297話 寒いけど
森の中を風を切って突き進む。
冬なのでかなり寒いが、楽しい。
季節が春だと気持ちいいのだろうな。
「プリアギルマス、この速さで移動して大丈夫か?」
「えぇ、問題ないです。この周辺の森ならだいたい把握済みなので。それにしても凄いです!」
プリアギルマスさんの興奮した声に笑みが浮かぶ。
それはそうだろう。
なんせ、村の守り神であるサーペントさんの上に乗って移動中なのだから。
「ありがとう」
サーペントさんにお礼を言うと、首をクイッと後ろに向けて目を細めて私を見る。
移動中なので前を向いてほしいけど、その表情は可愛い。
それにしても、サーペントさんに乗って移動する日がくるとは。
ベアスを狩った場所を目指して森を歩いていると、どこからかサーペントさんが会いに来た。
ただ、今日は用事があることを説明して謝ると、何を思ったのかサーペントさんが私の体をクイッと鼻先で持ち上げて背中に乗せてしまったのだ。
驚いて固まっている間に、ソラとスライムに変化したシエルが背中に乗った。
そして、サーペントさんがドルイドさんとプリアギルマスさんに視線を向けたので、乗って良いのか確認を取ってから2人も乗せてもらったのだ。
「まさか連れて行ってくれるなんて、アイビーさんといると凄い事が経験できますね」
プリアギルマスさんの言葉に苦笑が浮かぶ。
サーペントさんに乗れたのは、私じゃなくてシエルのおかげだと思うけどな。
「シエル、そろそろベアスがいた場所に着く?」
サーペントさんに乗って移動したけど、シエルは分かるかな?
シエルは周りを見て、プルプルと震える。
「この辺り?」
「……」
「もう少し先?」
「にゃうん」
もう少し先か。
それから少しすると、不意にシエルが鳴く。
その声にサーペントさんが止まった。
凄いな、おそらく予定していた半分の時間で目的地に到着できた。
「ありがとう」
サーペントさんにお礼を言って背中から降りる。
ドルイドさんとプリアギルマスさんもお礼を言って降りて周りを見回している。
「どの辺りか分かるのか?」
「えぇ、ベアスが以前よく集まっていた場所の1つです。あっ、あれ!」
プリアギルマスさんが指した方向を見ると木の幹に引っ掻いたような爪痕がある。
「これ、ベアスの爪痕で間違いないです。鋭い爪を隠し持っているので」
そうなんだ。
狩ってきたベアスを見たけど、爪に鋭さがあるようには見えなかったけどな。
「この場所だと、村から4時間から5時間。狩りの練習をするのと、冬の夜の過ごし方の練習にもなりそうです」
なんだか嬉しそう。
ギルドマスターの仕事の1つに、若い冒険者を育てるというのがあるらしい。
育てる理由は、死なせないため。
若い冒険者は少しぐらい無理をしても大丈夫と思うモノが多いそうだ。
でも森の中は、甘く見てよい場所ではない。
少しの油断がすぐに死を招く、そんな場所。
だから若い冒険者に経験を積ませるために、上位冒険者と一緒に出来るよう仕事を入れるそうだ。
ベテランの上位冒険者から知識を教えてもらえる仕事は、若い冒険者たちにはかなり人気らしく、今回のベアス討伐の仕事にも既に多くの冒険者が集まっていると、プリアギルマスさんが教えてくれた。
「上手くいくと良いな」
「えぇ、ただ冬なので天気だけが心配です」
ドルイドさんとプリアギルマスさんの会話を耳にしながら、周りを見渡す。
「いないか」
周辺を隈なく見るがベアスの姿はない。
さすがにサーペントさんやシエルがいる場所にベアスは近づかないよね。
動いているベアスを見たかったけど、仕方ないか。
「にゃうん?」
「ん? 動いているベアスをちょっと見たかったかなって思ってね」
「にっ!」
ん?
