番外 親子
-タブロー視点-
「お疲れ」
大通りを歩いていたプリアを見つけて声をかける。
「あぁ、お疲れ」
「疲れてるな?」
「若い連中がちょこちょこ暴走してくれるからな。そっちは?」
「見習いたちを、ピスが鍛えだした」
俺の言葉に、嫌な顔をするプリア。
まぁ、ピスが本気で鍛えると見習いの半分がいなくなるからな。
逃げ出したくなる気持ちも分かるが、もう少し頑張って欲しいものだ。
あれぐらいで……いや、あれは逃げ出すレベルか。
もう少し抑えるように言っておいた方がいいかもしれないな。
見習いが全員いなくなってしまっては困る。
「そういやアイビーさんと、ドルイドさんが旅に行く準備を始めたな」
「あぁ、魔石の代金は払っておいたよ」
「問題なく?」
プリアの質問に笑ってしまう。
「あぁ、問題なく終了した。しかもあの2人、提供した魔石の数を把握してなかったぞ」
俺の言葉に驚いたのか、隣にいる俺を凝視するプリア。
コイツに見つめられると気持ち悪いな。
「気持ち悪い、見るな」
「あぁ、何だそれ。って、違うだろ。把握していなかったって本当か?」
「あぁ、今日代金を渡すため自警団に来てもらって書類を見せたら2人とも驚いていた。こんなに提供していたのかって」
プリアが唖然としている。
それも当然だろう。
あんなレベルの高い魔石を渡しておいて、渡した数を知らないなんて言うのだから。
俺もあの2人の反応に、ちょっと戸惑ってしまったからな。
あの2人以外だったら、数は絶対に把握しているだろう。
もしかしたら、上乗せして言う可能性だって捨てきれない。
そもそも、あんなレベルの高い魔石を提供する人物なんていないか。
あの2人以外に。
「アイビーさんもドルイドさんも、大丈夫か?」
2人を見ていると、誰かに騙されないかと心配になるよな。
俺も考えたから、分かる。
「渡した相手が俺だったから心配していなかったそうだ」
「うわっ、何だよそれ。羨ましい」
「ハハハ、良いだろう」
悔しそうに顔が歪むプリア。
コイツはアイビーさんのファンだからな。
本気で悔しいんだろうな。
というか、俺もアイビーさんのファンだから、言われた時は嬉しさのあまり叫びそうになった。
なんとか醜態をさらすまいと我慢したけど。
「いなくなるのか。寂しくなるな」
プリアがため息をつく。
「なるな」
「この冬は色々あったよな」
「あぁ」
秋から冬にかけてを思い出すと、恥ずかしい事ばかりだよな。
様々な問題が一気に押し寄せてきて、気持ちが追いつかなくて。
自分の不甲斐なさが悔しくて、でも前へ進まないと駄目な立場だから立ち止まれなくて。
スノーの花の情報が集まってきた時は、この村は終わりだと思った。
洞窟はふさがって魔石は取れないし、冬を越えるための魔石の在庫も足りない。
考えれば、考えるだけ身動きが取れなくなって。
俺が団長になったからこの村は潰れるんだと、馬鹿な事を考えもしたよな。
その考えに、視野が狭くなって周りが見られなくなって。
アイビーさんやドルイドさんに、八つ当たりもした。
なのに、魔石を提供してくれた。
「不思議な人たちだよな」
「あっ?」
「俺の印象は最悪だったと思うんだ。睨んだり八つ当たりしたり」
「俺も似たようなもんだな」
アイビーさんとドルイドさんにしてしまった行動を思い出して、頭が痛くなる。
あれはない。
「なのに、魔石を提供してくれた。あのレベルの高い魔石を見た時、最初は恐怖だったよ。何を要求されるのかと」
「俺も話を聞いた時は、絶対に裏があると思ったな」
本当に無駄な心配だった。
ちゃんと2人を見ていれば、あの不安がどれだけ馬鹿げた事か分かりそうなのに。
それでも、俺の立場では色々な事を考えないと駄目だったから仕方ないのかもしれないが。
「あの2人に出会えた事に感謝だな」
