291話 安全な狩り
門を出て罠を仕掛けた場所へ向かう。
途中ソラたちをバッグから出すと、楽しそうに雪と戯れだした。
昨日の夜に降った雪は、お昼になっても融けることなくふくらはぎ辺りまで積もっている。
ドラさん曰く、これからどんどん雪は積もっていくらしい。
「このまま降り続けて積もっていくと、狩りが出来なくなるかもしれないな」
「どうして?」
「大量の雪で身動きが出来なくなることがあるから」
なるほど。
私の経験した雪は今ぐらいだから分からないけど、これ以上積もると大変なのか。
冬の狩りは諦めた方がいいのかな?
せっかく雪が降った時期にしか狩れない魔物がいるのに。
「まぁ、昨日ぐらいの雪の降り方だったら、まだ数日は罠を仕掛けられるだろうから頑張ろうな」
ドルイドさんの言葉に頷く。
「ソラ、シエル。罠を仕掛けたところまで行くよ~」
楽しそうに雪に埋もれているソラとシエルに声をかける。
今日はまだシエルはスライムの状態だ。
アダンダラになる気分ではないらしい。
フレムとソルは、バッグから出るのを拒否。
寒がりなのか、めんどくさいのか。
2匹とも後者だな、きっと。
「ジンジンしてる……」
罠を仕掛けた場所まで歩いていると、こけた。
雪が積もっていたため、根っこが飛び出している事に気付かなかった。
なので盛大にこけた。
あ~、掌が痛い。
「傷の状態はどうだ? まだ痛むか?」
「ポーションで傷は治ったから大丈夫。ただ衝撃で、ちょっとだけジンジンしているだけだから」
「そうか、ポーションではその症状はあまり抑えられないからな」
こけた時、とっさに手を前に出したのは良かったが、ついた場所が悪かった。
雪で見えなかったがそこにも根っこが飛び出していたのだ。
なので手袋が破れてしまい、掌にちょっと深めの傷を負った。
ポーションですぐに治ったのだが、衝撃が残りジンジンしている。
何度も手を開いたり閉じたりするが、なかなか消えない。
「もう1本ポーションを飲んでおくか?」
「大丈夫だよ、傷はもう綺麗に治っているから」
「だが、まだ痛いのだろう? これからは、ソラのポーションを少量持ち歩いた方がいいかもしれないな。あのポーションだったら衝撃の痺れも消してくれるかもしれない」
確かにソラのポーションだったらその効果がありそうだな。
「ドルイドさん。もう大丈夫だから」
彼を見ると、かなり心配そうに私の手をじっと見つめている。
そして、どこか申し訳なさそうな雰囲気。
「アイビー、やはり何かあった時のためにソラとフレムのポーションを小瓶に移して持ち歩こう。きっと役立つだろうから、な? そうしよう?」
「……そうだね。うん、それぞれ小瓶に1つずつ」
ドルイドさんが私の答えを聞いて、ホッとした表情を見せた。
やはり、彼は気にしているみたいだな。
私がこけた時、きっと助けてくれようとしたのだろう。
でも、使える腕には荷物があったから間に合わなくて。
少し茫然とした表情をしていた。
私としては、そんな事は気にする必要はない。
だいたい、こける私が悪いのだから。
でも、ドルイドさんの中ではまだ整理が出来ていないみたいだ。
「ドルイドさん、お父さん! ほらっ、早く行こう。罠の結果が早く知りたい!」
「……あぁ、そうだな。行くか」
戸惑った後、少し苦笑いして歩き出すドルイドさん。
私のお父さんは本当に心配性だ。
罠を仕掛けた場所に着くと、周りを見渡す。
仕掛けた場所は、木の根元などなるべく雪が積もりにくい場所をドルイドさんが選んでくれた。
それでも、やはり数個の罠が雪の下に埋もれてしまったようだ。
とりあえず近くの罠を確かめる。
「あっ! これですか?」
最初に見た罠に、真っ白な野兎に似た魔物が入っていた。
野兎との違いは色と口元に見える牙だろうか。
「あぁ、これだ、シウサと言われる小型の魔物だ。牙に気を付けろ。噛むから」
「うん」
シウサという魔物なのか。
それにしても、見た感じは本当に野兎だ。
耳の長さも、目の大きさも。
まぁ、野兎には牙はなかったけど。
とりあえず、失神させて袋に入れる。
慣れたな~。
全ての罠を確認すると、シウサが全部で6匹。
まぁまぁの成果だ。
ただ、ハツリという魔物はいなかった。
残念。
「なんだか久々に罠での狩りをしたけど、けっこう面白いな」
「久々なんですか?」
「あぁ、冒険者になった頃に先輩の冒険者に教わったぐらいだな。だから2、3回目か?」
そう言えば、冒険者たちはあまり罠を張った狩りはしないと聞いた。
どうしてだろう?
