305話 切れてます!
少し場所を移動すると、魔物もそれに合わせて移動する。
私が狙われているようだ。
「アイビー、俺が引き付けるから離れろ!」
ドルイドさんがそう叫ぶと魔物に向かって足を前に出す。
それに気付いた魔物の視線が、私から彼に変わった。
戦うすべがない私は、足手まといになってしまう。
何とか邪魔にならない所まで移動することにする。
そっと、ドルイドさんの影に隠れながら移動を始めると、彼の前に魔物が口を大きく開けて飛びかかる姿が目に入った。
「速い!」
えっ、もうこんなに近くまで来てたの?
叫びそうになる口を押さえて木の影に隠れると、急いでドルイドさんと魔物を確認する。
ドルイドさんの剣が魔物に向かって振り下ろされた後だったようで、どちらか分からない血が彼の周りに飛び散っている。
「あ~、くっそ。外した!」
ドルイドさんの背中をじっと見る。
彼の様子から大けがをしている様子はない。
魔物は、ドルイドさんから少し離れた場所にいる。
よく見ると、胸の部分から血が流れている。
どうやら飛び散っているのは魔物の血のようだ。
良かった。
「グルルル」
「なんだお前、普通その傷だったら逃げるはずなのに」
ドルイドさんがもう一度、剣を握り直す。
その時に彼の腕に、傷があることに気付いた。
ドルイドさんも怪我をしてしまったようだ。
「グルルル」
魔物が姿勢を低くした事で、飛びかかろうとしているのが分かった。
次の瞬間、その魔物が何かによって木に叩きつけられるように吹っ飛んだ。
「グハッ」
「えっ?」
「はっ?」
声を出さないように気を付けていたが、さすがに驚いて声が出てしまった。
だって、まさか魔物がサーペントさんに体当たりされて木にぶつかるなんて思わない。
というか、サーペントさんの気配なんてしなかったのにいつの間に来たのだろう?
あっ、それよりも、
「ドルイドさん、大丈夫?」
彼の怪我を思い出して、急いで傍による。
腕を見ると、ざっくりと切れて血が流れている。
止血しようとして、ソラを思い出した。
バッグを開けると、すぐに飛び出してくるソラ。
そのままドルイドさんの腕に飛びつくと、びよーんと腕を包み込むように伸びた。
「お~、凄いな。こんな感じなんだ」
あれ?
ドルイドさん、ソラの治療する姿を初めて見たわけじゃないよね?
……どうだったかな?
治療風景を見ていると、後ろからツンツンと背中をつつかれる。
見るとサーペントさんが鼻先でツンツンしてきた。
「あっ、サーペントさん、ありがとう」
「ありがとうな、助かったよ」
お礼を言うと目を細めて鼻をすりすり。
可愛いと鼻先を撫でると、もっとすりすり。
「本当に懐かれてるな」
「可愛いよね」
「いや、その感覚はちょっと分からないかな」
こんなに可愛いのにな。
あっ、忘れるところだった。
襲ってきた魔物は、死んだのかな?
私が魔物に近づこうとすると、ドルイドさんに止められた。
「俺が見るから」
「でも、怪我してるのに」
「痛みもないし大丈夫だよ。ソラの治療は凄いよな」
それは言える。
瀕死のシエルやドルイドさんを復活させる事が出来るのだから。
腕にソラが巻き付いた状態のまま、魔物に近づくドルイドさん。
不意に見知った気配が近づいて来ることに気が付いた。
「ドルイドさん、もう少ししたらシエルが帰ってくるみたい」
何だろう、凄く焦っているみたい。
いつも以上の速さでこちらに帰ってきている。
木々の揺れる音や雪が落下する音が徐々に近づいてきた事で、ドルイドさんも気付いたようだ。
「何だろう、凄く焦ってますよね?」
「そうだな、木の揺れ方が普段と違う」
私の横にドルイドさんが並んで、音のする方向へ視線を向ける。
そして、バサバサバサ。
大量の雪を木から落として帰ってきたシエル。
ざっと体を確認するが怪我をした様子はない。
「シエル、大丈夫?」
「に?」
私の質問に首を傾げつつ周りを見回すシエル。
何だろう。
襲ってきた魔物以外に何かあるの?
私も周りを見回すが、いつもの森に戻っていると思う。
「にゃっ」
シエルが低い声を出すと、木にぶつかって倒れている魔物に近づく。
そしておもむろに魔物の首に噛みつくのが見えた。
「グッ」
あれ?
まだ生きていたの?
木に思いっきり叩きつけられていたから、死んでいると思っていた。
「ありがとう、シエル。ドルイドさん、この魔物って食べられるかな?」
「……アイビーはこういう時もアイビーだよな」
ん?
