266話 甘い空気?
「ちょっと? うっそ~、色々間違って迷惑かけまくってた癖に」
アルーイさんの言葉に、ぐっと眉間にしわを寄せるトルーカさん。
朝の状態を少し見ているので、否定はできないだろうなと思ってしまう。
「アルーイだって、切る肉の種類を間違って指摘されていただろう!」
「ちょっと間違えただけよ」
「10回以上も間違えていたくせに!」
それは多いな。
というか、これは止めた方がいいのかな?
このままずっと、気付かれないような気がする。
隣のドルイドさんを見ると、苦笑いして肩をすくめた。
「常連客に会計を任せていたくせに!」
「あれは、俺が頼んだわけじゃ」
「見るに見かねてでしょ!」
いったいどんな状況になったら、客が会計を手伝ってくれるようになるんだろう?
「う~」
トルーカさんは勝てないと思ったのか、恨めしそうにアルーイさんを睨んでいる。
「はぁ、お前らいい加減にしろ! 俺は良いが、他にも客がいるぞ」
店にいたおそらく客? が、2人の頭を軽く叩きながら大きなため息をつく。
ようやく2人は私たちに気付いたのか、苦笑いしていた。
「えっと、お邪魔します」
「あっ、『こめ』仲間!」
その言い方は、どうにかならないモノだろうか?
お店の中にいた客が、私とドルイドさんに注目してるから!
「アハハハ、えっと食べました?」
「ごめん! 今日はやたら忙しくて休憩がてら今から食べようと思っていたの」
「そうだったんですね」
「兄さん、休憩入るからよろしくね」
あれ?
さっきは名前を呼び捨てにしていたのにな。
もしかして喧嘩の時だけ?
「えっと……休憩に付き合ってくれる?」
食事が終わるまで店の中を見て回ろうとしたら、アルーイさんに止められた。
「邪魔ではないですか?」
「全然、『こめ』を食べている人初めてで、うれしくって」
初めてなんだ。
ちょっとそう言われるとドキドキするな。
「では、お邪魔します」
「アイビー、俺は店の中を見て回るな。何か欲しい物とかあったら探すけど」
「それだったら醤油、じゃなくてポン酢をお願い」
「ポン酢? あぁ、あれか。分かった」
危ない危ない、醤油と言ってしまった。
早くこの世界の言い方、ポン酢になれないとな。
「お茶、どうぞ」
アルーイさんが暖かいお茶を私の前に出すと、差し入れしたカゴの中からおにぎりを取り出す。
「なんだかいい匂い。可愛いね」
可愛い?
どこが?
もしかして三角形をしているところ?
「いただきます」
齧り付くアルーイさんの様子を窺う。
口にあわない可能性もあるので、いつもこの瞬間はドキドキものだ。
「うわっ、何これ美味しい! ときどき米を食べるんだけど全然違う!」
良かった気に入ってもらえたようだ。
「この味付けもいいね。あ~、でも私だったらもう少し甘めにするかな?」
1個目が食べ終わると、2個目をすぐに食べ始める。
「そんなに美味いのか?」
先ほど私たちのことを2人に知らせてくれた客が、カゴの中を凝視している。
「駄目、あげない!」
「頼むよ。今日は朝からただ働きしてるんだし」
「それはトルーカのせいでしょ!」
「確かにそうだけど、本気で気になる」
その真剣なまなざしに、ちょっと引いてしまう。
たかがおにぎり1つだ。
「仕方ないな。あのさ、作り方教えてくれる?」
「はい」
アルーイさんが、残り1つのおにぎりが入っているカゴを客の前に出す。
「どう? 美味しい?」
「まだ食ってねえよ!」
客が1口おにぎりを頬張る。
「あっ、美味いなこれ。えっ、『こめ』ってこんなに美味いのか? アルーイが出す『こめ』料理はいまいちなのに」
客がちょっと興奮して話すため声が大きく、店にいた他の客が興味津々でこちらを見つめてくる。
別に私を見ているわけではないのだが、恥ずかしい。
「えっと。ごめん、名前まだ聞いてなかったよね?」
アルーイさんがお茶を飲みながら訊いてくる。
「はい、アイビーといいます。よろしくお願いします」
「私はアルーイ。まぁ、兄が何度も名前を叫んでいたから知ってるか?」
「はい」
「そうだよね。あっ敬語じゃなくていいよ。そんなに偉い人間じゃないから」
「確かにな」
客がおにぎりを食べ終わると、自分でお茶を入れて飲んでいる。
というかこの人、ものすごくこの店に馴染んでいる。
もしかして客ではなく、店の人?
