番外編 ここから
自警団員に連れられて、自警団詰め所の1室に案内される。
今日から8年間、奴隷として自警団詰め所で仕事をさせてもらいながら生活する。
ここが私に与えられた罪と向き合う場所。
村の大人たちは最低でも45年。
元村民に対する恐喝、脅迫、傷害、暴行、殺人。
子供たちは関わり方によって刑期は違った。
父は妹の殺人未遂も追加されて55年。
母も同罪となり55年。
きっと生きている間に刑期は終わらないだろう。
兄は殺人には手を貸していなかったが、それ以外の犯罪にはかなり協力的だったため38年になった。
ラトミ村の村長は脅迫、恐喝、傷害、暴行、殺人教唆、殺人などで死ぬまで奴隷として過ごすことが決定した。
私は犯罪を告発した事、また殺人はしていなかったとしてかなり短くなり8年。
正直、刑期を聞いて短いと思った。
たった1人の妹が脅されているのを、殴られているのを、ただなにもせず見ていただけの私。
いえ、見ていただけじゃない。
あの時私は、最悪な一言を妹に言ってしまった。
あの言葉をあの子は聞いてしまっただろうか?
あんな醜い言葉を言った姉を、妹はどう思っただろうか?
それだけじゃない、一緒に育った友人が殺されるのを知りながら目を背けた。
すべて私の罪。
8年で許されるわけない。
「失礼します。連れてきました」
自警団員が扉を叩き、入室許可を求める。
ぐっと手を握る。
犯罪者の私を引き受けてくれた場所。
そしてあの子が目指したかもしれない場所。
「入れ」
「はい。失礼します」
「しっしつ……」
声が震えてしまった。
しっかりしろ!
私を受け入れてくれたこの場所で、私はやり直すのだから。
「失礼します。今日からよろしくお願いいたします」
部屋に入って正面に、体格のいい強面の男性が座っているのが見えた。
その姿に、体が竦みそうになる。
それを何とか抑え込んで、頭を下げて部屋に入る。
「あぁ、よく来たね。俺はラトメ村の自警団団長アビラだ。よろしく」
「よろしくお願いいたします」
アビラ団長さんの隣に眉間に皺を寄せた男性がじっと私を見つめていることに気付く。
その目を見ると、睨まれているようでぶるっと震えてしまう。
「オグト」
団長さんがその男性の名前を呼ぶと、視線がすっとそれた。
ふーっと小さく息を吐きだす。
どうやら知らない間に息を止めていたらしい。
「初めまして、君を預かる部署の隊長をしているオグトだ。よろしく」
「よろしくお願いいたします」
私の直属の上司にあたる人だったのか。
それに、オグトさんは確かあの子を見つけてくれた人。
そして私が手紙を託した人。
そっと視線をオグト隊長さんに向けると、すぐに視線が合う。
じっと見ていると、オグト隊長も私をじっと見つめてくる。
その視線に微かな怒りを感じたような気がした。
何か、責められているような……。
耐えきれず、そっと視線を下に向ける。
「オグト、準備は終わっているのか?」
「あぁ、問題ない。部下たちにも話は通してある。ヴェリヴェラが……まぁ、大丈夫だろう」
「本当か? 最後まで反対だったんだろ?」
「まぁな。だが、今は納得してくれたさ。ちょうどあの子から『ふぁっくす』が届いたのもあったしな」
「そういえば、元気なのか?」
「あぁ、ただちょっと気になることがある事はある」
「なんだ?」
「噂だが、ハタダ村あたりを大量のサーペントが大移動しただろう。新種の魔物までいたという話だ」
「それがどうした? 関係ないだろう」
「そう思うのだが、あの子が旅をしていた場所と噂になっている場所が被っているような気がしてな。それにハタヒ村に着くのも早すぎる」
「そうなのか?」
「あぁ、勘なんだが。あの子は不思議な子だったから、関係しているような気がしてな」
「ハハハ、思い過ごしだよ。1回だけ会った事はあるが、普通の子供に見えたぞ」
「最初はな。俺も普通の子供だと思った。だが、関わると不思議とそう思えなくなる子供だったんだよ。もしかしたらサーペントと一緒に行動しているかもしれないと、思うぐらいにはな」
「それはあり得ないだろう」
「まぁ、それは無いな。サーペントが人と交流を持ったなど聞いたこともないしな」
「しかしオグトにそこまで言わせるとは。次にこの村に来た時はもっと関わってみるか」
「断固拒否だ」
「はっ? なんでだよ!」
「当たり前だろう。その年と顔で可愛いものに目がないっていう気持ち悪い性格なんだから。言っておくが、俺だけじゃねぇぞ。ヴェリヴェラも間違いなく、邪魔するからな。奴の事だ、使えるモノは何でも使う。それこそアビラの奥さんまで引っ張り出してくるかもな」
「あいつもか! というか、何回も言っていると思うが、俺はお前たちの上司だぞ」
「俺も何回も言っていると思うが、知っている。だが、それがどうかしたのだろうか?」
「……ムカつくしゃべり方だな!」
アビラ団長さんとオグト隊長さんの掛け合いをただ静かに聞く。
内容はよくわからない。
ただ、誰かのことを話していることだけはわかった。
2人を見ていると、私の視線に気付いたのか話が途切れる。
邪魔をしてしまったのかな?