「あぁ、出会えてなかったら俺たちは潰れてただろうな」
プリアの言葉に頷く。
本当に2人には、感謝だな。
「なぁ、久々に飲みに行かないか?」
「いいな」
プリアの提案で、久々に飲みに行く。
まだ冬は終わっていないが、雪が大量に降ることはなくなった。
それだけで仕事がぐっと減るからうれしい限りだ。
「いつもの店でいいか?」
村で1、2を争う飲み屋。
美味くて安いが評判なんだよな。
店は大通りに面しているため、すぐに着く。
「いらっしゃい」
店に入ると声が掛かる。
周りを見ると繁盛しているようで、人が多い。
「えっ! あれってドルイドさん?」
プリアの声に、視線を向ける。
確かにドルイドさんが1人で飲んでいる。
周りを確かめるがアイビーさんはいないようだ。
「挨拶をしに行っても問題ないよな?」
プリアが本気で悩みだした。
確かに1人で飲みたいから来ている場合、俺たちは迷惑だ。
店の出入り口で立ち止まっていると、ドルイドさんと目が合ってしまう。
すると笑って手をあげるドルイドさん。
それにホッとして手をあげようとすると、プリアがドルイドさんに凄い勢いで近づく。
それにちょっと驚いた様子だったが、笑顔でプリアに対応している。
しかも隣の席を勧めている。
今日は、良い酒が飲めそうだ。
「邪魔してすみません」
プリアとは反対の席が空いていたので、俺はそちらに座らせてもらう。
ドルイドさんを挟んで左右に俺たちだ。
「いいよ、1人だと寂しいし。2人だと気心が知れているから楽しく飲める」
ドルイドさんが本気で言っているかは分からないが嬉しい。
「あの、今日はアイビーさんは」
「悪いな、今日は宿でもう寝ていると思うぞ。疲れてたし」
「何かあったんですか?」
俺の心配そうな顔に首を横に振るドルイドさん。
何もなかったのに、疲れたのか?
「春服を選びに行ったら疲れたみたいで」
服を選んで?
「アイビーさんもしっかり女性ですね」
プリアの言葉に苦笑いをしたドルイドさんに、俺たち2人は違和感を覚える。
何か違うのだろうか?
女性の服選びは時間がかかるものだが。
「2人が考えているのとは少し違うよ。アイビーは必要最低限の買い物以外に慣れていないんだ」
ドルイドさんの言葉に首を傾げる。
意味が分からない。
「アイビーは今まで生きるために色々な事を我慢し続けてきた」
ドルイドさんの表情に悲しみが浮かぶ。
「生きるためですか?」
プリアが少し険しい表情をしている。
「あぁ、生きるため。あの子はもっと幼い時からずっと、生きるために戦ってきた子なんだよ」
もっと幼い時から生きるために戦ってきた?
孤児なのか?
でも、それなら教会やギルドが手を貸すだろう。
「あの、彼女は」
プリアが言葉を切る。
どこまで踏み込んで良いのか分からないのだろう。
「アイビーの許可がないから詳しくは話せないが、そんな生活をしてきたから欲しい物を欲しいと言えないんだ」
「お金はありますよね」
魔石の代金も入ったのだから余裕はあるはずだ。
それに犯罪組織を潰して手にしたお金だってあるだろう。
「お金の問題ではなく気持ちかな」
「そうですか」
プリアを見ると、眉間にしわを寄せて考えこんでいる。
「ふふっ」
不意にドルイドさんが笑ったので驚く。
今、笑う要素などなかったはずだが。
「そのアイビーが今日は自分の春服を選んで買うって決めたんだ。今まで選んだことがない、刺繍がしっかり施された可愛い服。まぁ選んだのは1枚だけど。これで少しは我慢しすぎる必要はないと思ってくれたらいいんだけどな。無意識にしている事だから難しい。もっと甘えて欲しいよ」
ドルイドさんとは血が繋がっていないと聞いているが、本当の親子の様だな。
アイビーさんも、自慢のお父さんだと言っているのを聞いたことがある。
この2人は本当に良い関係を築いている。