304話 少しずつ春
「ドルイドさん、あれ!」
それは、ソルの食事を確保するため捨て場へ行く途中に見つけた花の蕾。
地面はまだ雪で覆われているし、風もまだ冷たいが確かに春が近づいているようだ。
「本当だ、ようやく冬が終わるな」
「うん」
「当分雪は要らないな」
「そうだね」
大変だった。
吹雪で、3日動けないなんて可愛い方で7日連続外出禁止もあった。
雪もどんどん積もって2階の窓まで覆いそうになったし、ソルは小さくなっちゃうし!
あの時は焦った。
もう連日祈ってしまった『降るな、ばかー』と。
雪が止んだ8日目、積もった雪の高さに慄きながら何とか捨て場へ行った。
ソルがご飯を食べている風景を見て、あれ程ホッとした瞬間はなかったな。
本当に濃い冬を経験した。
村では雪の量が多かったため、家が潰れたという話を聞いた。
少し死者も出たらしい。
でも、当初考えていた数より死者はかなり少なかったそうで、タブロー団長とプリアギルマスさんの評価が上がっていた。
うん、とてもいい事だ。
「そろそろ次の村に行く準備をしないとな」
「あっ、そうですね」
そうか。
雪が融けだすなら移動が楽になるもんね。
次の村か、どんな村だろう。
「アイビー、隣の村に行く用事でもあるか?」
「いいえ、無いですけど。どうして?」
確かハタウ村の隣ってハタタ村だったよね。
あっ、その隣がハタダ村だ。
あまりに似通った名前だったから一緒に覚えたんだった。
「3つ先にある村が、4月に健康を祈る祭りがあるんだ。色祭りというのだが、参加してみないか? 周りの村からも人が集まって、かなり賑やかな祭りだ」
「3つ先? 色祭り?」
3つ先と言えば……あれ? 何だったかな。
ハタタ村とハタダ村の印象が強かったから、忘れてしまったな。
「なんて言う村ですか?」
「ハタヒ村だよ」
あっ、そうだハタヒ村だ。
地図が正しければ、町と呼んでも問題ないぐらい大きな村だったな。
それにしてもお祭りって私は初めてかも。
ラトミ村には祭りという物はなかったな。
ただ春と秋に村の人たちが集まって賑やかな日はあったけど。
「祭りは好きか?」
「祭り自体が初めてで、色祭りってどんな祭りなんですか?」
「色粉で出来た小さい団子を祭の参加者たちがぶつけ合うんだ。かなり凄い祭りだぞ」
小さい団子をぶつけ合う?
それって痛い祭りなのかな?
「痛いお祭り?」
「えっ? 痛い? あっ! 痛くはないよ。ぶつかった瞬間に粉が舞って服に色を付けるだけ。全身色粉まみれになるから、凄いけどね」
何だろう、その祭りを見た記憶がある気がする。
これって前の私の記憶だよね。
祭りの名前が出てこないけど。
ただ、面白そう。
「楽しそうですね」
「あぁ。俺も2回、参加した事があるんだけど、顔にも色粉がつくし全身凄い色々な色に染まるんだ」
本当に楽しそうだな。
「参加は自由なんですか?」
「あぁ、ただ心配は雪だな」
「雪?」
「もう少し融けてくれないと、旅に出られないだろう? 4月末の祭りだから」
ハタヒ村はそんなに遠いのかな?
地図で見た感じ、2月中ごろまでに出ても間に合いそうだけど。
「2月でも4月末には間に合うと思うけど。地図が間違ってるの?」
「いや、祭りには間に合う。ただ、寝床の確保を確実にしたいから、4月に入る前に村に着きたいんだ」
「1月も前に? そんなに人が集まるのですか?」
そんなに大きな祭りなの?
