264話 不要なスキル
手袋をつけた手で、取っ手の付いたカゴを持つ。
カゴの中には、バナの葉が敷かれアルーイさんに持っていくおにぎり3個が入っている。
そして肩から提げたマジックバッグにはフレムが復活させた魔石もある。
今日は、プリアギルマスさんと広場で会ってから3日目のお昼。
あの日、手袋を受け取りに『シャル』に行ってすぐに宿に戻る予定が、例の如くドルイドさんと店長のバルーカさんが盛り上がってしまい、宿に戻った時は夕方を過ぎていた。
その日は諦めて、翌日アルーイさんにおにぎりを届ける予定に変更。
が、翌日から2日間ずーっと雨。
止む気配も無く冷え込みもひどく、宿から出る事を躊躇したため落ち着くのを待つことにした。
そしてようやく3日目の朝、雨が止んでくれた。
「寒いですね」
「そうだな、今年はどこまで冷え込むのか考えるのも怖いな」
「ドルイドさん、手袋有難う」
本当、手袋がなかったらこの寒さは危ない。
指先から凍ってしまいそうだ。
「やっぱりそこまで喜ばれると、違うモノも贈りたくなるな」
「却下です!」
「即答しなくても……」
手袋には花の刺繍の横になんとスライムの刺繍がしてあった。
これを見た瞬間、私はうれしくてドルイドさんに抱き着いてお礼を言った。
まさかスライムの刺繍をお願いしていたなんて、驚きだ。
バルーカさんは、魔物の刺繍で喜ぶ私を見て複雑な表情をしていた。
「駄目か、コートの裾に一面ソラたちを刺繍してもらうとか」
可愛いだろうけど、刺繍もお金がかかるので却下。
手袋あたりが身の丈に合うものだ。
それにバルーカさんの態度から、魔物の刺繍は目立つだろう。
大通りに出て驚いた、見事にお店が閉まっている。
屋台も出ていない。
「アルーイの店も閉まってる可能性があるな」
「うん」
それを考えていなかったな。
まぁ、閉まっていたら閉まっていたで諦めよう。
大通りを突っ切れば、すぐにアルーイの店が見える。
ちょっと不安だったが視線を向けると、看板が出て灯りが見えた。
良かった、開いてるみたいだ。
「開いていたな」
「うん。それにしても、客が多いですね」
視線の先には、ひっきりなしに客が出入りする店の姿。
人気店だったのかな?
お店に近づくと、中から笑い声が聞こえてくる。
「トルーカ、これじゃなくてそっちだ。って違う、その横! そうそれ!」
客の声に交じって笑い声と、おそらくアルーイさんの『お兄ちゃん、しっかり!』という声が聞こえる。
おっちょこちょいというのは本当みたいだ。
店を覗くと、客に場所を教えてもらったり、商品が違うと指摘されているトルーカさんがいる。
アルーイさんの肉屋も客が多いのか、かなり忙しそうだ。
「来る時間を間違えたな」
「そうだね」
この間のお店の状況を見て、ここまで客が多いのは予想していなかった。
これは時間を変えてきた方がいいかな?
「あれ? あ~、そこの君!」
時間を変えて出直そうと踵を返すと、アルーイさんの声が店に響く。
それに驚いて振り返ると、彼女とばっちり視線があう。
「やっぱり! やっぱり! 話したかったんだ。『こめ』仲間!」
周りの客の興味津々の視線。
絶対に来る時間を間違えた!
ドルイドさんも、顔が引きつっている。
彼も注目を浴びるの苦手だもんね。
「トルーカ、ソースまた違ったぞ」
「嘘! あ~、なんでソースの入れ物ってみんな同じなんだよ!」
トルーカさんの声に店全体が笑いに包まれる。
どうやらこの店は、店主さんと客が仲良しみたいだ。
「ねぇ、帰っちゃうの? 『こめ』談義しようよ」
いや、仕事しないと。
「なんだっけ? えっと食べさせてくれるって言っていた。あの……」
「おにぎりだったら、持ってきました」
「それ! 持って来てくれたんだ、ありがとう!」
「忙しそうなので、ここに置いておきますね」
「えっ! 話しようよ」
いや、こんな注目を浴びるところでは嫌です。
それに、肉を切る速度が遅くなっているので、客が困った顔をしているし。
「いえ、後で来ます。ゆっくり話したいので」
「そう、仕方ないか。今日は他の店が閉まっていて特に客が多くて」
あっ、だからここまで客が多いのか。
「アルーイ、ここにいるのほとんど常連客だぞ」
肉を買うために並んでいた客から声が掛かる。
それに周りの客がくすくすと笑いをこぼす。
「あれ? アハハハ」
トルーカさんだけでなくアルーイさんもおっちょこちょい?
