331話 食事処の個室
アシュリさんに案内された食事処の2階の個室。
入ると、笑顔のリッシュギルマスさんが出迎えてくれた。
「悪かったね~、アシュリ。ありがとう」
なぜか、礼を言いながらアシュリさんの肩を思いっきり叩く。
「ちょっとギルマス、いつも言ってますが、痛いですって!」
「軟弱だね~」
リッシュギルマスさんの隣には、自警団の服を着た細身の男性。
そしてアシュリさんに良く似た男性の姿もある。
きっとこの方がアシュリさんのお父さんだろうな。
「いや、ギルマスのその力はかなりのモノだからね。今みたいに若い冒険者を叩いて、泣かれた事が何度もあるだろう? いい加減自分の力をしっかり把握して、ちゃんと管理してくれないと。周りに迷惑が掛かるからね」
リッシュギルマスさんの補佐でアシュリさんのお父さんと思われる男性が、ギルマスさんの行動に意見を言っている。
というか、凄いな。
淀みなく出る言葉にちょっと感動してしまう。
「冒険者なんだ、これぐらいで弱音を吐くんじゃないよ」
「俺は自警団員です」
「本気で握ったら岩にヒビを入れるぐらいの力を、これぐらいと言うのはどうだろうか? 俺は間違っていると思うぞ。下手すれば、期待の新人冒険者たちの道を閉ざすことになるだろう? それを考えるとやはりリッシュは力加減を覚えるべきだね。そう思うだろう?」
「えっ?」
話を振られたドルイドさんが困惑した表情をする。
確かに、まさかこちらに訊くとは思わなかった。
それに握って岩にヒビ?
それは本当なのかな?
ちょっと見てみたいかもしれない。
「リッシュ、アラシュ。ドルイドさんが困っているだろう。止めろ」
団長さんと思われる男性が2人を止めると、あからさまにドルイドさんの表情がホッとした。
「悪かった。座ってくれ。アシュリも一緒にどうだ?」
「いいんですか?」
「ドルイドさん、アイビーさんは、かまいませんか?」
団長さんが私たちを見る。
「いいですよ。アイビーもいいか?」
「うん」
「ありがとう」
空いている椅子に座ると、店の人が注文を訊きに来た。
「この店のお薦めで良いかな? 何か食べたいものがあればそちらでもいいけど」
と、団長さんに訊かれてもこのお店を知らないからな。
「お薦めはなんですか?」
ドルイドさんが普通に対応しているのを見て感心してしまう。
稼いでいた冒険者だけあって、こういう食事処も慣れているようだ。
私は、飲み屋と屋台以外のお店は初めてだし、食事処に個室があるのも今日初めて知った。
その為、この店に入ってからずっとドキドキしっぱなしだ。
気持ちを落ち着けるために部屋を見渡す。
あっ、綺麗な絵が飾ってある。
あっちはなんだか趣のある壺が置いてあるな。
絶対高い品物だよね。
この店を出るまで気を抜かないようにしよう。
「この店の名物は肉の煮込み料理だな。柔らかくて美味いんだ」
リッシュギルマスさんの表情に、少し料理に興味が湧く。
こんなお店の料理なんて、これから食べる事は無いかもしれない。
だったら楽しみたい。
「アイビーもリッシュギルマスが言った料理でいいか?」
「うん」
緊張で味がわからないとかもったいない。
よしっ!
今から気持ちを落ち着けておこう。
せっかく連れてきてもらったんだから、楽しむ。
「お薦めグルルのスープを人数分、お願いします」
グルル?
肉の種類かな?
「分かりました。しばらくお待ちください」
店の人が部屋から出て行くと、団長さんがマジックバッグの中からアイテムを取り出す。
「音を外に出さないためのアイテムです。使用して良いですか?」
「はい、お願いします」
見たことがある形だと思ったら、遮音アイテムだった。
よく利用するアイテムだから、見たことがあって当たり前だね。
団長さんが、机の上に遮音アイテムを置くとボタンを押して作動させる。
「今日はわざわざ、来ていただいてありがとうございます。まずは自己紹介からさせてもらいます。俺はハタヒ村自警団を纏める団長をしているタブーロと言います。お会い出来て光栄です」
団長さんはタブーロさんと言うらしい。
それに少し首を傾げる。
ハタウ村のタブロー団長さん、そしてもう1人タブロという名前の人を知っている。
皆、似た名前なのはどうしてだろう?
