267話 夕飯に米?
しばらくして戻ってきたアルーイさんは、途中で席を離れたことをお詫びしてくれた。
『気にしないで下さい』と言うが、トルーカさんが茶々を入れてきて再度言い合いが始まった。
……いや、これはじゃれ合いかもしれない。
少し離れたところで2人を見ていると、時々カルチャさんが横槍を入れている。
「あの3人は良い関係なんだな」
ドルイドさんの言葉に笑って頷く。
じゃれ合いが終わりそうにないので、カルチャさんに挨拶して帰ることにする。
「悪いな~」
「楽しそうなので」
「それを言うと怒るけどな、2人で声を合わせて」
その答えに、3人で笑ってしまう。
店を出ると風にあおられたのか、少し大き目のカゴが転がっていった。
「急ごう」
「うん」
宿に戻ると、私たちが最後に戻ってきた客だとドラさんが教えてくれた。
「今日はもう鍵を閉めるので、外に出る時は言って下さい」
「分かりました。何かいい事でもありましたか?」
ドルイドさんの質問にドラさんが嬉しそうに笑う。
「えぇ、今日の昼頃に自警団と冒険者ギルドの連名で連絡が回ってきました」
内容は赤の魔石が冒険者ギルドと自警団の指示のもと、配られる事。
ただし、数に限りがあるため家や宿の大きさによって違いがあるらしい。
そのほかの細かい事も、色々と決まったと教えてくれた。
これで村も少しは落ち着くと、ドラさんはうれしいようだ。
「アイビー、いた! お願い。えっと牛丼? を今日の夕飯に出したいから教えてもらうことって出来るかしら?」
えっ!
米料理を夕飯に出すの?
なんと言うか、大丈夫だろうか?
「えっと、問題はないようなあるような?」
「あっ、材料は全て準備したから、『こめ』も用意したわよ!」
「そうではなくて、米料理なんて出して文句は出ませんか?」
私の心配はそっち。
米はエサだと思っている人が多いのだから、夕飯で出すと文句が出るだろう。
サリファさんが怒られたり、責められるのは嫌だ。
「大丈夫よ。この宿は時々おかしな食事が出るって有名だから」
「「はっ?」」
あっ、ドルイドさんと声が合わさった。
それにしてもおかしな食事が出る?
そんな事、聞いてないけど。
「あら、知らなかった? 有名よ?」
そうなんだ。
だったら大丈夫なのかな?
それにしてもおかしな食事、こちらが気になるな。
後でどんな料理なのか訊いてみよう。
「よろしくお願いしますね、先生」
サリファさんが言った先生という言葉に、ぽかんとしてしまう。
いったい誰の事を言っているのか理解できない。
ボーっとサリファさんを見ていると、彼女も不思議そうに私を見つめている。
「今の先生は、アイビーの事だぞ」
ドルイドさんの言葉に目を見開く。
私が先生?
「あら、そうでしょ? 私に牛丼を教えてくれるのだから。さぁ、やるわよ!」
そんな意気込むほどの料理ではないのだけど。
「え~、頑張ります」
とりあえず、やるべき事をやろう。
「ドルイドさん、珍しい酒があるんだけど飲むか?」
「えっ、いや。いいです」
そう言えば、旅に出てからドルイドさんはお酒を飲んでいない。
町にいた時も、飲んでいる姿を見たのは初めの頃だけだ。
もしかして私のせいかな?
