294話 ファンって?
ドルイドさんが小さく息をついてお茶を飲む。
それをじっと見ていると、頭をポンと撫でられた。
「なんで笑ってたの?」
色々考えたけど分からない。
「いや、プリアギルマスの態度が面白くて」
「俺ですか?」
名前を呼ばれて驚いた表情のプリアギルマスさん。
確かに今日の彼は少しいつもと違うけど、笑うほどの事かな?
「隠しきれてないよ?」
「えっ? あっ!」
何?
何を隠すの?
私が2人を交互に見ていると、プリアギルマスさんの頬がスッと赤くなった。
「どうも、彼はアイビーのファンになったみたいだ。いや、元々ファンだったのかな?」
「はっ?………………ファン?」
ファンって何だっけ?
えっと確か特定の人物を支持する事だったかな。
プリアギルマスさんが私を?
「いや、それはないと思いますよ、ドルイドさん?」
「ん? そうか?」
「うん」
「でも、さっきからアイビーを見る目がキラキラしているし、態度も落ち着きなくふわふわしているし」
まぁ、確かにそうなんだけど。
でも、私のファン?
「元々、アイビーが潰すのを手伝った組織の事でかなり尊敬していたみたいだし、そこに洞窟や守り神の事やアダンダラの事が追加されたものだから、気持ちが溢れたって感じだろうな」
そう言ってドルイドさんがプリアギルマスさんを見ると、真っ赤になった顔があった。
まさかの当たりですか?
「あの、すみません。そんなに態度に出ていましたか?」
「いや、あれで隠していたと言われても」
「ははっ。初めて会った時の態度からは分からないと思いますが、アイビーさんの事はすごく尊敬していたんです。それがその、色々話すともっとすごい人だと分かって」
誰の話?
えっ、それは私ではないですよね?
「洞窟を見つけてくれるだけではなく、守り神に会える手助けをしてくれたり、アダンダラをテイムしていたり」
洞窟と守り神もたまたまだし、シエルの事は本当にテイムできているのか未だに不明だし。
え~、どうしてこうなったの?
ドルイドさんを見ると、苦笑している。
「昨日の夜、タブローと飲んでいたらアイビーさんの話になって。なんだかすごい人が近くにいるんだと改めて認識してしまったら、どうも態度に出てしまったみたいで。すみません。別にただファンなだけですので」
「はぁ」
えっと、顔が熱い。
きっと赤くなってるだろうな。
って、この雰囲気どうしたらいいの?
ドルイドさんを見ると、また笑っていた。
「ドルイドさん!」
「悪い。落ち着いて。プリアギルマスは話があったんですよね?」
「えぇ、はい」
「なら、そちらの話をしましょうか」
仕切り直すために、お茶を淹れ直して3人で飲む。
何だろう、疲れた。
プリアギルマスさんは話した事で完全に吹っ切れたのか、視線が……怖いです。
そんなすごい人間ではないのに。
「森へ一緒に行くのは問題ないよな、アイビー?」
「うん、それは問題ないです。でもシエルを借りたいってなんですか?」
シエルは物ではありません!
借りると言ういい方は嫌だな。
「あっ、すみません」
私の言い方に何かを感じたのか、プリアギルマスさんが小さく頭を下げた。
「昨日、洞窟を再確認して問題がなかったのでギルドで魔石採掘可能な洞窟として発表したんです」
そうだったんだ。
知らなかったな。
「で、今日はベアスを討伐した冒険者がいると発表しました」
冒険者ではないけど、内密にとお願いしたからね。
「それで冒険者たちが盛り上がったのは良かったのですが、少し不安を覚える冒険者がいて」
不安?
