298話 止めてあげて
「ドルイドさん、プリアギルマスさんが怖いです」
ドルイドさんの剣を楽しそうに見つめているプリアギルマスさんを見ながら、小声でドルイドさんに話しかける。
「諦めた方がいいぞ、彼にはアイビーがもうなんて言うか神がかりのような存在になっている気がする」
ドルイドさんも小声で返してくれるが、内容は嬉しくない。
「……早く春にならないですかね?」
プリアギルマスさんの、あの崇めるような視線が無いところへ行きたい。
「いや、無理だろう」
「サーペントさんにお願いしたら、次の村へ連れて行ってもらえませんかね?」
これから本格的に雪の季節なので、旅は無理だ。
だけどサーペントさんの力を借りられれば行ける気がする。
って、無理だろうけど。
「アイビーがお願いしたら、連れて行ってくれそうな雰囲気だよな」
「えっ?」
ドルイドさんの答えに驚く。
連れて行ってくれそうなの?
それはさすがに無理じゃないかな?
「いや、そんなに驚かれても。さっきだってアイビーの事は率先して乗せてたじゃないか」
そう言われればそうなのかな。
でも、隣の村までとかは無理でしょう。
「もしアイビーがサーペントにお願いして隣村に行ったりしたら、プリアギルマスの中で語り継がれる物語とかになりそうじゃないか」
「うわ~」
思わず声がちょっと大きく出てしまう。
「どうかしましたか?」
「いえ、大丈夫です」
私の声に反応してプリアギルマスさんが、こちらを見る。
今は普通なのにな。
私が小さくため息をつくと、頭にそっと重みが伝わる。
手をあげて頭の上に乗ったサーペントさんの顔を撫でる。
顔と言っても手が届かないので顎を撫でる事になっているが。
「しかし、シエル遅いな」
「うん」
「ぷっぷぷ」
「ぺふっ」
お出かけしてしまったシエルを待ってほぼ10分。
まだ気配は感じられない。
いったいどこへ行ってしまったのだろう。
「あっ」
こちらに駆けてくるシエルの気配を感じた。
まだ、かなり遠いけど間違いなくシエルだ。
「ぷっぷ~」
ソラもシエルの気配を感じたのか、嬉しそうにぴょんと飛び跳ねる。
私の肩の上で、飛び跳ねはしないが嬉しそうに揺れるソル。
「あっ、ソル。その振動気持ちいい」
「ぺふっ」
ソルが揺れると振動になって肩に伝わる。
なんだかそれが気持ちがいい。
「ありがとう。あっ。この気配って」
「シエルだな」
ドルイドさんが剣を受け取って、森の奥へ視線を向ける。
こちらに近づく音が、どんどん大きくなってくる。
「シエル……あっ、何か咥えているな。ってあれはベアスか」
狩りへ行っていたようで、ドルイドさんが言うように口にはベアスが咥えられていた。
生きたベアスが見たいなんて言ったから、もしかしてと思ったけど普通に狩りに行っていたようだ。
「おかえり」
私の前に来ると、咥えているモノをそっと優しく下ろす。
そのいつもとちょっと違う行動に、違和感を覚える。
そして嫌な予感。
「あれ? そのベアス、まだ息があるのか?」
ドルイドさんの言葉に、ベアスをじっと見る。
するとむくっと起き上がり、周りを見て固まった。
ベアスの視線の先にはシエルと、そして顔を近付けているサーペントさん。
「もしかしてアイビー、シエルに何かお願いでもした?」
「お願いはしてないですよ。ただ、生きたベアスが見たかったなって言っただけで」
まさか、それで生け捕りしてくるなんて思わないし。
「なるほど、シエルがアイビーを喜ばそうと連れてきたって事か」
確かに生きたベアスを見れたのは、嬉しい事は嬉しいけど。
「……あのベアスちょっと可哀想ですよね」
「あぁまぁ、確かにちょっと可哀想だな」
じっとしているベアスを動かそうとしているのか、シエルがベアスをツンツンと突き回している。
そのせいか、もっと固まっているベアス。
しかもサーペントさんも楽しそうに鼻先でベアスを転がし出した。
「あの、何ですか。あれ?」
プリアギルマスさんが不思議そうな表情で、ベアスを囲んでいるシエルとサーペントさんを見る。
「えっと、私のせいで、あぁなってしまいました」
「えっ?」
「ドルイドさん、止めてきますね」
「あぁ、さすがにちょっとな」
怖がりすぎて動けないベアスをシエルとサーペントさんで転がすって、駄目でしょう。
「シエル、サーペントさん、ちょっと止めてあげて」
私の言葉に動きを止めてこちらを見る2匹。
シエルは私のために連れてきてくれたんだよね。
「シエル、私のためにありがとう。生きているベアスを見れて嬉しいよ」
「にゃうん」
「もう充分だから、解放してあげようか」
というか、シエルもサーペントさんも途中から楽しそうに突いてたよね?
