311話 旅立ち
「お世話になりました」
「こちらこそ、またこの村に必ず、絶対に間違いなく帰ってきてくださいね」
プリアギルマスさんの両手で両手をぐっと握られて懇願される。
少し腰が引けぎみなのは仕方ない。
というか、最近はいつもこんな感じだ。
「えっと、はい」
次に会った時はもう少し落ち着いているかな?
落ち着いているよね、きっと。
「『ふぁっくす』はいつでもいいから」
そんな期待した目でいつでもいいって言われても、どうしたらいいのだろう?
ちらりと周りを見るとローズさんと目が合った。
そして大きなため息をつくと、こちらに来てくれる。
「いい加減落ち着け、この馬鹿者が」
傍に来たローズさんが、プリアギルマスさんの手をさっと掴んで私の手から離してくれる。
助かった。
何だろう、ローズさんがかっこよく見える。
「あっ、最後の挨拶をしていたのに」
「挨拶っていうのはさらっとやって、相手を不快にさせないことが基本だよ」
うん、ローズさんはかっこいいです。
「さらっとやった。思った事を言ったら重いってタブローに言われたからほとんど言ってない」
ファンって怖い。
あっ、ローズさんが疑わしい目をしている。
というか、タブロー団長さんはいったい何を聞いたんだろう、謝った方がいいのかな?
そう言えば、今日は会った瞬間に『プリアがごめんな』と言っていた。
これのことだったのかな?
「どうかしたんですか?」
ドルイドさんが、見送りに来てくれた人への挨拶が終わったのか隣に立った。
そして、プリアギルマスさんを見て苦笑いをし、私の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「行こうか」
「うん。皆さん、お世話になりました」
門番さんに挨拶をして借りていたプレートを返す。
それにしても集まってくれた人を見る。
冒険者ギルドのギルマスさんに自警団の団長さんに副団長さん。
アイテム屋で有名なご夫婦。
そしてなぜか門番さんを纏める隊長さんまでいる。
正直、ものすごく目立っている。
こうならないために、数日かけて挨拶回りをしたはずなんだけど無駄だったようだ。
おかしいな。
「行ってらっしゃい。また、会いましょう」
ハタウ村に来た時に対応してくれた女性の団員さんが笑顔で送り出してくれた。
それにドルイドさんと笑う。
「行ってきます。また来ます」
「行ってきます」
手を振ってハタウ村を後にする。
ハタウ村の人たちにとってはいろいろ事件はあったが、私が巻き込まれるような事件は無かった。
いや、商業ギルドの元ギルマスに巻き込まれそうになったから、あったと言うべきか?
まぁ、それほど被害はなかったので気にする事もないか。
「ハタウ村って楽しい所でしたね」
「確かにな」
「そろそろ、皆を出しても良いでしょうか?」
随分森の奥に入って来た。
人の気配もしないので、ソラたちをバッグから出しても問題ないだろう。
周りの気配を探りながら、目でも確認してからバッグを開ける。
ローズさんのように気配を消せる人がいると言う事が分かったのは良かった。
対策は出来ていないが、知らないより良い。
「今日からハタタ村に向かうね。あっ、でもハタタ村と次のハタダ村はすぐに移動するから。目標はハタヒ村だからね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
「ぺふっ」
個性的な鳴き声が揃っているよね。
シエルのにゃうんが一番まともに聞こえる。
いや、スライムとしてはダメか。
ゆっくり村道を外れて森の奥へ足を進める。
自然と先頭はシエルだ。
「そうだ、ちょっと疑問があるのですが」
「どうした?」
「サーペントさんって、あの巨大な1匹なんでしょうか?」
あの大きさを1匹と言っていいのかな?
1頭と言うべきか?
でも、どんなに大きくても元はヘビ。
やはり1匹でいいのかな?
