271話 昔もあった
ドルイドさんがファックスを依頼している間、ギルドの中を歩き回りながら情報を集める。
何気なく冒険者たちに近寄って、必要な情報があるか聞き耳を立てる方法。
町の中でもこの方法で情報を集めるのだが、ギルドは冒険者が集まる場所なので緊張する。
最初は悪い事をしているような気がした。
でも、旅をするなら重要な事なので今では慣れてしまった。
ドルイドさんが一緒の今は、冒険者に話しかけて情報を集めたらいいのだが、なんとなく昔からの方法を取ってしまう。
5人の冒険者たちが話している近くで1度足を止める。
もちろん気付かれないように、周りの様子を探りながら。
「なぁ、この雨おかしいよな」
「あぁ、もう雪になってもいい状態だ」
「なんだか不気味だな」
「そうだな」
ドルイドさんが先ほど言っていた事と一緒だ。
やはり何かがおかしいのか。
私の住んでいた村では、真冬に1週間ぐらい雪が積もる程度だから気付かなかった。
「そう言えば、俺の婆さんが昔もこんな事があったとか言っていたな」
「それ本当か?」
「あぁ、かなり被害が出たらしくて今年も同じようになるんじゃないかって心配していたよ」
「俺の爺ちゃんもそんな事を言っていた。何なんだろうな?」
昔も似たような事があったのか。
これはこの村に住む人に確認を取った方がいいかもしれない。
こちらに近づくドルイドさんの気配に、冒険者たちから離れる。
「悪い、時間がかかった」
「大丈夫。ドルイドさんにちょっと相談することが出来たのだけど」
「相談?」
「うん。外で話していい?」
「あぁ」
盗み聞きしていたのがばれたら、怒る人がいるから気を付ける必要がある。
もう少し大きくなる前に、情報を集める方法を変えないと駄目だよね。
冒険者に話しかけるのって、緊張するな~。
ギルドから出ると、先ほどよりどんよりした雲が空を覆っていた。
もしかしたらまた雨が降るかもしれないな。
「若い冒険者の人たちが、この雨がおかしいと言ってたよ。雪に変わる筈なのにって」
「そうか」
「それと昔似たような事があったみたい」
「えっ?」
ドルイドさんの驚いた表情に、頷いて答える。
「その人たちのお婆さんとお爺さんが、昔経験したみたい。その時、被害が多く出たらしくて今年も心配していると話してた」
私の言葉に何かを考え込むドルイドさん。
おそらく誰に情報を確認するべきか考えているのだろう。
「やっぱりローズさんだろうな。年齢的にも彼女が一番詳しそうだ。サリファさんとドラさんは俺とそれほど変わらない年齢だろうから」
「これから行くから、聞いてみる?」
「そうだな」
魔石以外の目的が出来たので少し早足でローズさんのお店に向かう。
まだお店にいてくれるかな?
お店に着くと、ドルイドさんが軽く扉を叩く。
「すみません、ドルイドです」
「…………」
しばらく待つが返答がない。
駄目かな?
「おや? ドルイドさんとアイビーじゃないか」
後ろから声が掛かり振り向くと、デロースさんが袋を抱えて立っていた。
「すみません、ローズさんはいますか?」
「ローズなら家にいると思うけど、ちょっと待ってね」
デロースさんが鍵を開けて中へ招いてくれる。
お礼を言ってから店に入る。
「ローズ! いないのか?」
「…………なんだい。珍しいね、帰ってすぐにそんな声を出すなんて。んっ? どうしたんだい?」
ローズさんがめんどくさそうに店に顔を出すが、私たちの顔を見るとどこか心配する表情になった。
「すみません、復活した魔石を預かって欲しいのと、少し過去の話を聞きたくて来ました」
ドルイドさんの話にホッとした表情をした後、首を傾げる。
「魔石? 朝貰っただろう?」
「そうなんですが、フレムが捨て場でいっぱい復活させてくれたので持ってきたんです」
私の言葉に驚いた表情をしたローズさんは、すぐにフレムの心配をしてくれた。
「大丈夫ですよ、魔石を復活させる方が元気になるみたいで」
「そうなのかい? 何とも不思議な事があるんだね」
確かにその通りなので、笑って誤魔化しておく。
説明が出来ない事はどうしようもない。
「それで、過去の話とはなんだい?」
「ローズ、まずは温かいお茶でも飲んでゆっくりしてもらおう」
デロースさんの声にハッとしたローズさんは、すぐさま椅子を勧めてくれた。
「すみません」
「かまわないよ、ローズは話を聞いてあげな。お茶は俺がいれるから」
「すまないね、ありがとう」
デロースさんがお茶の用意をしに行くと、ローズさんが私たちの向かいの椅子に座る。
「ローズさんはこの冬の状態をどう感じていますか?」
「状態? あぁ、雪が降らない事かい?」
「はい」
ローズさんが大きなため息を1つついて、『異常だね』と言った。
「どれぐらい昔なのかは不明なのですが、似たような冬があったと聞きました。ご存じですか?」
「ん? 似たような冬?」
ローズさんは不思議そうに首を傾げる。
情報が間違っていたのだろうか?
「あっ! そうだよ、ドルイドさんの言うとおり。確かにこの状態、似ているね」
良かった、情報は間違っていなかったみたいだ。
ローズさんは何かを思い出したのか、少し顔を歪めた。
「本当に似ているね。というかそっくりだ、50年前と」
ちょうどその時、デロースさんがお茶を持って戻ってきた。
いただいたお茶を口に含むと、体の中からじんわりと温かくなる。
「デロースも覚えているだろう?」
「ん? 50年前?」
デロースさんは急な話に少し驚くが、何か思い出したようで深く頷く。
「そう言えば、そうだね。この異常な寒さにスノーの発見。そして雨」
雨だけではなく、スノーの発見も50年前と似ているのか。
「50年前に何があったんですか?」
「何ということはないさ。ただ、異常な寒さの中雨が降り続けてね」
デロースさんの表情が悲しげに歪む。
「あの時は今回のように準備もされてなかったから、村に住む半数以上が凍え死んだんだよ」
半数以上が!
それは。
「そうだったんですか。この村の冬は、どんな感じですか?」
「他の村で冬を越したことがあるが、変わらないね。寒くなって1ヶ月ぐらい雪が降って春が来る。こんな感じだよ。あの50年前だけが異常なんだよ」
50年前だけが異常で、今年も異常。
それより前は異常な冬はなかったのかな?
「その50年前ですが、その時家族や周りの人たちが昔も似たような事があったとか話していませんでしたか?」
「どうだったかな? デロースはどうだい?」
「そうだね。私はあの時まだ6歳だったからね」
「そうか、私は11歳だからデロースより覚えていることは多いはずだが、そんな話は聞いたことないね」
ということは、繰り返されている異常ではないのかな。
「雨が降りそうだね」
4人で窓の外を見る。
先ほどより暗くなっている村。
「降られる前に帰ろうか」
「うん、ローズさん、デロースさんありがとうございます」
「こちらこそ、魔石ありがとうね」
ローズさんの店を出ると、先ほどより風が冷たい気がしてぶるりと震える。
「急ごう、寒すぎる」
「うん」
ドルイドさんが私の手を握って、走りだす。
少し引っ張られる状態で宿まで戻ると、ドラさんたちが心配していた。
今日の夜の外出禁止が、両ギルドから発表されたらしい。
なんとか、間に合ってよかった。