「ドルイドさん、珍しいお酒みたいだし飲んだら?」
「えっ? ん~」
「ここは宿だし、夕飯の後は寝るだけだから大丈夫だよ」
昔の話を聞く限り、彼はお酒が好きだと思う。
もし私のために我慢しているのだとしたら、それはうれしくない。
旅の道中はきっと大丈夫といっても飲まないだろう。
でも、ここは宿。
私もこの生活に慣れてきたから大丈夫だと言える。
だから、好きなお酒を楽しんでほしい。
「アイビー、大丈夫?」
私のお父さんは心配性だな。
「大丈夫」
「そうか。じゃあ、少し頂こうかな」
「ゆっくり楽しんでね」
「ハハハ、夕飯の後だよ。ドラさん、後でもらえますか?」
「了解です。どこで飲みます? 部屋に運びましょうか?」
「いえ、食堂でもらいます」
ドルイドさんは嬉しそうに笑う。
やっぱり彼はお酒が好きだな。
この冬はずっとこの宿にお世話になるんだし、気軽に楽しんでほしいな。
「アイビー、夕飯作り手伝おうか?」
ドルイドさんの言葉に首を横に振る。
牛丼は特に難しくない、だから大丈夫と答える。
ドルイドさんと別れてサリファさんと一緒に調理場へ行く。
そこで調理台の上に置いてある食材の量を見て、かなり驚いた。
「凄い大量ですね」
「そう、いつもこんなぐらいよ? いや、今日はいつもより少ないかな?」
目の前に積み上がっている食料。
これでいつもより少ないのか。
宿に泊まる全ての人のご飯を作るのって、大変なんだな。
感心していても終わらないので、まずは米の準備から始める。
水につけている時間と、炊いている時間で牛丼の具は完成するだろう。
後は野菜の付け合わせなどだが、とりあえず米を洗って水につけてから野菜を切ろう。
「米の準備から始めますね」
米の洗い方などを説明しながら実際にやって見せるのだが、量が多い。
オール町で、おにぎりを広めるために頑張った時みたいだ。
水につけた米は、とりあえずそのままに野菜の準備に取り掛かる。
今までに切ったことがない量の野菜に四苦八苦。
隣で鼻歌を歌いながら野菜を切っていくサリファさんを見て、凄いと感動した。
全ての準備が終わると、水につけた米を鍋に移して水を入れて火を点ける。
その隣で、水を温めてから野菜とお肉を入れて、調味料で味を付ける。
そしてこの村のソースとポン酢を少し足せば……おっ、美味しい。
「完成です。あとは炊いた米の上に、この具を掛けたら牛丼です。」
「お~。さすが。『こめ』って少し手間がかかるけど、それ以外は簡単ね」
「野菜と肉を煮込むだけですからね。あっ、牛丼の味付けを見てくれますか? この村のソースがいい感じなので使ったのですが」
「さっきから気になっていたのよ……お~。美味しい」
良かった。味見をしながら作ったけど、かなり心配だったのだ。
この村の甘めのソースって丼物を作る時にかなり便利だな。
使ったのは、えっと2番目に甘くないソース。
覚えておこう。
炊けるまでに付け合わせの野菜サラダと根野菜の煮物を作る。
根野菜が適度に柔らかくなった頃に、ご飯が完成。
ご飯の硬さを確かめるが、問題なし。
「あとは食べる前にご飯の上に牛丼の具をのせるだけです」
「ありがとう。これだったら私でも作れそうだわ。あら、そろそろ皆お腹を空かせて降りて来るわね」
時計を見ると確かに、もう夕飯の時間だ。
「アイビー?」
調理場に顔を出したドルイドさん。
「はい?」
「少し休憩して夕飯にしよう」
「えっと」
最後までサリファさんの手伝いをしようと思っていたんだけど。
「もう大丈夫よ! お父さんのところに行ってあげて。きっと心配だったのよ」
心配?
宿の中にいるのに?
ドルイドさんを見ると、苦笑をしていた。
うん、戻ろう。
「えっと、戻ります」
「はい。今日は本当にありがとう。あと他にも『こめ』料理があるなら教えてほしいのだけど、いいかしら?」
「はい、大丈夫です」
サリファさんに頭を軽く下げて、ドルイドさんと食堂へ移動する。
食堂には既に客が集まりだしていた。
なんだかちょっとドキドキする。
皆、米料理にどんな反応をするかな?
集まってきた客にドラさんが、どんどん牛丼を配っていく。
最初は不思議そうに、次に米の料理だと聞いた瞬間さまざまな反応があった。
年配の人の方は拒絶反応が大きかった。
子供たちは、興味津々ですぐさま食べ始めて『美味しい』と感想を言ってくれた。
その子供たちの反応に、戸惑っていた大人の客たちが牛丼を食べ始める。
一番拒絶反応を見せた人が、こっそりドラさんにおかわりの有無を確かめていたので笑ってしまった。
牛丼はどうやら受け入れられたらしい。