「何時ぐらいだったら、ゆっくり話せますか?」
「どうだろう?」
アルーイさんが包丁を持って首を傾げる。
「お嬢さん、夕方ぐらいだったら大丈夫だよ」
見かねたのか、並んでいる客が教えてくれた。
それにお礼を言って、アルーイさんに声をかける。
「では、その辺りに来ますね」
「ごめん、ありがとう!」
元気な声を後に店を出る。
「やっぱり面白い兄妹だな」
「そうだね」
予定より早くローズさんのお店に行くことになった。
ローズさんのお店は開いているだろうか?
「あっ、どうやらいい方向へ転んだみたいだな」
ローズさんの店に向かっていると、ドルイドさんの嬉しそうな声が聞こえた。
彼を見ると何かを見て笑っている。
その視線の先には、自警団の服を着た男性3人。
「あっ、笑ってる」
彼らは笑って村の人たちと何か話をしている。
前に自警団の人を見た時は、追い詰められているような雰囲気があったのに。
それが、なくなっている。
自警団員の対応のお蔭だろう、ここ最近村の人たちにあったピリピリした雰囲気が落ち着いている。
「いい感じだな」
「うん。よかったけど、なんか急ですね?」
「そうか? タブロー団長は素質があるとして推薦を受けたんだ。それに数年は前団長について回って勉強したはずだ。何かきっかけがあれば、落ち着くところに落ち着くんだよ」
そういうモノなんだ。
でも、村の人たちも何だか楽しそう。
良かった。
「行こうか?」
「うん。それにしても屋台が1つもない大通りって、こんなに広いんだね」
屋台が出ていない大通りは、いつもの2倍の広さがあるような印象を受ける。
どことなくそれが寂しい。
「さすがにこの寒さじゃな」
確かにここ数日の雨でより一層寒さが深まった。
本当に外に出るのが億劫になってしまうな。
「あっ、看板が出てないな」
ローズさんのお店が見えてくるといつもある看板が外に出ていないことが分かる。
どうやら今日は店を開けていないらしい。
「こんにちは」
中にいる可能性にかけて、外から中に向かって声をかける。
しばらく待つが物音がしない。
「誰もいないみたいですね」
「残念だな。日を改めるか」
踵を返すと、ガラガラと扉が開く音。
慌てて後ろを見ると、ローズさんが大きな欠伸をしながらそこに居た。
「やっぱりアイビーの声だったかい。どうぞ、入っておいで」
今、ローズさん気配がなかった。
あれ?
冒険者じゃないよね?
「どうしたんだい?」
「えっと」
「ローズさん、元冒険者ですか?」
ドルイドさんは気配は感じられないはずだけど、何か気付く事でもあったのかな?
「ん? もしかして気配をやっちまったかい?」
やはり気配を消していたみたいだ。
この距離で感じられないとか、そうとうすごい冒険者だったのかな?
「いや、俺は気配は感じられないのだが、扉を開ける音しか聞こえなかったから」
「……無意識って怖いね~。普段は大丈夫なのにね」
ローズさんがちょっとため息をつく。
「私は影のスキルを持っているんだよ。まったくの無駄なスキルだよ」
影のスキル?
ドルイドさんを見ると彼も首を横に振った。
あまり知られていないスキルなのかな。
「気配を消したり、音を立てずに移動出来たりするんだけど、私には不要なスキルだよ。あっ、冒険者はしていないよ。私はマジックアイテム一筋だから」
凄いスキルだな。
でも、確かに使わなかったら不要か。
それにしても気配を全く感知させないってすごいよね。
知らない間に近くに来られている可能性が……これって気配で人を探知している私には、かなり危険なスキルなんじゃないの?
だって、ソラたちのことがばれる可能性がある。