340話 傷と克服
「ドルイドさん、こっちの罠にもオビツネいるよ!」
「今日は仕掛けた罠、すべてで成功だな」
罠による狩りを始めてから2週間。
試行錯誤の末、ようやくオビツネ狩りのコツが掴めた。
カゴを2重にして縄で結び付け、蝋をカゴに塗る。
使用するカゴもなるべく新しく太い素材で作られている物を使う。
これがわかるまでに2週間も費やしてしまった。
「本に載っているオビツネの情報はあまり当てにならなかったな」
「うん、特に牙の強さについては書かれてなかったもんね」
カゴが潰れた原因はオビツネの魔法ではなく牙。
思ったより鋭い牙でカゴを噛み切って逃げてしまう。
本にはそれほど牙についての記述がなく、あまり重要視していなかった。
そのため、逃げた方法がわからず少し手間取った。
たまたま蝋のついたカゴを使用した時に逃げ出さなかったため、蝋が苦手だと気付いたのだ。
「仕留めたら、解体しに行こうか」
仕掛けた罠は4か所。
なのでオビツネは4匹。
どれも結構な大きさなので解体も少し時間が掛かりそうだし早く始めたい。
「うん」
「にゃうん」
シエルがオビツネ2匹を口に銜えて、颯爽と歩きだす。
私とドルイドさんが1匹ずつ持って、そのあとを追う。
「シエル、ありがとう」
私の言葉に尻尾がふわふわと揺れる。
最近のシエルは尻尾をかなり使いこなせるようになってきた。
なので、怒らせない限り攻撃されることはない。
今も、機嫌よくふわふわ揺れているが、砂ぼこりが巻き上がることは無い。
川のほとりまで来ると、ドルイドさんがマジックバッグからマジックアイテムを取りだす。
オビツネの血抜きに時間が掛かるとわかったドルイドさんが買った、血抜きを補助するマジックアイテム。
どういう仕組みなのかは不明なのだが、狩った獲物の上にマジックアイテムを作動した状態で置くと血抜きが完了する。
何度見ても、よくわからないマジックアイテムだ。
ただ、とても重宝している。
「シエル、頼む」
「にゃうん」
ドルイドさんにオビツネの皮を剥いでもらい、私が肉を小分けにしていく。
片腕で押さえが利かないドルイドさんの補助はシエル。
シエルがオビツネを押さえて、ドルイドさんがナイフを使って皮を剥ぐ。
この2週間で随分連携がきれいにできるようになり、皮を剥ぐ時間もどんどん速くなっている。
なので、私も急いで肉を切り分けていく。
「よし、完了。ありがとうなシエル」
「にゃうん」
ドルイドさんの言葉にお肉の切り分けに集中していた顔を上げる。
目の前には皮を剥がれたオビツネが2匹。
うん、速すぎる。
「アイビー、手伝うよ」
「ありがとう。2人とも速すぎる」
「シエルが本当に絶妙なところを押さえてくれるからな、やりやすい」
「にゃ~ん」
ドルイドさんの言葉に自慢げに一声鳴くシエル。
それを見ながら、解体を続ける。
小分けにしたお肉をバナの葉で包み、時間停止機能のあるマジックバッグに入れて完了。
「終わった~」
「さすがにオビツネが4匹いると、結構時間が掛かるな」
「うん。でも、マジックアイテムのお陰で血抜きに時間が掛かることがなくなったから、これでも早いと思うよ」
「まぁ、そうなんだけどな」
川から町へ向かって歩いていると、見知った気配がこちらに来ていることに気付いた。
「ドルイドさん、アシュリさんが来たみたい」
「ぷっぷぷ~」
ここ2週間で変わったことが1つ。
アシュリさんは仕事が休みの日や休憩時間に、シエルに会いに来るようになった。
「こんにちは」
「「こんにちは」」
あの最初の日の翌日、アシュリさんがお願いがあると森にいる私たちのもとへ来た。
どうやら魔物に襲われた事で、魔力が強い魔物や大きな魔物を見ると体が固まってしまうらしい。
それをしっかりと把握したのは、シエルと遭遇した時。
