279話 ゆるい話し合い
「何度もすみません」
ピス副団長が落ち着いた声で頭を下げる。
話を聞けば、彼は20代の頃レアな魔物専門の冒険者だったようだ。
意味が分からず首を傾げると、テイマーの依頼でレアな魔物を探し捕縛する専門の冒険者のことらしい。
専門の冒険者がいたことに驚いた。
「レアな魔物って捕まえる事が出来るのですか?」
「自分より弱い魔物なら問題ありませんね。ただ、アダンダラのような伝説の魔物は絶対に無理です。殺されます。それにレアな魔物専門と言ってましたが、普通は通常のスライムや小型の魔物を捕まえていました。レアは報酬が良いですが、簡単にはお目にかかれませんから」
「なんだかすごい仕事ですね」
「いや、レアを3匹も引きつれているアイビーさんに言われても……それに元々レアが好きで、それを追いかけたくて仕事にしたようなモノなので」
ピス副団長はちらりと、私の膝の上にいるソラたちを見る。
暴走したピス副団長さんが不気……怖かったのか、皆は私とドルイドさんの傍にいる。
「ピス、そろそろいいか?」
「はい」
タブロー団長さんの声に、肩を落とすピス副団長さん。
本当にレアの魔物が好きなんだな。
「どこまで聞いたかな?」
話が脱線しすぎたのか、タブロー団長さんの質問に全員が少し沈黙してしまった。
「たしか、プリアギルマスさんが洞窟の場所を聞いただけではないでしょうか?」
私の答えに、それぞれが納得という表情を見せた。
何だろう、この緩みきった話し合い。
さっきまでもっと緊張感があったのに。
「まだそこでしたね。えっと、そうですね確認したい事が数点あります。巨大なサーペントということですが村の守り神で間違いないですか?」
タブロー団長の言葉にサーペントさんを思い出すが、たぶんとしか言いようがない。
その理由は私もドルイドさんも噂で村の守り神を聞いたことしかなく、本物なのか確かめようがないからだ。
「本物なのか確認するすべがないので間違いないとは言えません。ですがこのサーペントには数回会っていますが、かなり知能が高いと思います」
こちらの話をしっかり理解してくれていたから、知能は高いかな。
「数回! そんなに?」
タブロー団長さんが、ちょっと腰を浮かせて前のめりになった。
「えぇ、最初はこの村に来る途中で会いました」
そう、サーペントさんの子供たち黒の球体もいたよね。
あっ、そうだ。
洞窟には黒の球体たちもいっぱいいたはず。
うん、確かにいた。
「守り神に会った事がある冒険者なんて、この村にはほとんどいません。それが数回も……」
ピス副団長さんが、私たちを羨ましそうに見つめる。
いやそんな顔をされても……。
そう言えば、ギルドにいた冒険者の人たちも会ったことが無いような事を言っていたな。
あれ?
ほとんどの人が見たことがない守り神を、どうやって本物かどうか確認するのだろう?
「では洞窟で、残った痕跡から本物かどうか確認する必要があるな」
「そうですね。洞窟内では痕跡は消えにくいが、それでも数日で消えてしまうので急ぎましょう」
タブロー団長さんとピス副団長さんの会話から確認方法があることを知る。
でも、それで本物と確認できるの?
巨大なサーペントさんが2匹いたら、分からないと思うけど。
それとも本物は何か特別な痕が残るとか?
