296話 気にしない
お茶を飲むとホッとした。
「大丈夫か? なんか顔色が悪いぞ」
「思いがけない事を聞いて、頭が混乱中です」
「別に深く考える必要はないだろう? ただ、自分の事を支持してくれる人がいるってだけだ。ファンを持っている冒険者も結構いるから、特別な事ではないし気にするな」
そうなんだけど。
プリアギルマスさんの中の私は、本当の私とはかけ離れている気がした。
そして、そう思っている人が他にもいるのかと考えるとちょっと怖いけど。
「まぁ、アイビーのファンは各村や町のトップ連中だということが、他の冒険者とは違うけどな」
「えっ? どういう事?」
「だって、アイビーの情報は秘匿だからトップ連中しか知らないだろう?」
あぁ、そうだった。
「だからアイビーのファンは、ある意味すごい連中だけということになるな」
「なにそれ、怖い! でも、私のファンという人たちが、プリアギルマスさんたち以外にいるとは限らないですよね」
「まぁ、そうだけど。だったら、オトルワ町のギルマスか団長に聞いてみたらどうだ?」
「何を?」
「アイビーの事を知りたがった人物がいるかどうか。知りたいということは注目しているということだろうから」
なるほど。
でも、注目している人がいると知ってしまったらファンがいると認める事になってしまう。
いや、ならないか。
ただ少し注目している人がいるって分かるだけだ。
「ギルマスや団長クラスなら、相手の様子や聞き方でファンかどうか見破れたりするからな。何人ぐらいファンがいるかわかるかもよ」
ギルマスさんたちってやっぱりすごいな。
話すだけで分かったりするのか。
オトルワ町のギルマスさんと団長さんか、確かに言葉が少なくても理解してくれて色々と助かったな。
ファンの人数まで分かる必要はないと思うけど。
「でもまぁ、功労者に名前を載せた事は正解だな。問題に巻き込まれても最悪な事にはならないだろうから」
「最悪な事ってなに?」
「何かに巻き込まれて罪をなすりつけられたとしても、功労者の1人だと分かれば調査は慎重になるんだよ」
「そうなんですか?」
あの一覧に名前が載るだけで?
そんなに変わるモノなの?
「そう、それに一覧に載っている人に連絡も行くだろうな。アイビーがどういう人物かを知るために」
「迷惑かけちゃいますね」
「というか、一覧に名前を載せると決めた人はそれを予想して載せたんだと思うぞ」
えっと、どういう意味?
予想して載せた?
「連絡が来れば、その事件か問題に関われるからな。そうすればアイビーがもし窮地に追いやられていたとしても、助けに行くことも出来るだろ?」
「はぁ、でも彼らも仕事がありますし」
急には無理があると思うけどな。
「たぶん、何かあったら駆けつけて助けてくれるよ。これまでのアイビーの話を聞いていたらそう感じる」
そうなのかな?
「アイビーも同じことしない?」
「えっ?」
「彼らが、事件か何かで追い詰められてたとしたら?」
ドルイドさんやラットルアさんたちが窮地に追いやられていたら?
「出来ることは少ないと思いますけど、すぐに向かうと思う」
「その気持ちと一緒だよ」
そうか。
ふふふ、嬉しい。
……あれ?
ファンの事で話していたのに、なんでこんな話になったんだっけ?