「洞窟の方はまだ大丈夫なのですが、ベアスを探すために無茶をしそうで」
「冬の時期には危険だな。天気の変化を見落として、吹雪にでも遭遇したら死ぬ可能性もある」
今日のように雪がチラチラ降るだけだったら問題ないけど、吹雪くと危ないらしい。
私は吹雪いた雪を見たことはないけど、ドルイドさんが言うには前後左右まったく分からなくなる事もあって、身動きが出来ず凍死する人もいるらしい。
だから、冬の時期に森へ行く場合は、天気の変化には注意をするようにと教えてもらった。
「はい。犯罪組織に加担していた上位と中位だった冒険者が少し抜けていて、初心者を手助けしてくれる冒険者が減っているのです」
またここでもあの組織か。
どこにでも影を落としているな。
「なるほどな。俺の町でも被害があったけどここもか?」
「はい。『ふぁっくす』で情報をもらった時、この村では丁度子供たちが数人消えていて大騒ぎになっていたところだったのです」
「えっ、そうだったのですか?」
ドルイドさんも私も、驚いてプリアギルマスさんを凝視する。
「そうなんです。その情報を元に裏切り者を捕まえて、子供たちを救出する事が出来たんですよ。アイビーさん、本当にありがとうございます」
「いえ、情報を組織の人たちから聞きだしたのは私ではないですし」
いや、そんな尊敬がこもった眼差しは慣れていないので止めてほしい。
「なるほど」
えっと、話がそれているよね。
「あの、それでどうしてシエルが必要なんですか?」
「えっ……あっ、そうでした」
いま、完全に忘れてました?
「ちょうどいいので、ベアスの狩りを初心者たちの勉強の場にしようかと思いまして」
勉強の場?
「冬の狩りの方法を、上位冒険者から実地で教えてもらえるようにするのか?」
「はい。そのつもりで準備をしているところです」
「なるほど、だからベアスのいる場所をある程度特定しておく必要があると」
「はい。ベアスが見つかったと言っても、おそらくまだ数は少ないのではないかと予想しています。絶滅したのではと言われていた魔物なので」
確かに、5年間姿を見せなかった魔物だもんね。
皆で狩ったら、本当に絶滅してしまうかもしれないのか。
「シエル、ベアスっていう魔物はまだ数が少ないの?」
「にゃうん」
「そっか。頑張って狩ったら絶滅してしまうぐらい?」
「にゃうん」
「プリアギルマスさんの言うとおり、大量に狩ると本当にいなくなってしまうみたいですね」
シエルからプリアギルマスさんに視線を向けると、キラキラした目で見られていた。
ドルイドさんが口元を手で覆っているが、肩が微かに揺れている。
笑っているの隠しきれていないですよ!
「シエル殿との意思疎通もしっかり出来るんですね。凄いですよね」
だからどうして殿なんだろう。
聞きたいけど、止めておこう。
何かを刺激しても悪いし。
「えっと、シエル。プリアギルマスさんをベアスのいた場所へ案内してもらえる?」
なんだかじっと見られていて、シエルと話がしづらい。
「にゃうん」
「いいみたいですよ。明日の昼頃は大丈夫ですか?」
「はい。時間は作りますから大丈夫です」
「ドルイドさんもいい?」
「あぁ、俺も大丈夫。それにしても冬の狩りの練習か……思い出したくもないな」
ん?
何か嫌な思い出でもあるのかな?
「何かあったのですか?」
プリアギルマスさんが訊くと、深い皺が眉間に刻まれる。
「もしかして師匠さんですか?」
「師匠?」
プリアギルマスさんが不思議そうに聞いてくる。
「ドルイドさんの師匠さんはちょっとその……楽しい人なので」
「いや、あれは楽しい人では済まない。人をからかうことを楽しみに生きている人だからな」
ドルイドさんの態度に何か思うことがあったのかプリアギルマスさんが苦笑いを見せた。
「前のギルマスみたいな人ですね。俺もあの人には色々されました」
ドルイドさんとプリアギルマスさんが2人同時にため息をついた。
いったい何を思い出したんだろう。