「悪い。どういう意味だ?」
「子供たちがいっぱいいたじゃないですか?」
巨大なサーペントさんからは、まったく想像がつかない子供たちの姿。
黒の球体を見てもそれがサーペントさんになるとは、今でも信じられない。
「あぁ」
「あの子たちが全て大きくなれるとは思いませんが、1匹だけというのはおかしいと思って」
魔物の世界は、アダンダラの事を考えてもかなり厳しい。
なのであの黒の球体たちもおそらく狩られる立場でもあるのだろう。
でも、全部が全部狩られるとは考えられない。
「確かに、1匹というのはおかしいか。ところでアイビー、どこへ向かっているんだ?」
「最初の目的地、ハタタ村だよね? シエル?」
「にゃうん」
「だって」
「そうか」
村から出て数時間。
けっこう森の奥へと入って来たようだ。
木々が生い茂っていて鬱蒼としている場所にいる。
遠くに魔物の気配がするが、シエルの気配を感じているからだろうこちらに来る様子はない。
「あれ?」
休憩のため、倒れた木に座って水を飲んでいるとこちらに向かっている気配があることに気が付いた。
「どうした?」
「こちらに何か来ているみたい」
「森の奥だから魔物だな?」
「うん、気配は魔物で間違いないと思う。シエル、こっちに向かって来ている魔物がいるよね?」
「にゃうん」
私が気付いているからシエルはもちろん知っているよね。
でも、慌てた様子はない。
「あの気配は放置しても大丈夫?」
「にゃうん」
「ぷっぷぷ~、ぷっぷぷ~」
シエルの大丈夫にホッとしたが、ソラがいきなり大きな声で鳴いてピョンピョン飛び跳ねだした。
「ソラ? どうしたんだ?」
ドルイドさんも少し驚いている。
ソラはなんだか興奮……あっ、喜んでいるみたい。
もしかして、こちらに近づいて来る気配に関係しているのかな?
森の奥だから魔物だよね。
シエルが大丈夫と判断してソラが喜んでいる……?
「もしかしてサーペントさん?」
「ぷっぷぷ~」
「サーペントか」
なるほど。
それにしても、ここで会えてよかった。
お礼を言いたくて探していたけど、見つけられなかったのだ。
こんな森の奥に来ていたのなら、村の周辺だけを捜しても見つからないわけだ。
「よかったね、皆」
シエルにソラだけでなくシエルの上に乗って移動していたフレムとソルもちょっとそわそわしている。
それにしても、動きが速いな。
近付く速度はシエルにも負けないほど速い。
あの巨体がどう動けばあの速さになるのか、不思議だ。
「あれ?」
「どうした?」
「いえ、サーペントさんが他にもいるみたいです」
鬱蒼とした森なので姿はまだ見えないが、木々が遠くからでも揺れている事は微かに分かる。
近付く気配を探っていて気が付いた。サーペントさんと思われる気配が3つある。
「他?」
「うん。サーペントさんの気配の他に、似た気配が2つあるみたい」
近くに来ないと気付けないほど良く似ている。
がさがさがさ。
近くで木々が揺れると、木々の間からサーペントさんの顔が確認できた。
「さっきの答えだな」
ドルイドさんが笑って言う。
確かに先ほどドルイドさんに聞いた答えが出た。
サーペントさんは1匹ではないようだ。
「久しぶりだね」
「今日は家族連れなのか?」
私とドルイドさんの言葉に、嬉しそうに頷くと私に向かって突進してくる。
それにちょっと身構えるが、あと数センチという距離で止まると嬉しそうに鼻先を私のお腹にすり寄せる。
その様子を一緒に来た他のサーペントさんたちが不思議そうに見ている。
「初めまして。アイビーと言います。よろしくね」
私が2匹に挨拶すると、じっと見つめてきた。
それに笑って手を振る。
しばらく見つめてくるだけだったが、そっと近づいてきて私の様子を窺いながら匂いを嗅いできた。
ヘビって嗅覚あるの?
魔物だからかな?
「こんなに大きな体なのに、びくびくしながら匂いを嗅ぐとか可愛すぎる」
「アイビーの感覚には、いつまでたっても慣れないな。というか、初対面でそこまで受け容れるのはどうなんだ?」
ドルイドさんが何か言っているけど、小さすぎて聞き取れないな。
チラリと彼を見ると、ちょっと呆れた表情をしている。
何か呆れるような事、あったかな?