326話 ここでも
「ちょっと、ちょっと待っててください!」
冒険者ギルドで森の中で見た捨て場の報告と、そこで遭遇した魔力により凶暴化した魔物の報告をした。
話を聞いていたギルド職員の表情がどんどん青くなり、報告が終わると慌ててどこかに走って行ってしまう。
冒険者ギルドに来る前に、報告をすると大事になる可能性があるとドルイドさんから聞いていたから驚かないが、ギルド職員の顔色の変化にはさすがに驚いた。
「人って、あんな勢いで真っ青になるんですね」
「すごかったな。でも仕方ないかもな。凶暴化した魔物が原因で、村が滅んだ事があるから」
うん、凶暴化した魔物はものすごく怖かった。
シエルが強いと分かっていても、魔物が現れる度に怪我をしないか心配だった。
「すみません。ギルマスが詳しく話を聞きたいと言っているので、一緒に来ていただけますか?」
本当に大事になってしまったなと、ドルイドさんと苦笑を浮かべる。
周りにいる冒険者たちからも、注目を集めてしまっている。
「はい、分かりました」
ギルド職員の後に付いて冒険者ギルドの2階に上がる。
「失礼します」
おそらくギルマスさんの執務室だろう扉を開けると、体格のしっかりした女性がいた。
「あぁ、ご苦労。あんたらか? 悪いね、わざわざ来てもらって」
ハタヒ村のギルマスさんは、もしかして女性なのかな?
部屋の中には目の前の女性しかいない。
じっと女性を見ていると、視線が合う。
「初めまして、ハタヒ村のギルドマスターをしているリッシュだ。よろしくな」
リッシュギルマスさん。
なんだか話し方はさばさばしていてかっこいい。
背丈はドルイドさんより少し低いぐらい。
体は筋肉質で、女性にしてはかなりがっしりしている。
「初めまして、ドルイドです」
「アイビーです、よろしくお願いします」
「親子かい?」
リッシュギルマスさんが不思議そうに私たちを見比べる。
おそらく顔が似ていないので不思議に思ったのだろう。
「いえ、違います。ですが娘のように大事な存在です」
ドルイドさんの言葉に、顔がにやけそうになる。
一生懸命、表情が崩れないように頑張ってリッシュギルマスさんに小さく頭を下げた。
「そうかい。それで早速で悪いが凶暴化した魔物の事をもう少し詳しく話してもらえないかい?」
「はい、分かりました」
ドルイドさんが地図を指しながら、捨て場と魔物が出た場所について話し出す。
数日かけて地図を見ながら説明が出来るように、場所の確認を行ったのできっと間違いないはず。
途中でシエルも参加していたので、大丈夫だろう。
ただ、シエルは地図が読めないので気休め程度だったけど。
部屋を見回すと、本が沢山積まれた本棚が見えた。
少し気になってみてみると、魔物の本が沢山ある。
スライムに関する本とかあるかな?
後で聞いてみよう。
「なるほど、この岩山で間違いなさそうだな」
「えぇ、間違いないです」
「はぁ、まったく。何度も注意をしているのに、馬鹿な冒険者どもが」
リッシュギルマスさんが大きなため息をつく。
「数が分からないから、討伐隊を組んで対応するしかないね。どうだい、参加しないか?」
「いや、止めておきます」
リッシュギルマスさんの誘いに、ドルイドさんが首を横に振る。
「残念だな」
「申し訳ない。では、俺たちはこれで失礼しますね」
「あぁ、気が変わったら参加してくれ。そうだ、情報料を振り込みたいので口座カードだけちょっと貸してもらえるか?」
ドルイドさんが家族口座のカードをリッシュギルマスさんに渡す。
マジックアイテムに翳してから、ドルイドさんの元に戻ってくる。
「あの」
「ん? なんだい?」
「本棚にある本の中に、スライムについて詳しく書かれた物はありますか?」
「スライムかい?」
「はい」
私が頷くと、リッシュギルマスさんは本棚へ向かい1冊の本を持って来てくれた。
「スライムについてはこの本が一番いいね」
見ると、私が購入した本と一緒だった。
「あっ、この本は持っています」
「そうなのかい? 良い本を持っているね。これ以外のスライムについての本は中途半端だから読んでも役に立たないよ」
そうなんだ。
残念。
「スライムって事は、もしかしてアイビーさんはテイマーかい?」
「はい」
スキルについては隠すと余計な詮索をされる事がある為、聞かれたらテイマーと答える事にしていた。
ソラたちの事で詮索されないかと不安に思ったが、テイムしている魔物を見せろなど、馬鹿な事を言う者は無視をしていいらしい。