転がすのが早くなっていたよ?
「ぷっぷ~」
ソラが、少し不服そうな声で鳴く。
「ソラ、ベアスは喜んでいないから。怖がってるから」
転がされるのが好きなソラは、今のベアスを見てちょっと羨ましそうだ。
「遊んでもらっているなんて、ベアスは全く考えていないからね? よく見て、震えているから」
「ぷ~?」
不思議そうに私を見つめるソラ。
何だろう、これからのソラが心配になってきた。
転がされる事が無くなったベアスは、挙動不審な動きで周りをちらちらと見ている。
まだ傍にシエルとサーペントさんがいるから動けないようだ。
「シエル、サーペントさん、こっちにおいで。その子が動けないみたいだから」
「にゃ?」
「あ~、もしかして狩ろうとしてる? さすがに止めてあげて」
2匹がこちらに移動すると、すぐさまベアスは動き出して逃げ出す。
その走り方はちょっとふらふらで、おそらく通常の走り方とは違うんだろうな。
「あれ? 逃がしたんですか?」
プリアギルマスさんが逃げるベアスを指す。
「はい。さすがに可哀想だったので」
「あぁ、確かに」
プリアギルマスさんが苦笑いを浮かべた。
「この周辺の調査は終わったのですか?」
確か危険な個所を調べていたはずだ。
雪が積もっているので大変そうだった。
「はい。元々良く知っている場所だったので、確認だけで済みました」
なるほど、森を熟知しているって凄いな。
「終わったなら帰るか? それともまだ何かこの辺りでする事でも?」
「いえ、大丈夫です」
プリアギルマスさんの仕事も終わっているようなので、村に戻ることになった。
「帰りもお願いできる?」
サーペントさんの鼻先を撫でながら言うと、お腹の辺りに鼻先を持ってきてまた持ち上げられる。
そして行きと同じようにスッとサーペントさんの上に置かれる。
「ほら、アイビーがお願いしたらさっきの行けそうじゃないか?」
「さっき?」
ドルイドさんの言葉にプリアギルマスさんが首を傾げる。
「なんでもないですよ。ドルイドさん!」
「ハハハ、悪い。ほらプリアギルマス、乗せてもらわないと置いて行かれるぞ。俺たちも乗っていいか?」
ドルイドさんの言葉にサーペントさんが頷く。
そして、私の方へぐっと顔を近付ける。
「ありがとう」
お礼を言って鼻先を撫でるとスッと細くなる目。
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
ソラとソルもお礼を言っているのか、サーペントさんの表情がもっと優しくなる。
シエルはアダンダラの状態のままなので、どうやら走って行くらしい。
尻尾がクルクル揺れているので、楽しそうだ。
「それにしても、今日は全く起きてこないな」
フレムが入っているバッグを蓋を開けてそっと覗く。
「ん?」
「フレムです。何度かバッグの中を見ているのだけど、起きる様子が全くなくて」
「ハハハ、フレムらしいな」
確かにフレムらしいけど、ここまで起きなかった事ってあったかな?