335話 覚悟をもって
「アシュリさん、お疲れ様です」
「えっ? あっ、アイビーさん、ドルイドさん。今晩は」
「今晩は、何かあったのか? 随分落ち込んでいたようだけど」
ドルイドさんの質問にちょっと驚いた表情をしたアシュリさんは、視線を彷徨わせて苦笑いを浮かべた。
「ちょっと仕事中に失敗してしまって」
恥ずかしそうに言うと、ため息をつく。
本当に落ち込んでいるみたい、大丈夫なのかな?
「あれか? アイビーのバッグの中身が気になって?」
えっ?
そうなの?
「うっ、すこし?」
視線を泳がせながら、しどろもどろに答えるアシュリさん。
私のバッグの中の巨大な魔力の正体が気になって仕事を失敗したって事?
「それは、すみません」
私が謝ると慌てて首を横に振る。
「アイビーさんのせいではないです。俺がもっとちゃんとしないと駄目なんです」
「その事で話があるんだ」
焦っていたアシュリさんの顔が今度は青くなる。
えっと、何か思いっきり誤解してませんか?
「大丈夫です! 誰にも!」
「違う違う。そうじゃなくて」
「えっ?」
「アシュリ団員の事は信じようと思っている。だから話がしたいんだ」
「信じて…………」
ドルイドさんの言葉に少し顔が赤くなるアシュリさん。
さっきから忙しいな彼の顔色は。
「それで、少し時間を作ってほしいと思っている。いつ頃なら空いてるかな?」
「明後日なら、仕事が休みなのでいつでも大丈夫です」
明後日か。
ドルイドさんが私を見るのでいちど頷く。
「では明後日のお昼過ぎに、門の所で待ち合わせでも問題ないか?」
「門の所? もしかして、森で話をする予定ですか?」
「そのつもりだ」
「あの、個室のあるお店を数店知っています。遮音のアイテムもあるので森に行く必要はないと思うのですが」
私のバッグを見ながら話をするアシュリさん。
確かにバッグに入る大きさなら、お店でもという事になるんだろう。
でも、実際の大きさはバッグに入ることはないし、お店にアダンダラが現れたら大混乱だ。
「すまない、事情があって森の方が都合がいい」
「そうなんですか?」
もう一度バッグを見て首を傾げている。
なるほど、巨大な魔力だけを感じているとこういう反応になるのか。
ちょっと面白いな。
「わかりました。明後日のお昼過ぎに門ですね?」
「あぁ、悪いな。時間を取らせてしまって。話はすぐ済むから、ただ復活に少し時間が掛かるかもしれないから」
「復活?」
「あぁ、その日は覚悟をもってきてほしい」
ドルイドさんを見ると、楽しそうに笑っている。
これはアシュリさんの様子を楽しむつもりだな。
まったく。
「えっと? あの怪我とか……」
ドルイドさんの言葉に不安と緊張を見せるアシュリさん。
「大丈夫です。怪我なんてしませんから」
「……わかりました。では明後日」
私の言葉にとりあえずは納得してくれた。
戸惑ってはいたけど。
「はい。明後日はよろしくお願いいたします」
ドルイドさんの背中をちょっと叩く。
彼は肩をすくめるだけだ。
「もう、ドルイドさん。アシュリさんをからかわない!」
アシュリさんと別れてからドルイドさんに注意する。
「いや、ふざけてないって……まぁ、少し反応が面白かったけれど」
「駄目ですよ」
「悪い、でも結構本気だったんだけどな」
ドルイドさんの言葉に驚く。
からかっていたわけではないの?
「若手の冒険者や新人の自警団員にシエルを見せたことは?」
シエルを見せる?
「ないですね」
今までシエルを知っている人を思い出すが、それなりの人たちばかりだ。
既に冒険者として名前が知られている人や、師匠さんたち。
若い人たちは誰もいないな。
「だったら、アイビーにとっても初めての体験ができるかもな」
初めての体験。
何だろう?
ドルイドさんを見るが、教えてくれる様子はない。
これについては焦る必要がないって事かな?
それとも明後日のアシュリさんを見ろって事かな?
「わかりました、楽しみにしてます」
「そうしてくれ」
う~ん、なんだろう。
気になるな、でも絶対に教えてくれないだろうし。
明後日まで待つしかないか。
宿につくと玄関先でチッカルさんが掃除をしていた。
「おかえりなさい」
「戻りました」
「ドルイドさんたちは今日は夕飯を食べない日でしたよね?」
「えっ? はい、そうです」
チッカルさんにドルイドさんが返事をすると、困った表情をする。
何かあったのかな?
「何かありました?」
「あの、おかずを少し貰っていただけませんか?」
「えっ? おかず?」
「えぇ、今日はちょっと作りすぎてしまって」
「ドルイドさん、貰ってもいい?」
「いいよ」
今日の夕飯で決まっているのはオビツネの塩焼きだけ。
おかずはこれから考える予定だったので、別に貰っても問題ない。
それにこの宿の料理はおいしい。
「いいのですか?」
チッカルさんの安心した表情。
本当に困っていたみたいだ。
それにしても、宿の店主さんを2人知っているけど、どちらもしっかりしているようでどこか抜けている。
偶然なのかな?
それともそういうちょっと抜けてる人のほうが、宿の経営をするのに向いているのかな?
「後で食堂へ取りに行きますので」
「はい、お願いします。明日には風味が飛んでしまうおかずだったので、本当に助かりました」
ドルイドさんと部屋へ戻り、ソラたちをバッグから出す。
ドルイドさんは、ソラたちがばれないようにマジックアイテムを作動させてくれた。
「ありがとう。さて、夕飯づくりでもしようかな」
おかずが貰えることになったので、やることは少ない。
オビツネに塩と胡椒を振る。
生肉の時はそれほど気になる香りはしないな。
やっぱり皆が教えてくれたように焼くと香ってくるのかな?
「手伝うよ。何をやればいい?」
「それが、おかずを貰える事になったから、私もやることがなくて」
スープは朝のうちに作ってあるし、オビツネの肉は焼くだけだし。
「オビツネの塩焼きか、久しぶりだ」
「食べたことあるの?」
そういえば、この村にも仕事で来たことがあると言っていた。
その時に食べたのかな?
「あぁ、この村の安い宿に泊まったんだが、料理が何というか最悪でな。唯一食べられたのがオビツネの塩焼きだったんだ。まぁ、焼き過ぎだったけどな」
料理の残念な宿はちょっと嫌だな。
時間を見ると、そろそろオビツネを焼き始めてもいい時間だ。
「焼くのか? 俺がするよ」
オビツネの肉を網に乗せていると、ドルイドさんが隣に立つ。
「そう? だったらお願い」
ドルイドさんに肉を渡す。
ドルイドさんが焼いてくれるなら、もう1品ぐらい作ろうかな。
野菜の煮物でいいか。