上手にできれば、とても手ごろな狩りなのに。
「どうして、罠を張った狩りはしないんですか?」
「ん~、たぶん昔は盛んだったと思うのだが、いつの間にか剣を使う狩りが主流になったな」
「そっか、冒険者の初心者だったら手軽にできる狩りだと思うのに」
「確かにそうだな。あ~、でも」
ドルイドさんが困った表情をする。
「今では師匠クラスでもない限り罠を詳しく知っている冒険者は少ないから。だから若い冒険者に教える人がいないな」
「えっ? そうなんだ」
教える人もいないのか。
でも、罠を張る狩りは初級というか、冒険者になりたての人たちにはかなりお薦めなんだけどな。
罠の張り方さえしっかりしておけば、獲物が向こうから勝手に掛かってくれるのだから。
「さて、解体を終わらせて村に戻ろうか?」
「そうだね。この時期の解体はちょっと大変だよね」
なんと言っても寒い。
川の水でお肉を洗うのだが、あれが一番つらい。
夏は嬉しい作業なのにな。
「俺は肉を洗うぐらいしか出来ないから、任せろ」
「一番辛い作業になっちゃうよ」
「大丈夫」
シエルに川まで案内してもらう。
そして2人で解体を始めるが、私は解体するだけで良いのでかなり楽だ。
「これでいいか?」
最後に洗ってもらったお肉を持ってきたドルイドさん。
「完璧」
バナの葉につつむと、マジックバッグに入れる。
これで今日のお仕事はお終い。
「さて、休憩したいが肉も売りたいし行こうか?」
「うん」
あっ、捨て場でソルのご飯。
また来ればいいかな?
「どうした?」
「ソルのご飯のために捨て場に行きたいけど、まずは肉屋ですよね?」
「えっ、いや……」
「ぺふっ、ぺふっ」
私の話を聞いていたのか、バッグからくぐもった声が聞こえる。
ちょっと不服そうな声で、でも小さいため愛嬌がある声。
なんとなく2人で笑ってしまう。
「ぺふっ、ぺふっ、ぺふっ」
余計に怒らせてしまったようだ。
「ごめんソル。肉を売ったら戻って来るからいい?」
「アイビー? 捨て場が先でもいいのではないか?」
えっ?
でもお肉……あっ、そうだ。
正規版のマジックバッグに入れたから、肉も腐らないんだった。
旅を始めた頃に「正規版でも肉は腐る」と聞いて、信じてしまって今も抜けないんだよね。
「ソルごめん。すっかり正規版のマジックバッグを使用していることを忘れてた」
「ぺ~」
ちょっと不満そうな声が聞こえる。
それにまた笑い出しそうになるが、何とか抑える。
ドルイドさんも口に手を当てて我慢している様子。
なんとか込み上げる笑みを抑えて、捨て場へ向かう。
「正規版だと楽ですよね」
「ん? マジックバッグの事か?」
「うん。今までは鮮度のために、解体したらすぐに肉屋に行っていたから」
「なるほど、時間停止は正規版にしかないと言われているからな」
肉の心配も無くなったし、捨て場へ行って食事をさせよう。
その間に、ソルのご飯の事について決めないとな。