336話 先に言っておけば
「まだ、来ていないみたいだな」
「うん。まだみたいだね」
門の近くで立ち止まり周りを見回す。
少し早く来過ぎたのかな?
「何か思いついた?」
「えっ?」
「オビツネの料理方法」
一昨日食べたオビツネの塩焼き。
確かに美味しかった。
そして、なぜ塩焼きしかないのか分かった。
焼いた時にはふわりと香った程度の独特の風味が、口の中に入れたら強く香りを主張した。
そして久々に、前の私の声が頭に響いた『にんにくかよ!』と。
久々だったので思わず固まってしまい、ドルイドさんに心配された。
にんにくかよが、何かはわからないが声が聞こえるほど印象に残っている香りなのだろう。
「不思議ですよね。口の中に入れた時が一番香りが強いなんて」
昨日食べたときは今日も絶対に匂うだろうなって思ったのに、匂わない。
なんとも不思議なオビツネの肉だ。
「やはり塩焼きが一番か?」
「いえ、1つだけ頭に浮かんだものがあるんです」
「もしかして昔の記憶から?」
「はい。小麦で皮を作って、オビツネの肉をミンチにして野菜を一緒にこねて皮に包んで焼いたり煮たり蒸したりするみたいです」
「……コムギで皮? ミンチ?」
前の私の知識で『ギョーザ』という料理らしい。
頭に浮かんだ、やたら詳しい調理方法に昨日は驚いた。
今までとはあきらかに違う感覚。
もしかしたら前の私が好きだった料理なのかもしれない。
だからなのか、ものすごく食べたい。
一昨日はちょっと混乱もあって我慢できたけど。
「うん。ギョーザを作ります!」
「……いきなり宣言?」
「はい?」
「いや、大丈夫。『ぎょーざ』? 楽しみにしておくな」
「うん。絶対美味しいと思う」
白ご飯が合うのか、ギョーザを思い出すと必ず白ご飯も一緒だ。
試してみよう。
「すみません。お待たせしました」
ドルイドさんが苦笑していると、アシュリさんが走って来た。
「まだ時間的に問題ないから、走ってこなくてよかったのに」
「いえ、その楽しみで」
そういうと、ちらりとバッグを見るアシュリさん。
その顔で興味津々なのがわかる。
シエルを見たらどんな反応するか楽しみだな。
「では、行くか」
「うん」
門番に挨拶をすると、不思議な表情をされた。
まぁ、どういう関係か気になるところかな?
「アシュリ団員、何かありましたか?」
「えっ? いや違うよ。えっと」
「罠を使った狩りの方法を見てみたいと言われまして」
アシュリさんが少し戸惑うと、すぐにドルイドさんが説明する。
その話を聞くと、門番さんがぱっと明るい表情をした。
「あっ、噂で聞いてますよ! なんでもオビツネの狩りに、罠を使う冒険者がいると。あなた方の事だったのですね?」
「噂ですか?」
ドルイドさんが笑みを見せて訊いている。
それに門番さんが『自警団の中で噂になっている』と教えてくれた。
「そうでしたか。それは俺たちの事のようですね」
噂になっていると聞いた時、ドルイドさんの表情が少し険しくなった。
いつも一緒にいる私ぐらいしかわからないと思う小さな変化だったけど。
「やっぱりそうでしたか」
「はい。仕掛ける時間もあるので、そろそろ行きますね」
「あっ、そうですね。気を付けて」
「行ってきます」
軽く頭を下げて門をくぐる。
隣のドルイドさんを見ると、少し考えこんでいる。
「大丈夫?」
噂になったら駄目だったのかな?
「あれぐらいの噂だったら問題ない。本当に狩りは行っているしな」
なら、大丈夫かな。
「どこへ行くのですか?」
「罠を仕掛ける場所まで行きましょう。そこは人があまり来ない場所のようなので、ゆっくり話ができます」
「わかりました」
1時間ほど森の奥へ歩き続けると、見つけておいた場所に出る。
そろそろ大丈夫かな?
