306話 お風呂は必要
冒険者ギルドに報告に来たのだけど、ドルイドさんの機嫌が直らない。
優しい声音で毒を吐くとか器用な事をしている。
そのせいで、冒険者さんたちの顔色がどんどん悪くなっていく。
大丈夫かな?
「ドルイドさん、そろそろ許してあげたら?」
「何度も同じことをしでかさないように、しっかりと分からせておかないと」
いや、充分理解したと思う。
全員目を合わせないように必死だし、既に涙目の人もいるし。
あっ、プリアギルマスさんが来てくれた。
これで安心だ。
「どうしたのですか?」
これまでの経緯と、捨て場に魔物を放置している事を説明する。
後は彼に任せたらいいだろう。
「なるほど、そうですか」
あれ?
プリアギルマスさんの様子が何だか怖い気がするのだけど、任せて大丈夫かな?
いや、冒険者さんたちはこの村の人たちみたいだからきっと知っている人たちだろうし、大丈夫のはず。
たぶん。
「ドルイドさん、後はお願いして行こう」
シエルの様子が少しおかしかった事が気になる。
怪我などはなかったけれど、心配なので傍にいたい。
「あぁ、そうだな。ではプリアギルマス、くれぐれもお願いしますね」
「任せてください」
あんな黒い笑顔で任せてくださいって言われても不安だな。
冒険者さんたち大丈夫かな?
「アイビーさん、しっかり注意しておくから任せて下さいね」
「えっと、程々でいいですよ。程々で」
綺麗な笑顔で頷かれたので信じよう。
うん、きっと大丈夫のはず。
冒険者ギルドを出て捨て場に急いで戻る。
少ししたら魔物を移動させるために、冒険者たちが捨て場に集まってしまう。
その前に森の奥にでも移動しないとな。
捨て場に行く途中で、シエルとサーペントさんと合流する事が出来た。
2匹が村の近くに移動してくれていたのだ。
冒険者が来ることを話すと、サーペントさんが私とドルイドさんを乗せて森の奥へ移動してくれた。
シエルの様子を確認するが、先ほど感じた違和感はない。
何だったのだろう?
森の奥で止まってもらいサーペントさんと向き合う。
「ありがとう。さっきはちゃんとお礼言ってなかったよね。それにしても久しぶりだね」
ベアスの住処に案内してもらって以来だから約1月ぶりかな。
「本当だな」
あっ、ドルイドさんの機嫌も直ったみたいだ。
良かった。
ホッとしていたら、ドルイドさんが頭をそっと撫でてくる。
「大丈夫か?」
襲われたので、心配してくれたのだろう。
優しく撫でてくれる手に頬が緩む。
「大丈夫。ありがとう」
「にゃうん」
シエルも心配そうに、そっと私に寄り添ってくれた。
「ありがとう」
シエルの頭をそっと撫でる。
手から伝わる温かさに、笑みが浮かぶ。
サーペントさんが目の前に現れて、じっと見つめてくる。
もしかして心配してくれているのかな?
「大丈夫だよ。ありがとう」
サーペントさんは目を細めると、すりっと鼻先を私にこすり付けた。
何度か撫でると、満足そうな表情をする。
ソラをバッグから出すとシエルとサーペントさんと遊び出す。
フレムとソルは、まぁお休み中はいつもの事。
しばらく3匹が遊ぶのを見ていたが、まだ寒い。
体が寒さに震えだしたので、シエルとソラを呼ぶ。
「冷えてきたから帰ろう」
私の言葉に、少し離れた場所にいたソラが胸元に飛び込んでくる。
「うわっ」
上手に抱き留めた事が嬉しかったのか、プルプルと腕の中で震える。
可愛いけど、勢いが良かったのかちょっとぶつかった胸が痛い。
「ソラ~」
「ぷっぷ~」
はぁ、本当にソラは不意打ちとか好きだな。
村の近くまで送ってくれたサーペントさんにお礼を言う。
「色々とありがとう。またね」
森の奥へ消えていくサーペントさんを見送ってから村に戻る。
門番さんに挨拶すると、プリアギルマスさんより伝言が届いていた。
魔物には問題がなかったので、解体した事。
そして解体して出た肉の代金を受け取りに来てほしいということだった。
「いいのかな?」
魔物を運んだのも解体したのも私たちではないのだけど、代金を貰っていいモノなのだろうか?
