268話 その表情で十分
「ぷっぷぷ~」
ん?
ソラの声?
「にゃうん」
シエルだ。
あれ、もしかして寝過ごしちゃった?
慌てて目を開けて周りを見る。
えっと、窓から入る光の具合から考えて寝坊はしてないな。
良かった。
「ソラ、シエル、フレム。おはよう」
ベッドの上で起き上がり腕を上に伸ばす。
う~ん、気持ちいい。
あっ、昨日はドルイドさんが帰ってくる前に寝てしまったんだった。
帰ってきてるかな?
隣のベッドを見ると……俯せで寝ている姿が目に入る。
「アハハ、飲み過ぎましたって感じだな」
いつもきっちり靴を脱いで仰向けに寝るドルイドさんが、靴を履いたまま俯せ状態。
ベッドに辿り着いてそのまま前にバタンという感じかな?
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
ソラとシエルが、ドルイドさんのベッドに飛び乗った。
「まだ寝ているから、静かにね」
もしかしたら二日酔いになっている可能性もあるだろうし。
「てっりゅりゅ~」
フレムがベッドの下からドルイドさんが寝ているベッドを見上げている。
ベッドに乗りたいのかな?
ベッドから出てフレムの元へ行こうとすると、それよりも早くシエルがフレムに近づく。
そしてシエルはフレムを自分の上に乗せると、ぴょんとベッドに飛び乗った。
「うわ~、シエル凄い!」
フレムも楽しかったのかシエルの上で喜んでいる。
「ん?」
あっ、しまった寝ているドルイドさんの周りで騒ぎ過ぎた。
急いで3匹に『しー』と合図を送るが、どうやら起きてしまったみたいだ。
「えっと? アイビー?」
うつ伏せの状態から起き上がるドルイドさんは眉間にしわを寄せた。
やはり二日酔いなのかな?
そう言えば、二日酔いに良い薬草を持っていたはず。
あれは冷たい水に入れて飲んでも、効果があると聞いたから試してみようかな。
ベッドから離れて薬草を入れたバッグの中から目的の薬草を出す。
水を出すお鍋を左右に少し振って鍋に水を満たす、コップに水を移して薬草を浮かべる。
「これでいいのかな?」
やったことがないので、薬草の量が分からない。
とりあえずコップ1杯にスプーン1杯を入れてみたんだけど、入れる分量も聞いておけばよかった。
「ドルイドさん、飲めますか」
「あぁ、悪い。って、大量だな」
あれ?
入れ過ぎたのかな?
コップの中身に気付いたドルイドさんの顔が引きつった。
「もしかして、薬草を入れ過ぎました?」
「あぁ、一つまみぐらいでいいかな」
なるほど、だからこんな不気味な色になっているのか。
コップの中身を見る、透明だった水は薬草の色に染まり正直不気味な緑色なのだ。
私だったら飲みたくない。
「作り直しますね」
「ごめん、さすがにちょっと無理かな。それ、すごい味がするから」
凄い味が気になるけど、まずは作り直そう。
新しいコップに水と一つまみの薬草を入れてドルイドさんに持っていく。
「ドルイドさん、どうぞ」
「ありがとう」
飲んでいるのを確かめてから、先ほどの使ったコップを洗うために部屋を出て調理場へ向かう。
凄い味か、ちょっとどんな味なのか確かめてみたいな。
指を付けてひと舐めしてみる。
「ぐっ」
止めておけばよかった。
何とも言えない複雑な苦みとえぐみと渋み。
これって一つまみでも結構つらいかも。
ドルイドさん、これよりマシとは言ってもコップ1杯分、よく飲めるな。
「あっ!」
ん?
驚いたような声が後ろから聞こえたので振り返ると、タブロー団長さん。
どうして彼がここにいるのだろう。
というか、頭を押さえているって事は二日酔い?
「二日酔いですか?」
「ハハハ、そうみたいです」
「二日酔いに効く薬草の入った水、飲みますか?」
「えっと、良いのかな?」
「もちろんです。ここで待っててください。今すぐ作って持ってきます」
「ごめん、ありがとう」
急いで部屋に戻り、先ほどドルイドさんに渡した薬草水を作る。
零れないように少し早歩き程度で、タブロー団長さんの元に戻った。
「どうぞ」
「ありがとう」
あっ、さっきのコップを洗わないと。
コップ1個なのですぐに終わって、タブロー団長さんのもとへ行く。
「飲めましたか? コップを下さい」
「ふ~。あの」
「はい?」
「ドルイドさんは部屋ですか?」
ドルイドさん?