「どうしたの?」
「いえ、話がずれてしまっているなって思って」
「ん? あぁ、ファンか。まぁ特に問題にはならない存在だよ。プリアギルマスさんのように熱をあげる人はそれほどいないから」
彼だけとは言わないんだ。
まぁ、特に問題ないならいいか。
うん、冷静になれた。
「そうですね、今から色々想像しても無駄だろうし」
「そうそう。ただ、ファンがいる可能性だけ覚えていたらいいよ」
ファンがいると言う衝撃で頭が混乱して問題に感じてしまったけど、気にする必要ないんだ。
プリアギルマスさんみたいな人は珍しいみたいだし。
もしかしたらファンがいるのかもしれないけど、もう気にしない。
「ドルイドさんは誰かのファンですか?」
「俺? 俺はいないかな。あっ、そう言えばアイビーの保証人のオグト隊長殿には結構な数のファンがいたぞ」
「えっ! そうなの? 有名な冒険者だとは聞いたけど」
「あぁ、暴れリュウの討伐に成功したチームのリーダーだったんだよ。その事が若い冒険者には憧れになったんだろうな」
「うわ~。って、本当にすごい人に保証人になってもらってますよね」
暴れリュウの討伐か。
……仕事から逃げていた姿からは想像できないな。
「ハハハ、アイビー」
「はい?」
「気付いてないのか~」
「えっと、何ですか?」
「アイビーの知り合いのほとんどが、功労者の一覧に名前を載せているからな。ちなみにオグト隊長殿も載った事がある」
あっ、そうだ。
あの一覧に載っている人たちが、私の友人や知り合いだ。
しかもオグト隊長さんもなんだ。
「私の周りの人って凄い人ばかりですね」
「アイビーもそれに含まれているからな」
まったく実感ないけど。
「さて、そろそろ風呂に入って寝るか?」
「うん。あっ、ソルの問題が残ってましたね」
「あっ…………明日でいいかな?」
「そうだね」
なんだか今日は一日中色々と考えすぎて疲れた。
明日は、何だっけ。
プリアギルマスさんと森へ行って、一緒にベアスのいた場所まで行くんだよね。
あとソルのご飯のために捨て場へ行って。
「ふぁ~」
「眠そうだな」
「少し」
「お風呂では寝ないようにな。溺れるぞ」
って、注意を受けたのにちょっと寝てしまった。
一緒にお風呂に入っている人がいてよかった。
…………
「おはようございます!」
「……プリアギルマスさん、おはようございます」
「おはよう、えっと門の所で待ち合わせでしたよね?」
宿を出ると、門で待ち合わせしているはずのプリアギルマスさんがいた。
しかも、ものすごく笑顔だ。
ドルイドさんが顔を引き攣らせながら確認すると『はい』と頷く。
「すみません。シエル殿と一緒に過ごせるのかと思ったら、ワクワクしてしまって」
レア好きさんは、ピス副団長さんだけではなかったようだ。
門へ向かっていると、隣から鼻歌が聞こえたのでドルイドさんと笑ってしまった。
門番さんたちに挨拶して、森の中に入る。
森の奥へ進みながら、人の気配を探る。
昨日の話では冒険者がいる可能性がある。
「この辺りは、洞窟へ行く道とは少しずれているので大丈夫みたいですね」
洞窟へ行く方角から、多数の冒険者の気配を感じる。
ソラたちを出すのはもう少し離れた方がいいかな。
「そうですね」
「もう少し離れたらソラたちを出しますね」
「その方がいいだろうな」
気配を探りながら、大丈夫と思われる場所まで移動。
「お待たせ」
バッグの蓋を開けると、ソラたちが飛び出す。
シエルはバッグから出ると、すぐにアダンダラに戻り体を伸ばし始めた。
ソラもその隣で伸びをしている。
フレムは相変わらず鞄の中でお休み中。
ソルは、バッグからシエルの頭に向かってぴょんと跳んだ。
綺麗に着地すると、プルプルと体を揺らして喜んでいる。
「本当にすごい光景ですね」
プリアギルマスさんが3匹の様子を見つめて呟く。
「ですね。さて、ここにいても仕方無いので目的の場所へ向かいましょうか。シエル、案内はよろしくな」
「にゃうん」
ドルイドさんにシエルが嬉しそうに鳴くと、先頭を切って歩き出す。
昨日シエルに確認したところ、村から3、4時間森の奥へ行くとベアスのいた場所らしい。
ただ雪が積もっているので、もう少し時間がかかる可能性があるとドルイドさんが言っていた。
よし、頑張ってベアスに会いに行こう。
生きているベアスに会ってみたい。