309話 春のコート
無事に魔石の代金も受け取ることが出来たので、本格的に旅支度に入る事になった。
まだ夜になると雪がちらつく事があるので、出発はもう少し春めいたらということになっている。
「よし、春から夏に向けた服を見に行こう」
朝ごはんを終えて、今日の予定を話し合おうとした時にドルイドさんの宣言。
既に決定しているような話し方だったのでちょっと唖然と彼を見つめてしまった。
「えっと、決定?」
「当然」
そうなのか、当然なのか。
というか、いつの間に?
ドルイドさんをそのまま見つめていると、笑って立ち上がった。
「アイビー、ちょっと俺の隣に立ってくれるか?」
「えっ、うん」
ドルイドさんの隣に立ち、彼を見上げる。
「気付かない?」
気付く?
不思議に思いながらドルイドさんを見続ける。
あれ?
「もしかして、私の背が伸びてます?」
「そうなんだよ。だからきっと前に履いていたズボンとかは丈が足りないんじゃないかな」
確か、夏の終わりにも背が伸びた気がした。
その時既に少し丈が短くなっていた。
ということは、完全に駄目な長さだ。
「この冬、関節とかに痛みはなかったか?」
関節の痛み?
確か朝起きて感じた事はあったな。
「よく転んであっちこっちぶつけたから、その痛みかと思ってた」
「あぁ、アイビーは雪との相性が悪かったもんな」
そうなんだよね。
ドラさんに、雪の上でも滑らないようにする物を借りたにもかかわらず。
なぜか、少し深い雪道を歩くと良く転んだ。
一番多かったのが、雪の中に足が入りすぎて前に転げたことかな。
その所為で、雪で見えなかった切り株やちょっとした石で切り傷や擦り傷がいっぱい。
青のポーションのおかげで傷はすぐに治すことが出来たのだけど、ぶつけたところは痛かったな。
あまりに転ぶモノだから、森の中ではドルイドさんが融かしてくれた道しか歩かないようにした。
ただ、村の中はそうもいかなくて本当に大変だった。
今度の冬は雪が少ない場所に行きたい。
「というわけだから、服を買いに行こう。魔石の代金も入ったしな」
確かに想像以上の数の魔石を提供したため、思ってもみない収入になった。
だから余裕はあるけれど、冬服を買った時の事を思い出す。
今度は自分で判断できるかな?
「さて、行こうか。ソラたちはどうする? 一緒に行くか?」
ドルイドさんの一緒に行くに反応した皆。
バッグに皆を入れて、バルーカさんが店長を務める『シャル』に向かう。
久しぶりのお店は、様変わりしていて驚いた。
「いらっしゃい。どうぞ」
バルーカさんがお店の扉を開けてくれる。
「お久しぶりですね。この冬は大丈夫でしたか?」
「えぇ、高レベルの魔石をギルドから貰う事が出来たので、従業員全員が無事に冬を越せたんですよ。今のギルマスと団長はやり手ですね。少し前はちょっと不安な噂もあったんですが、もう安心です」
バルーカさんの話に、笑みが浮かぶ。
タブロー団長さんもプリアギルマスさんも頑張っていたので、安心と言われている事が嬉しい。
「今日は春から夏にかけての服が欲しい。旅に出るから丈夫なモノを頼む」
「分かりました。ところでアイビーさん、背が伸びました?」
バルーカさんが私をじっと見て少し思案顔になる。
何だろう。
何か、おかしいかな?
って、今日の服はこの店で購入したモノだけど。
「購入していただくズボンは、少し丈を長くして調整できるようにした方がいいかもしれませんね。この調子だと、まだ身長は伸びそうですからね」
「調整ですか?」
「裾を切らずに折り曲げて履くズボンです。身長が伸びても、曲げた裾を伸ばせばまだまだ着る事が出来るのでお薦めですよ」
なるほど、それは良いかもしれない。
背が伸びる度に購入していたらもったいないもんね。
「そうします。ドルイドさんも買う予定だったよね?」
「あぁ、俺はズボンを3本とコートを買う予定だよ」
だったらとりあえず、自分で服を探すことにしよう。
「アイビー、旅に出ても良い様にしっかりしたモノを選べよ」
「うん、わかった」
色々な服を見ているとわくわくしてくる。
でも、まずは必要なズボン。
色と刺繍を見ながら3本のズボンを選ぶ。
これでいいかな。
「もう少しズボンは持っていた方が良くないか?」
後ろからドルイドさんが、私が選んだズボンを見る。
「そうかな?」
「雨が降ったりして洗えない時の事も考えないとな。春先は雨の日が多くなるから」
それを考えると、確かにちょっと足りないかな。
「これなんてどうだ? 生地もかなりしっかりしている」
ドルイドさんが持ってきてくれた6本のズボンの中から、2本のズボンを選ぶ。
全部で5本のズボン。
これで足りる。
「アイビー、春先にこのコートどうだ?」
ドルイドさんが手に持っているのは、一目で気に入った刺繍がデザインされたコートだ。
ただ、値段が高い。
「もったいないよ、それ高いから」
私の言葉に、残念な表情を見せたドルイドさん。
手に持ったコートを戻しに行ったはずが、すぐに違うコートを手に戻って来た。
「これは?」
彼が持ってきたのは先ほどのコートと同じ色で、刺繍が少し抑えられているデザインだった。
気になったので値段を確かめる。
値段も抑え気味だ。
欲しいな。
でも、無くても我慢できるしな。
「ちょっと高くないかな?」
「そうか? 問題ないだろう」
確かに気になることは気になる、というよりは欲しい。
でも、身長が伸びているこの時期に選ぶと絶対後悔しそう。
いつまで着られるか分からないから、やっぱりここは。
「1つ上のサイズを購入したら、長く着られますよ。このタイプは後ろで少し絞れるので今の体型にも合わせられますし。丈は少し長くなりますが、デザイン的に問題ないです。腕の部分は先ほどのズボンのように折り曲げれば大丈夫です」
バルーカさんが、ドルイドさんが持っているサイズより少し大き目を持ってきて私に合うように調整してくれる。
「へ~、少し印象が変わるけど、これはこれで良いな。アイビーもそう思わないか?」
確かに少しデザインが変わってしまうが、可愛い。
やっぱり欲しいかもしれない。
でも。
「決定な」
「あっ」
持って行ってしまった。
「ドルイドさんに、また選ばせてしまった」
あのコートもそうだけど、冬にドルイドさんが選んでくれた服。
あれらはどれも色や刺繍がすごく可愛くて、欲しいと手に取った物だった。
ただ今まで『着られればいい、大丈夫』と我慢してきたから、色々考え込んでしまって買えなかった。
ドルイドさんに買おうと言われても、なんとなく申し訳なくて首を縦に振れなかった。
しかも、なんだか恥ずかしくて色々と文句まで言ってしまった。
「ばれているんだろうなぁ」
ちょっと強引なのも、欲しいけど欲しいと言えない私のため。
食品やアイテムだと気後れしないんだけどな。
「アイビー、上の服も選ばないと」
「分かった」
よし、次こそ本当に欲しい可愛い服を選ぼう。
あ~でも。
……選べるかな?