もしかして昨日は一緒に飲んでいたのかな?
「部屋にいますが、呼んできましょうか?」
「あっ、いや。昨日途中から意識がなくて、おそらくものすごく迷惑を掛けてしまったと思うんです。それでお詫びを」
「分かりました呼んできますね。でも、団長さん、飲み過ぎは駄目ですよ」
「あっ、はい。気を付けます」
とりあえず、ドルイドさんを呼んで来よう。
部屋に戻ると顔を洗ったのか幾分スッキリしたドルイドさんは、ソラたちの朝ごはんを用意してくれていた。
「ドルイドさん、ありがとう。2階の調理場前でタブロー団長さんが呼んでるよ」
「あぁ、そう言えば。昨日飲んでいたら彼がきて、少し話しながら飲んだんだ」
楽しそうな表情をしているので、良い時間を過ごせたのかな?
3匹に声をかけて、部屋を2人で出る。
そろそろ朝食の時間だ。
「おはようございます。疲れは取れましたか? というか、記憶はちゃんとありますか?」
「おはようございます。記憶はあります。ご迷惑を掛けてしまってすみません」
「気にしなくていいですよ。疲れが溜まっていたのだから仕方ないです。そうだ、アイビーに直接言ったらどうですか?」
私?
タブロー団長さんが何を言うんだろう。
えっと、ん~?
もしかして魔石のことかな。
それだったらフレム次第だから、私ではどうする事も出来ないな。
「ごめんなさい。あれはまだないです。でも復活した物が出来たら、すぐにローズさんに渡しておきますね」
「「えっ?」」
あれ、違うの?
小さな声で『魔石』というと、2人に首を横に振られた。
違ったのか、だったら何だろう?
首をかしげると、ドルイドさんが嬉しそうに頭を撫でる。
「な、優しい子だろ?」
「はい」
え~、2人だけで納得しないでほしいけど。
ドルイドさんとタブロー団長さんの顔を見比べる。
どうやらかなり打ち解けたようで良い表情だ。
まぁ、2人ともちょっと寝不足で隈が出来ているけど。
いや、タブロー団長さんの隈は1日や2日分ではないような気がする。
忙しかったんだろうな。
「アイビーさん」
「はい」
「ありがとう」
何だろう。
魔石のことだけにしては少し違和感を覚える。
でも、魔石以外の事は何もしてないし。
じっとタブロー団長さんを見る。
……いい表情になったな。
うん、今のタブロー団長さんの顔を見ていると、大丈夫だと思える。
「はい、どういたしまして」
なら、なんでもいいや。
きっと何かが役に立ったのだろう。
その何かは分からないけど、それで十分。
「何か困った事があったら全力で手を貸しますから」
「ありがとうございます。でも、無理は駄目です」
「無理?」
「タブロー団長さん、しっかり寝てくださいね。何をするにも体が資本です!」
「うん、ありがとう」
3人で1階に降りると、タブロー団長さんはこのまま仕事に向かうらしい。
本当に大変なんだな。
見送ってから食堂に入ると、ドラさんが先ほど私が作った薬草水に似た物を客に配っていた。
「おはよう。どうやら二日酔いにはなっていないようだな。どうもあの酒は飲みやすいから、許容量を超えて飲む奴が多くてな」
「いえ、アイビーがそれ、作ってくれたので」
ドルイドさんがドラさんが持っている薬草水を指して言う。
「なんだ、やっぱり二日酔いになったのか」
「えぇ、あの酒は駄目ですね。そうだタブロー団長は、そのまま仕事に行きましたから」
「朝食はどうする?」
「止めておきます。お茶だけもらえますか?」
「わかった。お茶だな、すぐに用意する」
「ありがとうございます」
ドラさんにお礼を言って椅子に座る。
「ふ~」
ドルイドさんが椅子に座ると、少し疲れたようなため息をついた。
「体には気を付けてね」
「悪い。久々で加減忘れてた」
ドルイドさんの顔が、ちょっと情けなくなる。
別に、そんな表情をしてほしかったわけではないのだが。
「……楽しかったですか?」
「あぁ、酒も美味かったしな」
「ならいいです。たまにはしっかり息抜きしてね」
私の言葉にドルイドさんの表情が綻ぶ。
「ありがとな」