「カルチャ、酷い!」
ハハハと笑うカルチャさん。
不意に後ろからも笑い声が聞こえた。
見るとトルーカさんと客が笑っていて、その隣にいる女性が呆れた表情をしている。
この店は笑いがよく起こる店だな。
それに、店主さんたちがずいぶんと客たちに好かれているみたいだ。
「あの、おにぎりの作り方を教えてもらえるかな? 明日にでも実際に作ってみたいから」
いつの間にかアルーイさんの手に紙とペン。
行動力のある人だな。
「分かった」
なるべく分かりやすく米の炊き方、お肉の選び方から味付けまでを説明する。
おにぎりの握り方は、小さいタオルを使って実際に握る真似をして説明した。
一通り説明が終わると色々と質問される。
アルーイさんは、本気でおにぎりを作る気だ。
「ありがとう。三角に握るのが大変そうだね」
アルーイさんが書いたモノを読み返しながら、小さいタオルを三角になる様に握る。
タオルだと簡単なんだけど、大丈夫かな?
「おにぎりはなるべくふんわり軽く握ってあげてくださいね」
アルーイさんの握っているのを見ると、米が潰れそうだ。
カルチャさんも、アルーイさんの書いたメモを読んでいる。
「カルチャさんはお店の人なんですか?」
「ん? 俺? 違うよ。ただの客だよ」
客にしては馴染み過ぎていると思うけどな。
今も、お店の奥から果物を持ってきて皮剥いてるし。
「どうだ? これ美味いぞ」
「はぁ」
えっと、勧められたけど食べていいのかな?
「食べて、食べて。これ今年は当たりで、甘味が強くて美味しいのよ」
アルーイさんが、切られた果物を口に入れて嬉しそうな表情をする。
「ありがとう」
果物を口に入れると、甘さが口いっぱいに広がる。
確かにこれは美味しい。
カルチャさんにお礼を言おうとすると、いない。
カルチャさんは? って、他の果物を持ってきたのか。
自由だな、凄く。
「あっ、カルチャ。私、その隣の方がいい」
「了解」
ん~、なんというかこの雰囲気。
「恋人ですか? 夫婦ですか?」
「…………」
「恋人、来年は夫婦希望」
うわ~アルーイさん、顔が真っ赤。
カルチャさんはうれしそうだし。
「ただの客では、ないじゃないですか」
「まぁ、そうだな。よく分かったな」
「まぁ、2人の間に流れる空気が夫婦の間に流れる空気に似ていたので」
私の言葉にアルーイさんの赤かった顔がもっと赤くなる。
そして、椅子から立ち上がると奥へと走って行ってしまった。
「えっと、ごめんなさい?」
私が悪いのか?
「いいの、いいの。恥ずかしがってるけど喜んでもいるからさ」
なんだか、可愛らしいな。
「アイビー、ポン酢あったから買ってきた。ん? こちらは?」
ドルイドさんが購入した物を持って私の傍による。
「アルーイさんの恋人でカルチャさん。来年は夫婦かも?」
「ハハハ、宜しく。えっと、アイビーのお父さん?」
カルチャさんが笑顔でドルイドさんに手を出すと、ものすごい笑顔でその手を握り返すドルイドさん。
何か良い商品でも購入できたのかな?