい治療なのかな?
もしかしてソラやシエルは知っているのかな?
最初からアシュリさんには、すごい興味を持っていたような気がするもんな。
「ソラにフレム、シエルもアシュリ団員さんの事好きみたいです」
私の言葉にタブーロ団長さんが少し呻る。
「よかったと思うのですが、本当に羨ましい」
あっ、本音が漏れてる。
ドルイドさんが、タブーロ団長さんの肩をポンポンと叩く。
「ドルイドさんは、一緒に旅が出来るのでいいですよね」
「あ~、いろいろ経験が出来て楽しいですよ」
「シエルが村に入れたら時間の許す限り会いに行くのに。さすがにあの魔力を持つアダンダラへ入村許可を出せませんからね」
「あっ、すみません。村には一緒に帰っています」
「えっ?」
「あっ!」
失敗した。
話すかどうか決めてなかったのに、言ってしまった。
ドルイドさんを見ると、笑っている。
う~、これは私の失敗だ。