299話 ソルのご飯
窓の外を見ると、真っ白な世界が広がっている。
風も強いようで、ガタガタと音がして昼間だというのに薄暗い。
昨日の昼頃、自警団より『明日より2日~4日、吹雪が続くので注意』という連絡が町に流れた。
なので、昨日の夜はその対応でドラさんもサリファさんも大変そうだった。
「凄い、本当に少し先も見えなくなるんだ」
窓に手をつき、顔を近づけて外を見ようとするが、まったく外の様子が分からない。
本当に真っ白な世界だ。
じっと外を見ていると、扉を叩く音がする。
外を見ながら返事をすると、『ただいま』とドルイドさんが部屋に入ってきた。
「この降り方だと、止んでも影響が続きそうだ」
「影響?」
「あぁ、数日降り続くみたいだからな、積雪がどれだけになるか」
「そっか」
雪が積もりすぎると身動きが取れなくなるってドルイドさん言ってたっけ。
もしかして、雪が止んでも宿から出られないって事もあるかも。
プリアギルマスさんと森へ行った日から7日。
その間、シウサとハツリの狩りを頑張った。
罠の仕掛けを変えたり、場所を変えたりと試行錯誤でドルイドさんがかなり楽しんでいた。
またシエルが狩りの手伝いをしたことで、2種類の魔物を大量に狩ることに成功。
そして肉屋に売りに行こうとしたら、ドルイドさんに止められた。
『商業ギルドに登録したの忘れてないか? あそこに売った方が安全だろ?』と。
が、登録した事を全く覚えてなくてドルイドさんが慌てた。
彼に、旅をする前に商業ギルドに登録した事などを説明してもらったが、やはりまったく思い出せず。
魔法陣の影響に2人で苦笑を浮かべるしかなかった。
それにしても商業ギルドに登録しないと家族口座は作れないのだから、口座の事を思い出した時に何か違和感を覚えてもよかったのにな。
まぁ、無事に商業ギルドで肉は売ることは出来たのでよかったが。
「あれ?」
窓の外から視線をドルイドさんに向けると、彼は手に赤い魔石を持っている。
「どうした?」
「それ、どうしたの?」
ドラさんに魔石の準備は出来ているので、必要ないと伝えたはずだけど。
なぜか赤い魔石を手に持って部屋に戻ってきたドルイドさん。
「断ったけど、もしもの時は使ってくれってさ」
数日間は、冷え込みが酷いらしい。
その為、魔石に込められた魔力が減るのが早くなる。
その為、もしものことを考えてドラさんたちが用意してくれたのだろう。
スッとドルイドさんが机の上の袋に視線を向ける。
私も一緒にそれを見る。
そこには、大量の赤い魔石。
「要らないとは言ったんだぞ。だが、説明できないしな」
「そうですよね」
「てっりゅりゅ~」
ポンッ
ベッドの上では今もフレムが魔石を復活させている。
そしてベッドの上に転がる大量の赤い魔石。
「「…………」」
「まぁ、冷え込みが落ち着いたら返しておくよ」
「お願いします」
「それより困ったな」
「うん。ソルのご飯どうしよう」
色々検討してみたが、ソルのご飯となる魔力を捨て場から持って帰ってくる事は出来なかった。
とりあえず余っているマジックバッグに、魔力が比較的多く含まれているマジックアイテムのゴミを詰め込んできた。
ちょっと気が乗らなかったが、ソルのため仕方がない。
が、ゴミに含まれている魔力は少量。
どう考えても1日分ぐらいだ。
なのに、今日から数日は外に出られない可能性がある。
「ソルは?」
「ん? さっきまでフレムの周りにある魔石で遊んでいたけど」
ベッド周辺を見るがソルの姿がない。
「ソル?」
「ぺふっ」
鳴き声に視線を向けると、ベッドの足元にいた。
もしかして転げ落ちたのだろうか?
「何をしているの? 踏んづけちゃうよ?」
「ぺふっ」
ソルをそっとベッドの上に戻す。
「ソル、ごめんね。ソルのご飯を用意できなかったの」
「ぺ?」
「マジックバッグにゴミは入れて持ってきたけど、きっと足りないと思う」
「ぺふっ」
私の話が理解できたのか、ちょっと頷きながら鳴いてくれた。
「いつ頃、森へ行けそうですか?」
「この降りだからな~、最悪春が訪れるまで無理かもしれないぞ」
そんなに?