鳴き方が少し変わった事を不思議に思ってシエルを見ると、アダンダラに戻ったシエル。
私と視線が合うと、ひと鳴きして何処かに走って行ってしまった。
「えっ? シエル?」
「ぷっぷ~?」
ソラも不思議そうにシエルの走って行った方を見ている。
「行っちゃったね?」
「ぷっぷぷ」
あれ? そう言えばソルはどこへ行ったんだろう?
ずっとシエルの上に乗っていて、スライムに変化した後も器用にくっ付いていたよね?
「ソル?」
「ぺふっ」
えっ?
声が耳の近くで聞こえる。
慌てて自分の右肩を見ると、ちょこんと乗っているソル。
「いつの間に」
「ぺふふっ」
ちょっと胸を張ってるソル。
どうやら驚かせた事に喜んでいるらしい。
「もうっ。この、この」
指でツンツンと、ソルを突っつくとプルプルと楽しそうに揺れている。
まぁ、どこかに落としてきたかと焦ったから、ここにいてくれてよかったけど。
「どうした?」
ドルイドさんがプリアギルマスさんとの話が終わったのか、周りを見ながら近づいてきた。
「シエルは?」
「どこかに走って行ってしまいました」
「えっ?」
驚いた表情のドルイドさん。
まぁ、驚くよね。
森の奥に入った時は、ほとんどシエルは私たちから離れない。
きっと、安全を確保してくれるためだろう。
「どうしたんだ?」
そう言えば、私が生きたベアスが見られなくて残念って言っていた時だよね。
もしかしてベアス?
まさかね?
「なんかこっちに来ますね」
プリアギルマスさんが剣を抜きながら警戒態勢を取る。
やはりシエルの存在って大きいんだな。
ドルイドさんも剣を抜く。
「ふ~」
不意に私の背中に大きな影が出来て、頭上から威嚇音が聞こえた。
パッと後ろを振り返るとサーペントさんが大きく立ち上がり周りに威嚇をしている。
その威嚇と同時に、近付いていた気配が逃げていくのが分かった。
「なるほど、代わりがいたからシエルは何処かへ行ったのか」
「そうみたいですね。サーペントさん、ありがとう」
私の言葉にスッと顔を下げたサーペントさんは、鼻先を私のお腹にこすり付ける。
甘えているみたいで可愛い。
手で鼻先を撫でると、嬉しそうに目を細めた。
「サーペントさんって気配を消すのが上手だよね」
「ん?」
「魔物の気配が近づくまで、サーペントさんの気配がまったくしてなかったので」
今も威嚇した時よりかなり抑え込んだ気配になっている。
森の中で見つからないのは、気配を消すのが上手いからなのかもしれないな。
「ドルイドさん! その剣見せてもらえませんか? それって魔石ですよね?」
プリアギルマスさんがドルイドさんの持っている剣を凝視している。
どうやら、フレムが作った魔石が気になるようだ。
確かに、ちょっと凄い魔石だもんね。
「あ~、別にいいが、内密に頼む」
「もちろんです! って、やはりこれ相当レベルの高い魔石ですよね?」
興奮して魔石を見つめるプリアギルマスさん。
「たぶんな」
「たぶん?」
「あぁ、調べていないから」
「えっ。もったいないですよ。しっかりと調べたらこの剣の評価がぐっと上がって名前が売れるのに」
名前が売れる?
「いや、目立ちたくないから今のままでいいんだ」
「そうですか、残念です。この魔石どこの洞窟で手に入れたんですか? もしくは魔物のドロップですか?」
ドルイドさんが困った表情で私を見る。
プリアギルマスさんはフレムが魔石を復活させている事を知っているので、新しく魔石を作れることを知っても問題ないよね?
「その魔石はフレムが作った物なので、洞窟やドロップで手に入れたモノではないですよ」
私の言葉に魔石を見ていたプリアギルマスさんが、動きを止めてしまう。
そして、ばっと私に視線を向ける。
その視線を受けて、ちょっと引いてしまった。
なんで、そんな笑顔なの?