332話 にゃ~~ん
美味しい。
しっかり時間をかけて煮込まれているようで、口の中に入れたらほろほろと肉の繊維が解けていく。
なのにふんわりとした食感もあって、今まで食べた肉料理の中で1番かもしれない。
スープも野菜のうまみがギュッと詰まっていて濃厚だから、白パンにつけて食べると最高に美味しい。
「美味しいかな?」
「はい、とっても!」
アラシュさんの質問に、満面の笑みで答える。
「それはよかった」
「ご馳走さまでした。美味しかったね、ドルイドさん」
「あぁ、お薦めと言うだけはあるな」
全員の食事が終わると、タブーロ団長さんが遮音アイテムをもう一度机に置きボタンを押す。
「アイビーさんの事ですが、信じてほしいと言うのは身勝手だとは思うのですが、ここにいる者以外には決して話すことはありません」
タブーロ団長さんが嘘を言っているようには見えない。
これは信じていいのかな?
隣にいるドルイドさんを見ると、じっとタブーロ団長さんを見ている。
「わかりました。信じます」
暫くするとドルイドさんが口を開く。
それに、タブーロ団長さんとリッシュギルマスさんが頭を下げた。
よかった、話がついたみたいだ。
「では、俺たちはそろそろ行きます」
「えっ、もうですか?」
ドルイドさんの言葉にアラシュさんが残念そうな表情をする。
「えぇ、用事がありますので」
「そうでしたか。それだったら、しょうがないですよね。また話をしたいのですが、声を掛けてもいいですか?」
特に問題はない。
「いいよね?」
ドルイドさんに訊くと頷いてくれたので、アラシュさんに『大丈夫です』と伝える。
私の答えを聞くと、ものすごく感謝されてしまった。
会うだけなのに、こういう反応をされるとちょっと困惑するな。
「では、行きます。今日はご馳走さまでした」
ドルイドさんと一緒に席を立つ。
「ご馳走さまでした」
お礼を言って、急いでお店を出る。
「大丈夫かな? シエル、怒ってるかな?」
「会ったら、すぐに謝ろうな」
「うん」
アシュリさんをあの場所から離れさせるため、またギルマスさんや団長さんが何を考えているのか知るために、ドルイドさんは誘いに乗る事に決めた。
私もそれに賛成したのだが、1つだけ問題があった。
シエルに何も言わずに、村へ戻ってしまったことだ。
シエルが食事に行ってから3時間ぐらい。
もう帰ってきているはず。
「リッシュギルマスさんとタブーロ団長さんは、どうでした?」
確かに私の事をアシュリさんに話してしまったけれど、それ以外は問題ないような気がする。
甘いと言われてしまうとそれまでだけど。
「ん~、大丈夫かな。ソラの反応は?」
「大丈夫だって」
リッシュギルマスさんにもタブーロ団長さんにも、ソラは反応しなかった。
アラシュさんにもだ。
なので3人とも大丈夫。
「もしかすると、アイビーを守るためにアシュリさんに話をしたのかもしれない」
「えっ? どういうこと?」
私のため?
「魔力察知を持っている彼は、大きな魔力を持った何かの事を気にしている。それをリッシュギルマスたちは知った。だからアイビーが何者なのかを分からせておいたんだと思う。アイビーが自分の子供の命の恩人だと分かっていれば、対応も変わってくるからな」
なるほど。
そういえば、ドルイドさんと私の事をタブーロ団長さんに相談するって言っていた。
タブーロ団長さんたちは相談を受けて、私のためにアシュリさんに話したって事?
「それに、自分たちが不利になる情報も渡してきたしな」
「不利になる情報?」
「極秘事項」
「あっ、そうだ。あれって、私たちが聞いたら駄目な情報だよね?」
貴族が関係しているのだし。
「あ~、あれわざとだから。話をしているときに、俺に視線を向けてきたから気が付いた。彼らが、俺たちに不利なことをしたら、その情報を利用していいということだと思う」
貴族の情報をわざと漏らすことは、重罪だったはず。
多分信じてくれという意味なんだろうけど、重すぎる。
「……そうなんですか? でも、なんでそこまで?」
「この村は祭りで栄えていると言っていい。その祭りを終わらせなければならない状況から救ってくれた存在は、まさしく村の救世主だろうな」
救世主。
「どうした? 暗い表情して」
「いえ……こういう村は他にもあるのかな? 私としてはあの犯罪組織の事はもう忘れたいなと思って」
知らない人たちに感謝されるのは、うれしいけど重すぎる。
「あ~、あれに載ってしまったからな。でも、この村を越すと少しは落ち着くだろう。あとは王都の王族と貴族ぐらいじゃないか? アイビーに会いたいと思うのは」
そうか、落ち着くのか。
……ん?
「王都の王族と貴族? って何ですかそれ!」
「セイゼルクさんに訊いたんだ。アイビーの事を気にかけている人がいるかどうか」
いつの間に訊いたんだろう?
そういえば、結構頻繁にふぁっくすでやり取りしていたな。
「はい、それで?」
「王都の王族と貴族は、かなり恩を感じているようだよ。なんでも今の王様に近い人に、組織の手が伸びていたらしいから」
その話は知っているような気がするな。
「はぁ」
「まぁ、そんな構える必要はないだろう。気軽に考えて」
王族が会いたがっているのを気軽に?
ジト目でドルイドさんを見る。
軽く笑って、頭を撫でられた。
「まっ、『なるようになる』だ。それと、この村から王都周辺の町や村までは静かに過ごせると思う」
「本当! でも、どうして?」
「この村の祭りで貴族と関係をもって、それを足がかりにして王都の貴族に手を伸ばしたからな。そのおかげで、この先の村や町では被害が少ない」
なるほど。
被害が大きくなかったら恩も感じないよね。
「よかった。少しは気が楽になったかな」
王族の事は今は忘れておこう。
今考えたってどうにもならないのだから。
門を抜けて森の奥に突き進む。
いつもよりかなり早歩きだ。
あっ!
シエルの気配が、すごい勢いで近づいてくる。
「シエルが私たちに気付いたみたい。すごい速さでこっちに向かってる」
「そうか」
シエルの気配がする方向へ歩き出す。
「にゃ~~~ん」
バサバサバサ。
木の上からシエルが目の前に着地すると、すぐに私に向かって突進して来た。
「うわっ、シエル、ごめん、ちょっと訳があって~! 話聞いて~」
シエルがどんと、体当たりしてくる。
その衝撃で、私の体が後ろに吹き飛びそうになる。
が、さっとドルイドさんが背中を支えてくれたおかげで難を逃れることができた。
「にゃ~~~ん」
「ごめんね。ちょっと問題が起きて様子を見るために村に戻っていたの。黙って居なくなって本当にごめん」
「にゃ~~~ん」
シエルの頭を何度も何度も撫でる。
少し続けていると、ようやく落ち着いたのかシエルが大きく息を吐いた。
「シエル、何があったのか説明するね」
ドルイドさんと私で、アシュリさんの事やリッシュギルマスさんたちの事を話す。
じっとそれを聴いていたシエルは、ぐるぐるとのどを鳴らしてくれた。
「置いていった事、許してくれる?」
「にゃうん」
よかった、許してくれた。
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