あまりにしつこいと訴える事も出来ると、ドルイドさんが言っていた。
「そうか。旅はまだ続けるのかい?」
「はい」
ドルイドさんが隣で頷くのが分かった。
「ん~、スライム持ちのテイマーなら滞在をお願いしたいんだけどね」
「すみません」
「ははは、謝ることじゃないよ。まぁ、気が向いたら定住してほしいね。いい条件付けるよ」
リッシュギルマスさんは私の目をしっかり見て、微笑む。
なんだかその目を見ていると、ぐっと引き付けられる強さを感じる。
なんとか視線を逸らしてもう一度断ると、『残念だ』と言われてしまった。
冒険者ギルドから出ると、今度は商業ギルドへ行く。
森で見つけた果物や木の実、魔石などを売る事になっている。
「魔石は全部を売っても、問題ないですよね?」
途中の洞窟で見つけた魔石。
ドルイドさんの見立てでは、7か8ぐらいの通常出回っているレベルの魔石だそうだ。
「あぁ、それぐらいなら全部売っても問題ないだろう」
採掘してきた魔石の数は38個。
レベルが高くない魔石は、このぐらいの数を一気に売っても問題ないらしい。
あとはダイヤモンドだけど、これは2個ずつ売っていく事で話がついている。
問題は森の中で採ってきた果物だろう。
といっても、ほとんど食べてしまったので残りは3個。
果物だし、残りは3個だし、たぶん問題なし。
商業ギルドに入ると、すぐにカウンターへ向かう。
カウンターには女性が2人と男性が1人。
その中の、ちょっと年配の女性がいる場所へドルイドさんは向かった。
「いらっしゃいませ」
「魔石と木の実、あとは果物を売りたいのだが」
「はい、ギルドカードの提示をお願いします」
ドルイドさんが商業ギルドのカードを出すと、マジックアイテムに翳す。
「問題ないですね。商品を板の上にどうぞ」
女性がカウンターの上に白い長方形の板を乗せる。
これもマジックアイテムなのだろうか?
今までの商業ギルドと違うモノが出てきたので、ちょっと楽しみ。
ドルイドさんがマジックバッグから、売る予定の物を取り出していく。
「魔石は問題ないですね。木の実は、薬屋が喜びますね。あとはあら~、珍しい物を」
長方形の板に商品を乗せる度に、すぐに女性から反応がある。
どうやらそのアイテムは、商品の種類や価値を即座に判断してくれるみたいだ。
「これは、珍しいですね。数年に1度しか実を付けないリッパですね」
リッパ?
それに、数年に1度しか実をつけない?
あ~、20個も食べちゃったな。
「名前は知らないのです。森でたまたま見つけて」
「そうなんですか? まぁ、この村の周辺にしかありませんからね」
この村の周辺なんだ。
だったら知らなくても仕方ないな。
「王都の貴族から、見つけたら全て買い取ってくれと毎年依頼がくるんですよ」
王都の貴族から?
食べた事は内緒にしておこう。
ドルイドさんを見ると、同じことを思っている様子。
視線が合うと同時に頷き合う。
「3個も持って来て頂けて助かります」
すみません、3個しか残ってなくて。
「いえ。あとはこれです」
最後にダイヤモンドを出すと、果物以上に驚いた表情。
そして、「お~」と小さく声を出した。
「こんな貴重な物をありがとうございます。買取価格ですが、こちらになります」
女性は口頭ではなく、紙に買取価格と内訳を書いてさっと見せてくれる。
ドルイドさんが頷くと、さっと紙が細かく破られて捨てられる。
それを驚いて見ていると、女性が笑った。
「馬鹿な事を考えさせない為ですよ。お金の方はどうしましょうか?」
馬鹿な事?
「この口座にお願いします」
ドルイドさんが家族口座のカードを出す。
女性が受け取って何か作業をする。
「はい、振り込みましたのでご確認くださいね。本日は本当に有難う御座います」
すごい。
今までで一番早く取引が完了した。
お礼を言って、商業ギルドから外へ出る。
「あっという間に終わったね」
「あぁ、彼女を選んで正解だったな」
「あの、馬鹿な事ってなんですか?」
「あれは買取額を聞いて、ふらっと犯罪に走らせないためだろうな」
犯罪に走らせない?
「この時期は金欠の冒険者が多いから、金に目がくらんで襲うとか。まぁ、色々あるな」
なるほどね。
春は暖かくなるから良い印象があるのだけど、気を付けないと駄目な季節でもあるのか。
明けましておめでとうございます。
2020年、今年もよろしくお願いいたします。