「あぁ、大丈夫だろ」
「そっか」
ドルイドさんが大丈夫というなら貰っておこう。
それにしても、暴走でなかった事と他の問題が見つからなかった事にホッと胸をなでおろした。
また、何かに巻き込まれるのかとドキドキしていたから。
「このまま取りに行こうか?」
「そうだね」
冒険者ギルドに着くと、プリアギルマスさんが対応してくれた。
問題を起こした冒険者さんたちは、1年間先輩冒険者さんに付いて色々学ぶことが決まったらしい。
その、先輩冒険者さんの事を言った時のプリアギルマスさんの表情に、背筋がぶるっと震えた。
とりあえず、頑張ってくださいと伝言をお願いした。
解体した肉の代金を受けとり、書類に名前を書いて終了。
その際に少しだけお肉を分けてもらった。
見たこともない魔物だったので、肉を食べてみたかったのだ。
「そう言えば、この魔物ってなんて名前ですか?」
宿に向かって歩いていると、魔物の事を知らない事に気が付いた。
「確か、シープと呼ばれているな」
「美味しいですか?」
「それが、ちょっと硬めの肉なんだ」
硬めの肉?
ということは普通に煮たら硬過ぎるかもしれないな。
どうやって料理しようかな。
じっくり煮込んだら、それなりに柔らかくなってくれるかな?
帰ったら少し焼いて味見してから、料理方法を決めよう。
その前にお風呂だな。
寒い。
「ただいま」
「ただいま戻りました」
宿に入ると暖かさがじんわり体に染み渡る。
今日も体の芯まで冷え切っていたようだ。
「風呂に入ってまずは温まろうか」
「うん」
最近は帰って来たら即行でお風呂。
お風呂付の宿にしてよかったと思う瞬間になっている。
宿の条件にお風呂付とドルイドさんが言った時は、それほど必要だと思わなかった。
でも、実際にお風呂のありがたみを経験するともうお風呂なしは無理。
特に寒い冬、絶対お風呂は必要だと湯船につかるとしみじみ思う。
ドルイドさんにその事を言ったら「だろう?」と満足そうな表情をした。
お風呂から上がると、とりあえずシープ肉の調理に取り掛かる。
少し焼いて食べてみたが、確かに硬めの肉質に少し獣の匂いが強い。
匂いを消す薬草を多めにして、じっくり煮込んでみようかな。
「使えそうか?」
肉の特徴を知っているのかちょっと心配そうに訊いてくるドルイドさん。
「大丈夫だよ」
「よかった。そうだ、次に送る『ふぁっくす』で旅に出る事を伝えた方がいいぞ」
「どうして?」
お肉を2口サイズに切って野菜も大きめに切り分ける。
「旅に出てからこの村にアイビー宛の『ふぁっくす』が届いたら、ややこしくなるから」
なるほど。
「いなくなった後に届いたファックスってどうなるのですか?」
お肉が入るお鍋にまずはお肉と水を入れて沸騰させる。
沸騰したら少しそのまま煮込んで、火を止めてお湯を捨てる。
お肉に付いた汚れを洗い落として、大きめのお鍋にお肉と野菜を入れる。
お鍋に水と5種類の薬草を入れて火を点けて、煮込み開始。
「お金を払って受け取れる場所まで送ってもらうんだ」
お金がかかるのか。
絶対に忘れないように今日中にファックスを書こう。
「次の目的地も書いておいた方がいいですか?」
ハタヒ村だったよね。
「あぁ、その方がいいだろうな」
水が沸騰したら、浮かんできた灰汁を取る。
3分ほど沸騰させて、火を弱めて煮込み開始。
「了解です。よし終わり」
「終わり? 随分早くないか?」
お鍋を覗きこむドルイドさん。
「これから1日ゆっくり煮込むので」
「あぁ、なるほど。明日が楽しみだな」
後は時々様子を見に来ればいいな。
水の量だけ気を付けよう。
さて、ファックスを書こう。