341話 怒られました
「美味しいですね」
香ばしくて、程よい甘さで美味しい。
だから余計に『パパーン』という名前に違和感を覚える。
もっと繊細な名前はなかったのかな?
「この店の商品名が面白いんです」
「そうなのか?」
ドルイドさんの質問に『パパーン』を食べながら頷くアシュリさん。
「1つ前の新作の名前が『ノノーン』でその前が『ネネーン』だったんです」
パパーンにノノーンにネネーン。
すごいな、よくこんな名前を思いつくよね。
でも、どうしてハハーンではなくパパーンなんだろう?
「ちなみにこの店の最初の商品の名前が『アーン』でその次が『イーン』です。今は2周目なんですよ」
思いついたのではなく、名前を考えるのが面倒くさかったんだな、きっと。
「美味しいのに……」
名前のせいで、どことなく残念な気持ちにさせられる。
この名前、祭りでは目立つのかな?
「あの……」
「どうした?」
「今日の朝、団長にすべて話してきました。ご心配をおかけ致しました」
アシュリさんが、ドルイドさんに小さく頭を下げる。
「そうか」
今回の問題をアシュリさんはタブーロ団長に言えずにいた。
自警団は、通常任務では治安維持が仕事になる。
が、緊急事態の時は魔物も相手になる。
そのため、魔物を怖がって動けなくなっていては仕事に支障をきたす。
最悪な事態になれば自分の命が危ないだけでなく、仲間を危険にさらす事にもなる。
そのためアシュリさんは、仕事を辞めさせられるのではないかと心配してなかなか報告できずにいたのだ。
「タブーロ団長はなんて?」
「怒られました」
「まぁ、そうだろうな」
「はい。俺に何かあってからでは遅いんだと」
そうだよね。
アシュリさんの状態を知らなければ、魔物の討伐任務を指示した可能性もある。
それでもし彼に何かあったら、タブーロ団長はきっと話してくれなかったことを悲しんで、気付けなかった自分に怒りを感じたはずだ。
少しだけしか話は出来なかったけど、タブーロ団長さんはいい人そうだった。
「仕事はこれまで通りでいいと。あと、心の問題を専門の先生に診てもらうことになりました」
「よかったな」
「はい。あのそれで、話していいと許可をもらったので、シエルの事を簡単に説明しました」
「それで?」
「あの、次に俺が会いに来る時に同行したいから許可をもらってきてほしいと。無理なら諦めると言っていました。けして無理強いはしないようにと注意を受けてます。あの、団長はアダンダラに会ってみたいと言ってました」
「アイビー、どうする?」
「皆、タブーロ団長さんがシエルに会いたいって。いいかな?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
皆の元気な返事に、アシュリさんが戸惑った表情を見せる。
そういえば、皆が一斉に返事をするのを見るのは初めてだったかな?
「会っていいそうですよ。みんなの許可もあるので大丈夫です。そうだ、ソラたちも会う?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「ソラたちも会っていいそうです」
私の言葉に、アシュリさんは私とソラやフレムを交互に見る。
「もしかして、会話が出来ているんですか? あれ? スライムって意思の疎通が難しい……」
そういえば、スライムってそうだったかな?
本で読んで勉強したけど、目の前のソラたちが全くそれに当てはまらないからどうも忘れがちなんだよね。
「気にしないでください」
「……そうだよね。うん、だって見た目もレアだし、きっと他にもいろいろレアなんだろうな。剣とかあんな短時間で食べるんだし。そうだよ。うん」
数日前にたまたま森の中に落ちていた、刃こぼれした剣をソラが見つけてアシュリさんの前で食べてしまった。
それはもう、嬉しそうにあっという間に。
それを見たアシュリさんは、隣に座ったシエルへの恐怖も忘れてソラを見て固まっていた。
固まったアシュリさんの肩にシエルが顔を乗せても、衝撃が大きかったのか普通にシエルの頭を撫でていた。
ドルイドさん曰く「ショック療法かな?」らしい。
まぁ、その日からアシュリさんはシエルに触れるようになったので良かったという事になっている。
「えっと、次の休みは6日後なので、その時に一緒に来ます」
「会えるとなったら、タブーロ団長が日程調整して早めに来そうな気がするけどな」
「ありえそうですね」
私がドルイドさんの言葉に賛成すると、アシュリさんが苦笑いした。
つまり、6日より前に会いに来る可能性があるという事かな。
「俺たちは雨が降らない限りは森へ来るから、『無理せず空いた日にどうぞ』と伝えてくれ」
ドルイドさんもアシュリさんの態度に苦笑いを浮かべる。
「ありがとうございます。団長に伝えておきます」
「さて、そろそろ村へ戻るか」
「うん。アシュリさん、ご馳走様でした。美味しかったです」
「よかった。次も期待しててください」
「はい!」
簡単に後片付けをして、村へ向かって歩き出す。
シエルはアシュリさんの隣をゆっくりと歩く。
「もう大丈夫そうだな」
シエルとアシュリさんの様子を見ていたドルイドさんが、安心した様子で笑う。
「そうですね。不意に来られるとちょっと戸惑いますが、シエルに対しては恐怖心は随分と落ち着きました」
確かに、後ろから来られない限りすぐに頭を撫でたり出来るようになっている。
最初の頃とはかなり変わったよね。
最初の頃は、前からゆっくり近づいても顔色が悪くなっていたからね。
「いい傾向だよね?」
ドルイドさんを見ると、立ち止まって何かを考えこんでいる。
「どうしたの?」
「いい傾向だと思いたいが、シエルはテイムされた魔物だから安全だと認識した可能性もある」
なるほど、安全だと認識したから恐怖心が薄れたって事か。
あれ?
だったら。
「シエル、テイムされた印ってまだ消せる?」
「えっ? アイビーさん?」
ドルイドさんが頷きアシュリさんが首を傾げる中、シエルの額に有った印がスーッと消える。
テイムされているとわかるのはこの印だもんね。
これが無くなったら、安全だと認識できなくなるんじゃないかな。
「アシュリさん、どう? テイムの印が消えたシエルでも触れそう?」
「印? あれ? 印は?」
「そんなことより、触れそう?」
「あれ? テイムの印ってそういうものなのかな? えっと、触れるかな。うん、触れるよ」
アシュリさんがどこか呆然としながらシエルの頭を撫でる。
その様子から、恐怖は感じていないようだ。
「衝撃療法なのかな。これって」
ドルイドさんが苦笑を浮かべて私の頭を撫でる。
首を傾げて彼を見るが、なぜか笑われた。
「アイビーって無意識に良い方向へと導くよな」
良い方向?
「まぁ、気にするな。それより印を消しても既に大丈夫と認識しているから、これで触れても大丈夫なのかは判断しづらいな」
あっ、そこまで考えが及ばなかったな。
そっか、すでに認識しているなら印を消しても意味がないのか。
「テイムしているから襲われない。あっ、テイムしてても襲われるって認識したらいいのでは?」
「はぁ? どうやって?」
「簡単ですよ。シエルにアシュリさんへ向かって殺気を送ってもらえばいいんです」
殺気を送ったって事は襲われる可能性があるって事だもんね。
これで大丈夫だと認識する人はいない。
「シエル、少しアシュリさんに殺気を送ってみようか」
「待て、待て。シエルも駄目だから」
私の言葉にドルイドさんが慌てて止める。
「駄目ですか?」
ほんの少し殺気を送ってもらえればいいかと思ったのだけど……。
「はぁ」
思いっきりドルイドさんにため息をつかれた。
かなり駄目な方法だったらしい。