「あと、記憶についてですが。記憶はどれくらい無くなっているのですか?」
タブロー団長さんは少し心配そうに訊いてくる。
「正直なところ分かりません。あと、記憶が歪められたのか、おかしなところが多々あります」
「たとえばどんな事でしょうか?」
ピス副団長さんの言葉に、ドルイドさんは何かを考え込む。
「そうですね……洞窟までの距離ですが、今考えても俺は30分だと認識しています。でもアイビーは1時間半ぐらいだと言っています。一緒に行動していたのに、この時間のずれはあり得ません。なので記憶が何らかの力によっておかしくなっていると思います」
確かに1時間のずれはないよね。
ずっと一緒に行動していたのだから。
「生活に困る可能性がありますね」
プリアギルマスさんの言葉にドルイドさんは首を横に振る。
「いえ、そこまでひどくはないと思います。なので大丈夫です」
どこまで忘れているのか分からないけど、なんとなく大丈夫という気がするんだよね。
あの時、シエルはすぐにあの灰色の魔力を吹き飛ばしてくれたし。
「分かりました。魔法陣での記憶の歪みや消去はどうする事も出来ないので、泊まっている宿の店主にだけはこちらから事情を説明して何かあれば連絡してもらうようにしておきます」
「ありがとうございます」
タブロー団長さんに向かって、ドルイドさんが頭を下げるので一緒に下げる。
宿の事で何か忘れていても、これで大丈夫かな。
「あとは、灰色の魔力?」
プリアギルマスさんが首を傾げる。
「それについては俺たちも全く分かりません」
ドルイドさんの答えに、3人が頷く。
「魔法陣に関しては洞窟に行って確かめるしかないな。ピスどう思う?」
「自分たちの目で確かめるのが一番だろう。それと、洞窟には最低限の人数で行くことになるからな」
タブロー団長さんとピス副団長さんはこの後洞窟へ向かうようだ。
「申し訳ないが、一緒に来てもらえますか?」
ピス副団長さんの問いにドルイドさんが頷く。
記憶に作用する魔法陣がある以上、急いだ方がいいのはわかる。
「アイビーさんも大丈夫ですか?」
私が頷くと、タブロー団長さんが嬉しそうに笑う。
「アイビーさんと、一緒に仕事が出来るなんて光栄です」
ん?
どういう事だろう?
なんか今、おかしな言葉が聞こえた気がするけど。
「あと、先ほど魔石を作ったと言っていましたが、それはどういうことでしょうか?」
ピス副団長さんの質問に、タブロー団長さんが困った表情を見せる。
彼は魔石を復活させるフレムを知っているので、作ったのもフレムだと気付いたみたいだ。
そしてどう説明しようか迷っている様子。
でも、これについては私が洩らしたのでタブロー団長さんが気にする必要はない。
「あの、私がテイムしているフレムの力です」
「スライムは消化が出来るだけではないんですか?」
プリアギルマスさんが、驚いた表情でフレムを凝視する。
確かに一般的なスライムは、ゴミを処理する生活に密着したスライムが多い。
レアスライムでも、何かを誕生させたと言う情報は一切見つからなかった。
だから私の説明に、少し困惑の表情を見せた。
「プリア、ピス。俺がここ最近渡している赤の魔石の提供者がこのお2人だ」
「「えっ!」」
2人が驚いた表情でフレムを凝視する。
しかもピス副団長さんは、手の動きがおかしい。
それに気が付いたのか、フレムがそっとドルイドさんの後ろに隠れる。
「ピス、その手を止めろ! 怖がられているだろうが!」
タブロー団長さんがピス副団長さんの手を叩く。
彼は自分の手を見て苦笑いをする。
もしかして無意識だったのだろうか?
「すみません。とりあえず洞窟に案内していただけますか?」
タブロー団長さんが深く頭を下げた。
「はい。アイビー、足は大丈夫か?」
「大丈夫です」
魔法陣とか記憶の消去とか緊迫した話し合いを予想して緊張していたのに、ピス副団長の暴走で終始なんともゆるい話し合いだったな。
もしかしてピス副団長さん、ワザとそうしたのかな?
「てっりゅ!」
フレムの声に視線を向けると、ピス副団長さんが間近でフレムを凝視している。
フレムはどう見ても引いている。
「ピス! 準備!」
タブロー団長さんが、ピス副団長さんの腕を引っ張って部屋を出て行く。
本当にただの暴走だったようだ。