「悪いな。そうだ、なんと呼べばいいかな?」
「えっ?」
あっ、そうだ。
自己紹介してもらったのに、私はしていない。
「すみません。フェシーラと言います」
名前を名乗ることを、緊張で忘れてしまうなんて最悪。
「フェシーラか。わかった。これから働く場所へ案内する。付いてきてくれ」
オグト隊長が私の名前を確認すると、部屋から出て行ってしまう。
「あっ、はい。あの失礼します」
急いでアビラ団長さんに挨拶をして、オグト隊長の後を追うが速い。
ほぼ駆け足状態でオグト隊長の後を追う事になってしまった。
「ん? あぁ、悪い。速かったな」
後ろを必死で付いてきているのに気付いたのか、オグト隊長が歩く速度をゆっくりに変えてくれる。
「ありがとうございます」
ゆっくり深呼吸を繰り返し上がった息を整える。
後ろからオグト隊長の顔を見る。
目つきが鋭く口がギュッと引き締められている。
もしかして、面倒くさい事を押し付けられたと思っているのかな。
そうかもしれない。
私がここで働けるとなった時、自警団が犯罪者を受け入れるのはかなり珍しいと言われた。
誰か知り合いでもいるのかとも確認された。
でも、知り合いなどいない。
私の知り合いは、ラトミ村の人たちだけ。
首を横に振って「知らない」と言うと、かなり不思議な顔をされた。
「ここがフェシーラ、君が明日から仕事をする場所だ」
建物を見る。
『自警団詰め所』と看板が出ている。
オグト隊長さんが中に入ると、出会う自警団員から次々と挨拶が飛んでくる。
それに片手をあげて応えると、詰め所の奥にある部屋の前まで来た。
「入るぞ」
「お帰りなさい。その子ですか?」
「あぁ、フェシーラ。彼は俺の補佐で副隊長のヴェリヴェラだ」
「初めましてフェシーラと言います。これからよろしくお願いいたします」
「よろしく」
鋭い目をしたヴェリヴェラ副隊長さん。
この名前も記憶にある。
妹をオグト隊長さんと一緒に見つけてくれた人だ。
「そういえば、『ふぁっくす』が届いていましたよ」
「あの子か?」
オグト隊長さんとヴェリヴェラ副隊長さんの雰囲気がふっと柔らかくなるのが分かった。
「えぇ、面白い内容でした」
「なんだか嫌な予感がするが?」
「どうぞ。フェシーラはその机の上にある書類に目を通してください。自警団での規律が書いてあります」
「わかりました」
「座っていいですよ」
立ったまま書類を読もうとすると、ヴェリヴェラ副隊長が椅子をすすめてくれた。
お礼を言ってから、椅子に座り書類に目を通す。
「ヴェリヴェラ」
「なんですか?」
「この、『ハタウ村の森で出会った友だちと一緒にハタダ村へ行きました。楽しかったです』とあるが、もしかしてあれか?」
「そうだと思いますよ。最初の『ふぁっくす』で『アダンダラは大きくてふわふわです』とどちらが衝撃的でしょうね」
「あれは衝撃的だったな。最初は意味が分からなかったが、分かった瞬間の衝撃は忘れない。次に会う時が楽しみだな」
「いろいろ引き連れて帰ってくるかもしれませんね」
書類を読んでいても耳に入ってくる会話。
もしかしてアビラ団長さんの所で話していた人の事かな。
随分大切な人なんだな。
2人とも楽しそうに笑ってる。
その表情を盗み見て、なんだか心が温かくなる。
あの子を見つけてくれたのが、この人たちでよかった。
そう思うのに、どこかであの子はまだ生きていると信じたい気持ちが強い。
だから、まだ訊けない。
あの子の死んだ場所はどこかなんて。