それ以前にも、魔物を遠くに見ただけで体が強張る事はあったらしいが、気のせいだと誤魔化していた。
が、不意打ちとは言えシエルを見て気絶してようやく自分の現状を認められたそうだ。
そしてそれを克服したいので協力してほしいと頭を下げられた。
「今日の仕事は午前中までか?」
普段着になっているアシュリさんにドルイドさんが首を傾げる。
「そうです。あの、これ差し入れです」
アシュリさんは毎回、何かしらの差し入れを持ってくる。
『必要ない』と言ったのだが、シエルと交流させてもらっているお礼だと押し切られた。
「いつもありがとうございます」
「いえ、お世話になっているので」
最初、アシュリさんは私のバッグから感じる巨大な魔力が気になっていた。
が、ドルイドさんの予想通り、バッグの大きさならたとえ魔物でも大丈夫だと判断した。
また、私が持っていた事も安心材料になったらしい。
ただ魔力の大きさとバッグの大きさが合わない事には不安を感じていたらしい。
そのため不安から、バッグを凝視してしまったようだ。
『興味ではなく不安だったのか?』とドルイドさんが驚いていた。
その視線に気付いた私たちが声をかけた事で、大丈夫だとはっきりさせるつもりだったが、目の前に居たのはアダンダラという巨大な魔力を持つ大きな魔物。
結果、気絶してしまった。
そうなってようやく自分自身の心の傷に向き合えたと、アシュリさんは苦笑いを浮かべて教えてくれた。
ちなみにあの日、シエルがアダンダラに戻った後の記憶は少し曖昧らしい。
ちゃんと受け答え出来ていたのに不思議だ。
「今日の狩りはどうでした?」
「大成功だ、仕掛けた罠にすべてかかってた」
「すごいですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「今日は、今年の新作のお菓子です。『パパーン』というんですよ」
アシュリさんが紙袋の中を見せてくれたので、覗きこむと焼き菓子が入っている。
随分すごい名前のお菓子だなと思うが、この村のお菓子はちょっと大げさな名前が多い。
祭りのときに目立つためらしい。
「少し休憩するか」
ドルイドさんの言葉に、座れる場所を探してみんなで休憩をする。
「ぷっぷぷ~」
アシュリさんが切り株に座ると速攻突進をするソラ。
「うわっ。ソラ、また!」
ソラはアシュリさんを遊び相手と決めたようで、毎回突進して遊んでもらっている。
……からかって遊んでいるともいう。
「そろそろ、忙しくなるんじゃないのか?」
あと1週間少しでお祭りの前祭が始まる。
その前祭が5日間もある事に驚いたが、本祭も3日間連日行われるらしい。
しかもこの3日間は多くの人が徹夜をするそうだ。
なので3日目はどこか皆おかしな状態になるとドルイドさんに聞いた。
祭りは楽しみなのだが、少し怖い。
「そうなんですよ。少し前から祭りに参加する人たちが集まりだしたんですが、喧嘩が多くなって大変です。喧嘩の仲裁って本当に面倒なんですよね」
「お疲れ様です」
「にゃうん」
私の言葉の後にシエルが労わるように、アシュリさんの太ももに顔を乗せた。
それに一瞬体を強張らせるアシュリさん。
でも、ゆっくり息を吐きだしてシエルの頭をそっと撫でた。
「随分、慣れてきたな」
「はい。本当にシエルには感謝しています」
最初の頃は、隣にシエルが座るだけで体が硬直していた。
それでも彼は頑張って、何とか克服しようとしていた。
それを感じたシエルは、本当にゆっくりアシュリさんとの間合いを詰めていった。
そのおかげか、今では体と体が触れても硬直することは無くなった。
「シエル、ありがとうな」
アシュリさんがゆっくりシエルの頭をなでると、気持ちよさそうに目を細めてグルグルとのどを鳴らした。