周りの気配を探るが近くに人はいない。
「ドルイドさん、大丈夫みたい」
「ここですか? あっ、確かにオビツネの好きなキブラカルラの木がありますね」
アシュリさんが周辺を見て、キブラカルラの木を見つけて頷いた。
「アシュリさん、紹介しますね。私の仲間を」
「えっ? 仲間?」
私の言葉にバッグを凝視するアシュリさん。
そういえば、私がテイマーだと言っていなかった。
「私テイマーなので」
「そうだったんですか……えっ?」
すごく驚いた表情のアシュリさん。
バッグに入るぐらいの小さい魔物から、巨大な魔力を感じるため信じられないのだろう。
「皆お待たせ」
バッグを開けてソラとフレムを出す。
ソラたちを出した時、アシュリさんから息をのむ音が聞こえた。
次にシエル。
「えっ? このスライムが!」
すごいな、すぐにシエルが魔力の発生源だとわかったんだ。
最後にソルを出す。
「えっと、そっちからソラ、フレム、シエル、で私が持っているのがソルです」
「…………かなり珍しいスライムばかりですね……えっ、あの魔力の正体がスライム? えっ、本当に?」
かなり困惑している様子のアシュリさん。
シエルを本当の姿に戻して大丈夫かな?
ドルイドさんを見ると、ちょっと苦笑いを浮かべている。
「アシュリ団員、落ち着いてくれ」
「えっと、はい。大丈夫です」
「本当に? そうは見えないけど」
「はい、ちょっと驚いて。スライムがこんなに魔力を持っているなんて思わなかったので」
「スライムがそんなに魔力を持っているわけないだろう」
「そうですよね……えっ? でも」
アシュリさんがシエルをじっと見つめる。
「落ち着け、いいな。混乱して逃げるなよ。シエルはアイビーがテイムしているから安全だから」
ドルイドさんの言葉に、アシュリさんが緊張した面持ちでシエルを見つめる。
「あのですね、シエルはちょっと変化をしてもらっていまして」
「変化?」
「はい、本来の姿に戻ってもらいますね。大丈夫ですか?」
「あっ、そうか。スライムのはずないですよね。よかった~。あれ?戻る?」
本当に大丈夫かな?
「シエル、戻っていいよ」
「にゃうん」
「えっ? 何?」
混乱しているアシュリさんの前で、シエルの体がスライムからぐっと大きくなってアダンダラになる。
「…………」
「にゃうん」
「シエル、ありがとう。……アシュリさん?」
「………………………」
どうしよう、反応がない。
「まぁ、逃げたりしないだけよかったかな。混乱して村に逃げ込まれたら、厄介だからな」
村に逃げ込まれて『アダンダラが出た』と、叫ばれたら大変だもんね。
「それはよかったけど、アシュリさんどうなってるの?」
「あ~、固まってるな。アシュリ団員?」
無反応だな。
大丈夫かなと顔を見ようとすると、ぐらりと後ろに傾くアシュリさん。
「うわっ」
ドルイドさんが倒れこむアシュリさんの腕を掴むが、彼もいっしょにふらついてしまう。
「あぶない!」
シエルがさっとアシュリさんの体の下に入った。
「ふ~焦った。シエル、ありがとうな」
体勢を整えるドルイドさんが、アシュリさんを地面にそっと横たえた。
どうやら気絶していたらしい。
「気絶するとは思わなかったな」
「そうか? 俺の中の候補には含まれていたぞ」
「そうなの?」
アダンダラを見て今まで気絶した人はいなかった。
なので、なんとも言えない気分になる。
「別に怖くないのにね」
「にゃうん」
シエルの頭をなでる。
目を細めて気持ちよさそうな表情はかわいい。
「こんなにかわいいのにね」
グルグルグルグル。
「あっ、変化させる前に何に変化するか言っておけばよかったですね」
そうだよ。
アダンダラに変化するって言っておけば、ここまで驚かなかったかもしれない。
「そう言われればそうだな」
ドルイドさんが失敗したという表情をする。
うん、配慮がたりなかった。
起きたら謝ろう。
「起きるまでに罠を仕掛けちゃいましょうか」
「そうだな」
「シエル、アシュリさんは今無防備な状態だからなるべく近くで守ってあげてね」
「あ~。アイビー、それはちょっと酷じゃないか?」
ドルイドさんになぜか呆れた表情をされた。
なんで?
「あっ、そうか。えっと、ちょっと離れたところで守ってあげてくれる?シエル」
シエルを見て気絶したのに、目が覚めて目の前にいたらまた気絶しちゃうかも。
さすがに可哀そうだ、それは。