後でドルイドさんにでも訊いてみようかな。
「昨日も言ったが、ギルドマスターをしているリッシュだ。昨日は捨て場の事で気付かなかったが、やはりアイビーさんは英雄の1人で間違いないんだね。いや~、こんな可愛い子だったなんて。昨日は気付いた後もちょっと信じられなかったよ」
英雄……否定したい。
「ドルイドさん、アイビーさん。息子と孫の命を助けてくださってありがとうございます。アシュリの父のアラシュでギルマスの補佐をしています。ドルイドさんのお蔭で、私は大切な息子を失わずに済みました。それなのに、今までちゃんとお礼もせず申し訳ありません」
アラシュさんがドルイドさんに向かって頭を下げる。
すごく律儀な人だな。
「気にしないで下さい。あの時は村が大混乱でしたから仕方ありませんよ。俺も仕事のため、落ち着く前に村を出ましたしね」
「そう言っていただけるとありがたいです。去年はアイビーさんに孫まで助けて頂いて。俺は自分の仕事に誇りを持っています。でも、俺のせいで孫が誘拐されそうだったと聞いて寒気がしました。もし実行されて孫が消えていたら、俺は自分自身が許せなかったでしょう。本当に本当にありがとうございます」
私に向かって、先ほどより深く頭を下げるアラシュさん。
「お礼は受け取りましたから頭をあげてください。未然に防ぐことができてよかったです。本当に」
私の言葉に嬉しそうに微笑むアラシュさん。
「俺もアイビーさんのお蔭で敵を知ることが出来た。関わった奴ら全員を奴隷落ちさせる事も。ありがとう、少しだが娘のために何か出来た気がするんだ。それに村にとっても、あの犯罪組織は害だった」
タブーロ団長さんは、あの犯罪組織に娘さんを誘拐されている。
しかもいまだに娘さんは、行方不明だと聞いた。
「少しでも役に立てたのなら、嬉しいです」
「少しじゃない」
私の言葉にリッシュギルマスさんが首を横に振る。
タブーロ団長さんが1度ゆっくり頷き、私を見つめる。
「この村にとってアイビーさんたちがしてくれた事は、とても大きいんです。この村の祭りには王都から人がかなり集まって来ます。最近では貴族が参加することも増えました。犯罪組織はそれを狙った。捕まえた者たちから聞いたのですが、ここで弱みを握った貴族の力を借りて、王都で自分たちを優遇させていたみたいです」
タブーロ団長さんは話をしながら顔をしかめる。
大切な祭りを汚されたのだから、不快なのは当たり前だ。
「不穏な動きは把握していた。にも拘らず、調べても誰が動いているのか分からない。まさか仲間だと思っていた奴らが敵だったなんてな。アイビーさんたちのお陰で祭りを終わらせずに済んだ。本当にありがとう。それと、許可も得ずにアシュリにアイビーさんの事を話して申し訳ない」
リッシュギルマスさんが頭を下げると、タブーロ団長さんとアラシュさんも頭を下げた。
「頭を上げてください! 謝罪は受け取りましたから!」
焦った私の声に、3人は顔を上げてくれた。
よかった。
この村のトップの人たちに頭を下げさせるとか駄目でしょう。
「祭りに貴族が参加してるのか?」
アシュリさんが驚いた表情をしている。
えっ、知らなかったの?
「そうだ。だがこの情報は極秘事項だ。犯罪組織が貴族に手を伸ばしていたことも極秘だから。アシュリは誰にも言わないように」
……あれ?
また極秘事項?
コンコン。
「失礼します」
タブーロ団長さんが遮音アイテムのボタンを押し停止させると、アイテムを机の下に隠した。
「何か?」
「料理をお持ちしました」
「あぁ、どうぞ」
扉が開くと、ふわっと優しい香りが部屋に広がる。
そのおかげで、部屋全体を包んでいた少し異様な空気が消えた。
「良い香り。この香りが忘れられなくてね」
「いつもありがとうございます」
お店の人が料理をそれぞれの前に並べて行く。
部屋に広がる香りに、お腹が鳴る。
「ごゆっくりどうぞ」
店の人がいなくなるとすぐに、
「冷めないうちに、食べましょう」
と、タブーロ団長さんが、嬉しそうにスープを口に運ぶ。
アラシュさんたちは、すでに食べ始めていた。
その勢いに驚くが、ドルイドさんに促されて食事を始める。
「いただきます」