280話 記憶との違い
村から出る時に、門番さんたちからかなり不思議そうな目で見られた。
よく考えてみれば、当然かもしれない。
ただの旅の冒険者2人が、ギルドのトップと自警団のトップと親しげに森へ出かけるのだから。
『大丈夫ですか?』と小声で聞かれたのがちょっと心配。
いったいどんな想像をして、あんな質問になったのだろう。
「この辺りなら大丈夫じゃないか?」
「うん。周りに人もいないし大丈夫そう」
ドルイドさんと私の会話を不思議そうに聞いている3人。
バッグを開けると、勢いよく3匹のスライムが飛び出した。
が、フレムが飛び出した先にピス副団長さんがいたため、勢いよく私の腕の中に戻ってきた。
かなり苦手意識が植え付けられてしまったようだ。
というか、フレムは随分と体力が上がったね。
今、初めて知ったよ。
3匹が出ていったバッグの中を、そっと窺う。
……いたね。
寝ているのか、小さな黒いスライムはじっとしている。
色々と気になる存在だけど、とりあえず起こさないようにそっと蓋をした。
「シエル、元に戻って良いよ」
3人、主にピス副団長さんに懇願されてアダンダラを元の姿にすることにした。
ただし、シエルが拒否した場合は無理ということになっている。
私の言葉にシエルの体がふわっと光に包まれて、アダンダラ本来の姿に戻る。
タブロー団長さんもプリアギルマスさんも興奮しているのが分かる。
ピス副団長さんは、ただ呆然とシエルを眺めている。
一番興奮するかと思ったけど、想像と違ったのかな?
「ピス副団長さん?」
「凄いな、冒険者の頃に、かなり遠かったが1度だけその姿を見たことがあるのだが。本当に目の前にいるんだよな? 綺麗な姿だ」
興奮より感動しているのが、その視線でわかる。
アダンダラって本当に珍しい魔物なんだな。
ドルイドさんの師匠さんも感動していたもんね。
「さて、まずは仕事を終わらせましょうか」
タブロー団長さんの言葉に、ピス副団長さんが大きくため息をつく。
気持ちを切り替えたのか、周りの森を確認しながら地図に場所の印をつけていく。
シエルを先頭に森の奥へ進む。
途中目印になるモノを確認しながら進むと、不意にドルイドさんが立ち止まった。
「どうしたの?」
私の質問に肩をすくめるドルイドさん。
「俺の記憶では、この辺りに洞窟があるはずだからさ」
周りには岩らしきものはまだ見えない。
やはり記憶が歪められているということなのだろう。
「にゃ~?」
「あぁ、悪い。大丈夫だから行こうか」
シエルの心配そうな声にドルイドさんが手を振る。
それからほぼ1時間歩いて見えてきた岩山。
そして中に入ることが出来なくなった崩れた入口と、少し離れた場所にぽっかり空いた入口。
記憶の中にある洞窟で間違いない。
「この場所はたしか、20年ほど前に入口が崩れて採掘が不可能になったと記録されているところですね」
プリアギルマスさんの言葉に少し違和感を覚える。
入口が崩れただけなら掘り起こせばいいと思うのだけど、どうしてそれをしないのだろう?
「あの、入口を掘り起こそうとは思わなかったんですか?」
崩れたモノをどかせばいいと思うのだけど。
そう言えば、最近入口が崩れたと言う場所も手を付けていない様子だったな。
「この岩山には不思議な力があるのです」
「力ですか?」
「えぇ。普通の洞窟は、崩れた入口を掘り起こして周りの岩を補強して、もう一度採掘をすればいいのですがこの岩山ではそれをしてしまうと魔石が消えてしまうのです」
「「えっ?」」
「原因は長年の研究でも分かっていません。分かっていることは、人の手で入口を作ると魔石が消えるということだけです。だから自然に任せるしかなくて」
プリアギルマスさんの答えに驚いて、岩山を見る。
どこにでもある、薄い茶色にところどころ混ざり込んでいる青色や緑色。
特に特別な印象を受けない、普通の岩山だ。
そう言えば、ドルイドさんはこの村に何度か来たことがあるって言ってたな。
「ドルイドさんは知ってたの?」
「いや、噂にもなっていなかったと思う」
ドルイドさんも知らなかったようだ。
「あっ、この情報は村の機密ですので内緒でお願いします」
って、プリアギルマスさん、そんな軽く言わないで下さい。
確かに私たちの方にも色々と秘密があるけれど。
「もう少し警戒をした方がいいと思いますよ」
ドルイドさんが、額を押さえて注意する。
それを見てプリアギルマスさんとタブロー団長さんが肩をすくめる。
「2人を見ていると、情報を隠しておく必要性を感じなくて」
いやいや、駄目でしょ。
ピス副団長さんもそう思っているのか、止める気配がない。
なんだか知らない間に、ものすごく信用を得ていたみたいだ。
でも、いったい何時、どこで信用をしてくれたのだろう?
「さて、中を確認しますか。あっ、その前にこれを必ず持っていてください」
タブロー団長さんが洞窟に近づこうとすると何かを思い出したのか、持っていたマジックバッグから青に白い線の入った魔石を5個取り出した。
「これを持って、洞窟に入ります」
綺麗な魔石だな。
でも、どんな意味があるのだろうか?
「アイビー、これは魔法陣から身を守る魔石だ。しっかり持って、けして手から離すな」
ドルイドさんの真剣な声に、掌に乗せて見ていた魔石をぐっと握り込む。
そして彼を見て1回頷く。
絶対に離さない。
「俺から入るので、アイビーさんたちはその後にお願いします。プリアとピスは後ろを頼む」
そうだ、シエルたちはどうしよう?
身を守る魔石は5個みたいだし。
一緒に中に入ってほしいけど、ドルイドさんの話だと魔物も影響を受けることがあると言っていた。
となると、外もしくは入口辺りにいてくれた方が安全だよね。
「シエル、ソラ、フレム。魔法陣に影響を受ける可能性があるから、ここで待ってて」
「…………ぷっぷぷ~」
「…………にゃうん」
「…………てっりゅりゅ~」
返事にちょっと間があったけど、とりあえず納得してくれたかな。
3匹に手を振って洞窟の中に入る。
タブロー団長さんが、灯りのアイテムで洞窟内を照らしてくれているのでよく見える。
「あれ?」
「どうした?」
私のちいさな疑問の声を、ドルイドさんが訊ねてくれる。
「さっきはアイテムを使わなくても、洞窟内を見渡せたと思うのだけど」
「ん? ……確かにバッグから出した記憶がないが。自分の記憶に不安があるからな」
たしかに覚えていない可能性もあるから絶対と言えない、でも使ってないと思うんだよね。
タブロー団長さんが、洞窟の奥へ進む。
もう少ししたら広い場所に出て、魔法陣が視界に入るはず。
「これか!」
広い空間に出たタブロー団長さんが、魔法陣を見つけたようで叫ぶ。
ピス副団長さんもプリアギルマスさんも、慌てて魔法陣を確認している。
どうやらサーペントさんは、言っていた通り場所を移動したようだ。
先ほどはサーペントさんが真上にいて全貌が見えなかったが、今は広い空間の地面に施された魔法陣を見ることが出来た。
「全貌が見えたが、何とも不気味な印象だな」
ドルイドさんの言葉に頷く。
灰色の魔力は溢れていないが、何とも禍々しい印象を与える魔法陣がそこにあった。