338話 五の実に四の実
「アシュリさん、シエルを見つめるだけだったね」
何か訊くわけでもなく、じっと見続けるアシュリさん。
途中でシエルが鬱陶しそうにしたので終了。
まさか声をかける事もなく、ただ見てるだけだとは思わなかった。
今までの人はいろいろ訊いてきたり、撫でたりしてシエルも楽しそうだった。
新しい対応にシエルだけでなく、私たちも困惑した。
「さすがに俺でもあの反応は予測できないよ」
ドルイドさんが苦笑を浮かべる。
「アイビー」
「うん」
「アイビーはしっかりと相談してくれるから安心だけど。これからも何かあったりした場合は、すぐに相談する事。俺だけじゃなく、ソラたちにもな」
「もちろん。私はまだまだ知識も経験もないから、自分だけで判断する事は無いよ」
これだけは自信をもって言える。
だって、意見をいろいろ聴いてから考えるのは大切なことだと思うから。
「安心だな」
ドルイドさんが頭をそっと撫でてくれる。
「そうだ、そろそろ『ふぁっくす』を調べに行くか。彼らの事だ、返事が返ってきていそうだろ?」
「ラットルアさんたち早いもんね。ドルイドさんのお父さんたちも早いよね」
ファックスを送ると、ラットルアさんたちは2日後ぐらいには返事が返ってくることがある。
次に早いのが、ドルイドさんの家族たち。
オグト隊長はのんびり返信してくれる。
「心配してくれてて嬉しいね」
「そうだな、半分は母さんからの『アイビーに迷惑かけてないか』という心配だけどな」
「アハハ、またドルイドさんのお母さん達に手紙書くね」
「そうしてくれ。義姉さんも喜ぶよ」
商業ギルドに寄って隅に設置されている机に向かう。
「いらっしゃいませ」
「『ふぁっくす』の確認に来ました」
ドルイドさんがギルドカードを出す。
職員の女性がカードを確認してから、机の奥の棚から数枚の紙を持ってくる。
「こちらになります」
「ありがとうございます。専用の紙を10枚もらえますか?」
「わかりました、記録させていただきます」
10枚の紙を渡した事をギルドカードに記録すると、女性職員がカードをドルイドさんに渡す。
「ありがとうございます」
「ご利用ありがとうございます」
この村のファックス専用の職員さんはどうも固い。
表情は笑っているんだけど、対応が苦手なのかな?
「ここで読んでいく?」
ドルイドさんの質問に首を振る。
ゆっくり読みたい。
「宿に戻ろう。今日の夕飯はどうするの? チッカルさんに断っていたよね?」
「あ~お願いがあるんだよ」
「うん、何?」
「牛丼が食べたい。六の実を乗せて欲しい」
六の実?
あぁ卵の事だった。
つまり牛とじ丼が食べたいと。
あれは簡単なので問題なし。
お肉はまだ残っているから買う必要はないかな。
後は、卵がないから買って帰ろう。
あっ、卵じゃない。
六の実だった。
ややこしいな。
「そうだ! 六の実があるという事は五の実もあるの?」
「えっ? 当たり前だろう?」
当たり前なの?
五の実とか四の実とか売っているの見たことないけれど。
「……もしかして知らない?」
「うん。そんな当たり前の事なの?」
でも、六の実以外お店で見たことないけどな。
それなのに知っていて当たり前?
「あっ、そうか。最近は、六の実以外は売られていないからな」
「売られていない?」
それだったら知らなくても仕方ないよね。
「あぁ、他の実は中で腐っているらしい」
腐ってる?
「それはお店には並ばないね。売られていた時期があるのが不思議だけど」
「昔は食べていた人もいるらしい」
「……腐った物を?」
「あぁ、そうらしい。もう数十年前の話だけどな」
食べるモノが無かった時代でもあったのかな?
この国の歴史を少し調べたけど、そんな事は書かれてなかった。
見落としたのかな?
「まぁ、人にはそれぞれ好みがあるからね。中には腐った食べ物でも……」
いや、駄目でしょ!
腐った物なんて!
「アイビー、そんな表情で言われても」
どんな表情をしていたかな。
掌を顔に当ててみる。
「ものすごく複雑そうな表情だぞ」
ドルイドさんに楽しそうに言われる。
だって、腐った物を食べるとか想像しただけでちょっと……。
「と言いつつ、俺も1度試したことがあるんだよな。あれは五の実だったかな」
「えっ! 本当に?」
「うん。白くて酸っぱい匂いで、食べるのはやめておいた」
よかった。
食べなかったんだ。
それにしても、ドルイドさんって時々不思議な事をしてるよね。
「必要な物は?」
「ろ、六の実だけです」
宿への帰り道、六の実を購入して宿に戻る。
部屋に入りソラたちをバッグから出す。
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
バッグから青のポーションと剣5本、次に赤のポーションを出す。
出したポーションに嬉しそうに近寄るソラとフレム。
ソルもころころと転がって足元まで来る。
「ソルはこっちね、マジックアイテムがあまり捨てられてなかったから魔力がそれほど無いかもしれないけど、我慢してね」
「ぺふっ、ぺふっ」
ソルが嬉しそうに持ち帰ってきたマジックアイテムの上に飛び乗る。
「静かにね」
いくらマジックアイテムで遮音していても、気になる。
夕飯の材料をマジックバッグから出して、調理場に行く。
そういえば、久々の丼ものだ。
ドルイドさんの希望だし、頑張ろう。
「まずはお米を炊いて」
「手伝うよ。何をすればいい?」
手伝いって言われてもな。
牛とじ丼ぐらいなら本当にすぐに終わる。
「簡単なんですよね、牛とじ丼」
「そうだったか?」
「うん、なので手伝われると私がすることがなくなる。なので今日はいいです」
ご飯が炊けるまでにおかず作ろう。
「そうか。なら俺は『ふぁっくす』でも確認するよ」
「後でみんなの話を聞かせてくださいね」
「もちろん」
ドルイドさんが泊まっている部屋からファックスを持ってきて読みはじめる。
皆元気かな?
「えっ!」
おかず2品が完成する頃、後ろでファックスを読んでいたドルイドさんが驚いた声を出した。
「どうしたの?」
「シリーラ義姉さんに赤ちゃんができたって」
赤ちゃん?
「本当に?」
「それで、兄が過保護になって鬱陶しいって書いてある」
鬱陶しいって。
あれ?
ドルイドさんは33歳だよね?
お兄さんて何歳だろう?
「お兄さんは何歳なんですか?」
「ん? 39歳、あれ?40歳だったかな? まぁ、そんな感じだ」
という事は奥さんたちもそれぐらい?
「あの、シリーラさんっていくつですか?」
訊いちゃったけど、問題なかったかな?
「シリーラ義姉さんは確か……9歳年下と言っていたような気がするな。だから30歳ぐらいかな」
9歳も離れていたんだ。
「どうしていきなり年齢なんて?」
「いえ、出産って危ない事もあるって聞いたので」
「危ない? 出産用のポーションがあるから大丈夫だろう?」
出産用のポーション? って何?
「あれ? もしかして知らなかった?」
「うん、そんなポーションがあるの? ポーションは4種類だけだと思ってた」
「まぁ、出産する時しか必要ないからな。一般的ではないかな?」
ポーションがあれば安全に出産できるのか。
知らなかったな。
「夫婦仲がよくないと絶対に子供は出来ないから、父さんと母さんが心配していたんだよ。これで一安心だな」
うわ~、シリーラさんの赤ちゃんなら絶対に可愛いんだろうな。
今から会うのが楽しみ。