273話 洞窟の奥
「アイビー、まだ奥があるみたいだ」
ドルイドさんの視線を追うと、確かに奥に洞窟は続いている。
しかも微かな灯りが見える。
「人がいるのか?」
ドルイドさんの言葉に急いで気配を探るが、人の気配はない。
でもこれは、知っている気配だ。
誰だったかな……。
「あっ、サーペントさんの気配だこれ!」
「サーペント? 行ってみようか」
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
私が答える前に、ソラとシエルが嬉しそうに奥へ行ってしまう。
それに慌ててドルイドさんと後を追う。
「ソラ、シエル、ゆっくり」
洞窟なので足元が悪く、急いでいてもそれほど速く進めない。
しかも腕の中にはフレムがいる。
こけたりしたら、フレムまで怪我をしてしまうかもしれない。
ドキドキしながら、奥へと進んでいると不意に腕の中からフレムの重さが消える。
「えっ?」
「危ないから、俺が持つよ。フレムも俺でいいか?」
右横を見ると、フレムを抱き上げているドルイドさん。
「てっりゅりゅ~」
どうやら、自分で思っている以上に危うく見えたらしい。
「ありがとう」
お礼を言うと、頭をポンと撫でられた。
2匹を追って、奥へ進むと先ほどの場所より広い空間に出る。
「うわっ」
目の前には横たわったサーペントさん。
意識がないのかピクリとも動きがない。
死んでいるのかな?
不安になって近づこうとすると、
「ぷ~」
「ソラ?」
「どうした?」
ソラが大きな声を出して、私とドルイドさんの足元を交互に飛び跳ねる。
これは、これ以上進むと危ないと言うソラの警告だ。
1人で旅をしている時には、これに何度も助けられてきた。
「近付いたら危ないって事だよね?」
「えっ?」
「ぷっぷぷ~」
正解だったようで、ソラが嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる。
「ありがとう、ソラ。ドルイドさん、近付くのは危ないみたいです」
「凄いな。ソラ、ありがとな」
「ぷっぷぷ~」
ドルイドさんがしゃがみ込んでソラの頭を撫でると、嬉しそうにプルプルと揺れた。
「しかし、なんでこんなところにいるんだ? もしかしてあの穴を開けたのは、このサーペントか?」
ドルイドさんが立ち上がって、ある程度距離を開けた状態でサーペントさんを確認している。
体に触れば温かさを診ることが出来るが、それが出来ない以上声をかけるぐらいしかできない。
「サーペントさん! サーペントさん!」
私の声が洞窟内に響き渡る。
だが、やはり動かない。
死んでしまったのだろうか?
「アイビー、顔の下の部分! 動いてる」
ドルイドさんが指す方向を見ると、確かに上下に動いている。
「生きてる?」
「あぁ、安定した呼吸だから大丈夫だろう」
「よかった」
「しかし、なんで目が覚めないんだ?」
確かにこんなに近くから声をかけているのに、目覚める気配がない。
サーペントさんに何が起こっているのだろう。
「ん?」
ドルイドさんが、今来た道を振り返っている。
「しまった。雨が降り出したかもしれない」
「えっ?」
急いで洞窟の入り口まで行くと、パタパタパタと雨の降る音が聞こえた。
しかも音が大きいので大粒の雨のようだ。
ひゅ~っと入ってくる風は、先ほどとは比べられないほど冷たい。
「ここは冷えるな、奥へ行こう」
「うん」
サーペントさんがいる場所は、洞窟の奥なので寒さは凌げるはずだ。
雨が降り続かなければ、大丈夫だろう。
雨が降り続けた場合は、無理をしてでも村に戻る必要がある。
あの冷たい雨に当たるのかと考えると、体がブルリと震えた。
「焦っても仕方ないし、ちょっとお茶でも飲んで休憩しようか」
「うん、そうしよう」
とりあえず気持ちを落ち着けよう。
安定した場所を見つけてコップを用意する。
鍋に出した水を赤い魔石でお湯に変える。
私の魔力量は少なすぎて魔石を発動させられないので、ドルイドさんにしてもらわなければならないのが残念なところだ。
いつか魔力量、増えないかな?
お湯にお茶の葉を入れて少し置いて、茶こしで茶葉を濾したら完成。
「ドルイドさん、どうぞ」
「ありがとう」
「どうでした?」
お茶を淹れている間に、ドルイドさんがサーペントさんの全体を確認していたのだ。
「これといって異常は見られなかった、怪我もしていない様子だしな」
怪我はないのか、それは良かった。
ただ目が覚めない事だけが不安だ。
なんとなく嫌な予感もするしな。
「サーペントさんの状態からどんな事が考えられるの?」
「そうだな、怪我ではなく病気。もしくは誰かに眠らされている可能性も考えられるかな」
眠らされている?
なんだか怖いなそれは。
不安に感じた気持ちを、ゆっくりお茶を飲む事で落ち着かせる。
「ん? 病気はおかしくないですか?」
「そうなんだよな。病気だったらソラが近づくのを止めた理由が分からない。もしかしたら触ったら病気が移ると言いたいのかもしれないが、フレムがいるからな。フレムのポーションで治せない病気なんてあるとは思えないし」
ということは、誰かの力によって眠らされてしまった可能性が高いということになるのかな?
サーペントさんほどの魔力を持った魔物を眠らせる力を持った冒険者?
でも、誰も近づけないようにしている意味が分からない。
それとも、術を掛けた人は近づけるのかな?
「ドルイドさん、サーペントさんを眠らせた人だけが近づけるような魔法ってありますか?」
「ん? あぁ、なるほど。確かにあるが、あれは魔法陣が必要な魔法だったはずだ」
魔法陣?
サーペントさんの周りを見るが、地面に魔法陣など見つけられない。
体が大きいからサーペントさんの下にある可能性もあるのかな?
「サーペントさんで、魔法陣が見えないということはある?」
「いや、それはない。魔法陣は魔法を掛けたいモノより大きい必要があるから」
そうか。
だったら隠れてしまう事はない。
もう一度、サーペントさんの周りをじっと見るが魔法陣らしき物は見つけられない。
「原因が分からないですね」
「あぁ、誰かに相談したいが……」
サーペントさんはこの村の守り神だ、おそらく。
だが、もし間違っていたら狩られてしまう可能性がある。
守り神だったら、それはそれで大変だろうけど。
「どうするかな」
ドルイドさんも困惑した表情で考え込んでいる。
「ぷっぷぷ~」
ソラの鳴き声がした方向を見ると、黒の球体と遊んでいるソラとフレム。
仲良しだな。
あれ?
シエルがいないことに気付いて、洞窟内を見回す。
すると、サーペントさんの顔の前にいた。
「……シエル?」
「あれ?」
ドルイドさんも気付いたのか、シエルをじっと見ている。
「近づきすぎですよね?」
「あぁ」
シエルがサーペントさんの鼻に鼻をチョンとつけたのが見えた。
次の瞬間、ふわりと不気味な魔力が地面から噴き出す。
「シエル!」
魔力が噴き出した瞬間、シエルはばっと後ろに飛ぶ。
紙一重で、あの不気味な魔力に巻き込まれずに済んだようだ。
「よかった」
でも、なんなんだろう。
この魔力、触れてもいないのに肌がピリピリと痛くなる。