「周辺の村や町から集まって来るからな。近くの町で行われる祭りより人気で人出も多いな」
うわ~、なんだか本当にすごい祭りみたい。
参加したいな。
「参加してみたい!」
「そうか、だったら3月中ごろにハタヒ村に着くように考えるか」
「うん」
何だろう今からワクワクしてきたな。
「あっ、昨日雪を融かした場所がそのままだ」
ドルイドさんの視線の先を追うと、昨日雪を融かした捨て場の一部分が見える。
毎日新たに雪が積もっていたけれど、今日はそれがなかった。
本当に少しずつ季節が春になっているのだな。
「さて、旅の準備をしながらもう一度狩りに挑戦するか?」
「そうだね。そろそろ大丈夫かも」
冬の狩りは無駄だった。
罠を仕掛けても、雪にすぐに埋もれてしまいさすがにそれではシウサたちは掛からない。
なので雪が落ち着くまで待っていたのだ。
ソルの食事が始まるのを見てから、新たに作る罠に必要な物を拾っていく。
「結構、使える物も捨ててあるんだな」
「えっ?」
「いや、罠に使う物を俺は買う物だと思っていたからさ」
あぁ、普通はそうか。
私はお金がなかったから、拾うのが当たり前だったけど。
そう言えば、今は買うお金があるな。
「ドルイドさん、ごめん」
「ん?」
「ゴミなんて拾わせちゃって」
そうだよね。
ドルイドさんは強い冒険者だったんだから、罠の仕掛けは買う側だよね。
って、そもそも私と一緒にいないと罠を仕掛ける狩りはしてないけど。
「いやいや、気にしなくていいぞ。拾う物を選んで、罠を完璧に仕上げるの楽しいし」
「そう?」
「あぁ、壊れている物が多いから1つ1つ皆違うだろ?」
「うん」
なかなかばっちりのゴミなんて落ちていない。
だからけっこう工夫が必要なのだ。
「自分の考えていた罠を仕掛けて、それに獲物が掛かると面白いからな。けっこう楽しんでいるから問題ない」
ドルイドさんが壊れたカゴを手に持って、強度を確かめながら言う。
「ちょっとコツを言っただけで、私よりすごい罠を作りますもんね」
罠を仕掛けた3日後に狩った数が負けた。
あれから1度も私、勝ててないんだよね。
さすがというか、悔しい。
「アイビーから借りた本のおかげだよ。あれ、凄いな」
「うん。占い師がくれた本なんだ」
まだまだあの本たちに助けられているな。
「ぷ~!」
不意に聞こえたソラの鳴き声。
慌てて声がした方を見る。
ソラは捨て場の外に視線を向けている。
今、シエルは食事のためこの場にはいない。
すぐに気配を探るが、特にこちらに向かっている気配はない。
「ソラ、どうしたの?」
ドルイドさんを見ると、首を横に振られる。
彼も分からないようだ。
ただ、警戒のため手は既に剣の持ち手に掛かっている。
フレムとソルの場所を確認すると、いつの間にか私の傍に寄って来ていた。
何かあるのかと不安に思ったので、すぐに2匹をバッグへと入れる。
しばらくすると、まだ遠いがこちらに向かってくる気配に気が付く。
「ドルイドさん、たぶん魔物の気配です! 何だろう、すごく速いです! 逃げ切れないかも!」
足場の悪い捨て場から出るために、迫ってきている気配を気にしながら急いでその場から離れる。
凄い勢いでこちらに向かって来ている気配に寒気がする。
速すぎる、この村周辺にそれほど足の速い魔物はいなかったはずなんだけど。
「ソラ」
ソラを呼んで、近くにきたソラをすぐさまバッグに入れる。
これで、少しは安全のはず。
このたった1分弱の時間で魔物はもうすぐそこまで来ている。
「グルルルッ」
森に響く重低音のうなり声。
あ~これは危ない。
私の前にドルイドさんが来て、剣を構える。
雪が踏まれる音に、振動で雪が木から落ちてくる音。
いつもと違う音に、心臓がうるさい。
「ガウッ」
森の奥から巨大な魔物が凄い勢いでこちらに駆けてくる姿が見えた。
とっさに木に登った方が安全かと視線を彷徨わせる。
「アイビー、駄目だ。こいつは木にも登れる魔物だ」
ドルイドさんの言葉に眉間にしわがよる。
本当に逃げ場がない。
その間にも魔物はもう目の前に迫っている。
本当に何だろうこの速さ、異常すぎる。
私たちに気が付いたのか、牙をむき出しにする魔物。
「アイビー、下がってろ」
ドルイドさんの持っている剣の魔石が白く光った。