それこそどうしたらいいのだろう。
まだ1月弱あるのでは?
「あっ、冬の間のゴミってどうするのですか?」
1月もゴミを家の中に入れておきたい人はいないはず。
だとすれば、どこかにゴミを集めないかな?
「町や村の中に臨時で置き場が作られるが、人目があるからな」
あっ、そうだった。
予想は当たったけど駄目だ、使えない。
魔力を食べるスライムなんて、見られるわけにはいかないよ。
雪がこれ以上積もらない事を祈るしかないのかな?
窓の外に視線を向ける。
……祈りは届かない気がするな。
「ソル、ご飯が無くなるのだが、大丈夫か?」
「ぺふっ」
ドルイドさんの質問に問題ないと普通に答えるソル。
あまりに普通の態度にちょっと首を傾げる。
もっと慌てるとかしないものだろうか?
ソルの様子から、こちらの会話の内容はほとんど理解しているはず。
それなのに困った様子も無く大丈夫と答えた。
「えっと、ソル。1月ぐらい魔力を食べられなくなるかもしれないけど大丈夫なの?」
「ぺふっ」
『はい』なんだ。
「……もしかして、食べない日が続いても大丈夫とか?」
「ぺふっ」
あれ?
問題解決?
「今まで結構悩んでいたんだが、何だったんだ?」
「うん。ソル、本当に何も問題ないの?」
「……」
ん?
無言って事は、何か問題はあるって事だよね。
「えっと、食べないでも生きてはいけるけど、問題は起こるって事?」
「ぺふっ」
問題解決ではないようだ。
「どれくらい食べないと問題が起こるの?」
「…………」
これはソルでも分からないのか。
「どんな問題が起こるか分かる?」
「ぺふっ」
スライムにとって何が問題となるんだろう。
「病気になる?」
「…………」
他には?
生きていけるとソルは言ったから、死ぬことはないんだよね。
駄目だ、何も思い浮かばないな。
「とりあえず、様子を見るしかないか。で、継続して魔力を持ち運べる何かを探そう」
「それでいい?」
「ぺふっ! ぺふっ!」
ソルの問題はやはり直ぐには解決は無理だな。
とりあえず問題はあるけど、食べなくても少しは大丈夫らしい。
ただ、どんな問題が起きるのかちゃんと見ておかないとな。
…………
「ようやく、止んだな」
吹雪きだした日から3日目の朝。
ようやく太陽の暖かな光が射した。
窓から外を見ると、かなり積もっているのが分かる。
とりあえず、どれほど積もっているのか確認のために1階に降りる。
「おっ、おはよう」
階段を下りた所でドラさんが、コートを着て立っていた。
「おはよう、何かするのか?」
「ドラさん、おはようございます」
「ようやく吹雪が止んだから出入り口の雪を融かそうかと思ってな。でも、残念ながらあそこからは外に出られなかったわ」
ドラさんが指すのは宿の出入り口。
首を傾げると、ドラさんが出入り口の扉を開けて見せてくれた。
そこには完全に出入り口をふさぐ、雪の壁。
「うわ~、凄い積もったんですね」
「あぁ、今年は雪が多くなるかもしれないと言われたが、まさかここまでとは想像してなかったよ。しかもまだこれからが冬本番だというのによ」
ドラさんが思いっきりため息をつく。
確かに冬は始まったばかりで、これからが冬本番だ。
「手伝おうか?」
「悪い、出入り口だけでも確保したいんだ。頼めるか?」
「あぁ、でもどこから出るんだ?」
「2階の窓から外に出てアイテムで雪を融かして、ある程度融けたら人が通れる道を作っていく予定だ」
ドルイドさんとドラさんはこれから外で作業をするようだ。
「私も出来ることがありますか?」
「いや、アイビーは風邪を引いたら大変だから」
ドルイドさんに首を振られてしまう。
「あ~、だったら悪いがサリファの手伝いを頼めるか? 朝食を作る時間なんだが、俺は手伝えないから」
確かにあの大量の雪を融かしながら歩ける道を作るのは時間がかかりそうだ。
「分かりました」
「今日と明日の食事代サービスするな。夕飯込みで」
笑って頷くと、ドルイドさんだけでなくドラさんにも頭を撫でられた。
2人を見送ってからサリファさんがいると教えてもらった調理室へ足を向けた。