どう言う意味?
私は私って当たり前だと思うけど。
首を傾げる私に苦笑を浮かべるドルイドさん。
何だろう、馬鹿にされているのかな?
「ハハハ、拗ねるなって。それよりその魔物だけど異常行動していたから、ギルドに報告して渡した方がいいだろう」
「そっか。異様な雰囲気だったもんね」
「あぁ、この魔物はもっとゆったりした性格だと思ったんだが。まさか俺たちの町に起こったような事がここでも起きてるのか?」
魔物の膨大な魔力を食べて凶暴化?
うわ~、それは嫌だな。
2人で死んだ魔物に近づき、何かおかしなところが無いか確かめる。
特に目立った変化は見られないみたいだな。
魔物の足元を見ると、足に皮の紐が絡まっているのが目に入った。
「これ、なんだろう?」
「どれだ?」
魔物の足を指すとドルイドさんが確認してくれた。
そしてその絡まったモノを取ってみれば、小さい魔石がついたマジックアイテムだった。
「これって」
「知ってるの?」
「あぁ、短時間だが身体強化をしてくれるモノだ。攻撃速度や攻撃の重さなんかこれを使うと凄い事になる」
そんなすごいマジックアイテムを魔物が使ったの?
あれ?
魔石をどうやって発動させたんだろう?
何かの偶然が重なってとか?
ドルイドさんからアイテムを借りて見てみる。
魔石の色は透明で中が青い、綺麗な魔石だ。
その魔石を固定している紐は普通の皮ひもで特に特徴も無い。
「冒険者が失敗したのかもな」
「ん?」
「たまにあるんだよ、魔物を倒す時にマジックアイテムを使おうとして失敗することが」
どんな失敗をしたら魔物にマジックアイテムが取られるんだろう?
「このアイテムって放り投げて使うモノなんですか?」
「いや、使用者が首から提げたりして体の強化に使うのが一般的だな」
なるほど、ということは。
「これを使用していた人が亡くなったということでしょうか?」
私の言葉に眉間にしわを寄せるドルイドさん。
やはりその可能性もあるのかな?
じっとマジックアイテムを見ていると、微かにこちらに来ている人がいることに気が付いた。
「誰かがこっちに来ます」
ドルイドさんが私を見たので、気配のする方向を指す。
この方向って魔物が来た方向と一緒だ。
「サーペントさんとシエルは、ちょっと隠れてもらっていい? ソラは治療は終わっていたのか、お疲れ様。見られると厄介だからバッグに戻ってもらっていい?」
「にゃうん」
「ぷっぷぷ~」
サーペントさんとシエルは、木の上に移動する。
先ほどのように木から雪が落ちてくることはない。
やはり先ほどのシエルは、相当焦っていたようだ。
治療を終えてドルイドさんの頭の上で満足そうにしていたソラをバッグに入れる。
「ドルイドさん、腕の状態はどう?」
「跡形もないぐらい綺麗に治ったよ」
腕を見せてもらったが、魔物に破かれた服の下の皮膚には傷があった痕跡さえない。
「違和感も?」
「あぁ、まったく」
「よかった。ドルイドさん、助けてくれてありがとう」
お礼を言うと、嬉しそうに笑みを見せるドルイドさん。
いつも以上に優しい笑みで少し不思議に思うが、まぁ本人が嬉しそうなので問題ない。
それから少しして、若い冒険者5人が私たちの前に姿を現した。
「あの」
「これの持ち主か?」
ドルイドさんが、魔物の足に絡まっていたマジックアイテムを見せる。
それを見て、顔色を悪くする若い冒険者たち。
「はぁ、何があった?」
「それが……」
ま、簡単に言うとマジックアイテムの事をしっかりと調べず使用した事が原因の1つ。
それともう1つ、自分たちより強い魔物でも倒す事が出来ると思い込んだ事が致命的な失敗だ。
「マジックアイテムを使う時は、必ずどういう力を持っているのか理解した上で使用することが基本だったと思うが?」
ドルイドさんの声がものすごく低い。
これは切れている。
「力を強くしてくれるのは分かってました」
「で?」
やばい、ドルイドさん怖いです。
顔が何というか鬼のようというか……。
「「「「「…………」」」」」
ドルイドさんを見て固まる冒険者たち。
おそらく若い冒険者たちに良くある、これまでの任務が成功したので強いと錯覚してしまったのかな?
「はぁ、この事は冒険者ギルドに報告するから」
若い冒険者たちがドルイドさんを止めようとしたが、一睨みで静かになった。
うん、そうした方がいいと思う。
だって、私だって初めて見るドルイドさんにヒヤヒヤでしたからね。
本気で切れた彼は、ものすごい怖いです。