263話 笑顔は力
「ほ~、『こめ』がこんな美味しくなるなんてね」
「あぁ、美味しいな」
ローズさんとデロースさんが、おにぎりを頬張りながらしきりに感心している。
2人とも既に2個目に手が出ているので、かなり気に入ってくれたようだ。
良かった。
それにしてもローズさんは器用だ。
おにぎりを初めて作る筈なのに、2個目で既に力加減やコツを掴んで綺麗に握れていた。
なんでもこなしてしまう人だな。
「これ、後でタブローにも持って行ってやろうかね?」
「これだったら片手で食べられるし、いいんじゃないか?」
慣れていない米料理の差し入れってどうなんだろう?
困らせるだけのような気もするけど。
「この『こめ』を使った料理は他にもあるのかい?」
「丼物をよく作ってくれますね」
「どんぶりもの?」
「はい。白いご飯の上に味を付けたお肉や野菜を煮込んだモノを乗せて食べるんですよ」
「ほ~、それも美味しそうだね」
「美味いですよ。それに腹持ちがいいんですよ」
「そうなのかい? それは良いね」
ローズさんとドルイドさんが米料理の話題で盛り上がり始める。
今までどんな米料理が出てきたかを話しているが、失敗した物も含まれているので少し恥ずかしい。
「ごちそうさま」
「いえ、お茶入れますね」
「悪いね。それにしても料理が上手だね?」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
最初は必要に駆られてだけど、今では私の趣味だ。
ドルイドさんとローズさんが盛り上がる横で、まったりする私とデロースさん。
なんだか、ほっこりする。
「そろそろ帰ろうか?」
食事も完食して、話す事も話し切ったのか満足そうにドルイドさんが声をかけてくる。
「うん。ソラ、フレム、シエル?」
周りで遊んでいたソラたちを呼ぶ。
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
フレムは何処かで寝ているようだ。
周りを見て回ると、いつも入っているバッグの傍で寝ていた。
「ごめんね、遅くなって」
バッグにフレムを入れて、腕の中に飛び込んできたソラとシエルも入れる。
2匹ともデロースさんにかなり遊んでもらえたようでとてもうれしそうだ。
いいのかな、こんなに馴染んでしまって。
「今日はありがとうね」
「いえ、私も料理を教えてもらえてうれしかったです」
ローズさん直伝の、この村のソースを使った料理は簡単でおいしかった。
またソースを手に入れたら作ろうと思う。
ローズさんのお店を出ると、昨日とは違い太陽が顔を出している。
手の中の小さなカゴを見る。
中には今日作ったおにぎりが3つ。
帰りに昨日の兄妹のお店による予定だ。
「かなり寒いな?」
「そうですか? 私には昨日の方が寒かったけど」
ドルイドさんが私の言葉に首を傾げる。
それにちょっと不安を覚え、彼の額に手を伸ばす。
熱くはないけど……。
「帰ったら、フレムのポーションを飲んでくださいね。もしものことがあるので」
「分かった、そうする。だからそんな心配そうな顔をしなくていい。大丈夫だから」
どんな顔をしているのか、自分では分からないが酷い顔をしているようだ。
ドルイドさんが、私の頬をツンツンと突いて笑う。
その彼の表情がいつも通りなのでホッとする。
「あれ?」
たまたま公園となっている場所に視線を向けると、見覚えのある人が椅子に座っているのが見えた。
私の言葉にドルイドさんも視線を公園に向ける。
間違いがなければ、冒険者ギルドのギルマスであるプリアさんだ。
「プリアギルマスだな」
「やっぱりそうだよね」
彼を見ると、何か思いつめた表情をしていることに気付く。
ん~、このまま何も見なかった事にするのが優しさなのかな?
それとも、話を聞いてみるべきなのか。
「俺たちはこの村の人間では無いからな。深く関わっていいモノかどうか」
そう、私たちは旅をする者。
だからこそ関われる時と、1歩引いた方がいい時がある。
それはドルイドさんから教わった。
プリアギルマスさんの顔を見る。
悲しい目をしている。
「ドルイドさん、差し入れしましょうか?」
「ん? 差し入れ?」
「はい。丁度、手ごろなものもありますし」
そう言って、カゴを上にあげてドルイドさんに見せる。
「ハハハ、確かにあるな」
公園に入って、プリアギルマスさんが座っている椅子に近づく。
私たちに気付いたのか、下を向いていた視線がこちらに向くと微かに驚いた表情をした。
「こんにちは」
「あぁ、こんにちは?」
急に話しかけられて、混乱しているみたいだ。
「ご飯食べました?」
「えっ?」
「ご飯です。ご飯」
「いや、まだだが……」
「では、差し入れです」
「えっと、差し入れ?」
「そうです」
手に持っていたカゴをぐっと彼に押し付ける。
が、驚いているのか受け取ってもらえない。
仕方がないので足の上にカゴを乗せる。
これで、目的は完了。
「これは?」
「米で作ったおにぎりです」
「……そうか『こめ』で…………えっ!『こめ』?」
大丈夫かな?
かなり反応が鈍い気がするけど。
もしかしてプリアギルマスさんもどこか調子が悪いの?
心配になって彼の額に手を伸ばし熱を測る。
特に熱いと感じる事はない。
「えっと、何をされているんだろう?」
「熱がないか測られているんだと思うよ」
ドルイドさんの声に笑い声が混じっている。
何かおかしな事でもしたかな?
ちらりと後ろに立つ彼を見るが、問題ないと首を振られた。
「熱はないみたいですね」
「あぁ、えっとなんで熱なんて測ったんだ?」
「ボーッとしていて反応が鈍かったので」
「……そうか。悪いな」
そう言って、笑うプリアギルマスさん。
その笑みを見て、胸がモヤモヤする。
なんと言うか、
「暗いですね」
「ぶっ!」
後ろでドルイドさんが噴き出したのが分かる。
プリアギルマスさんも私の言葉に唖然として、次にギュッと眉間に皺を寄せた。
「色々あるからな」
どうやら機嫌を損ねたようだ。
しかも暗さが増したような印象を受ける。
なんとなくため息をついてしまう。
それにもギッと睨まれるが、どうも迫力がない。
「私には何も分かりません。理解できるとも思いません。でも、プリアギルマスさんは暗すぎる!」
「ぐふっ」
後ろからおかしな音が聞こえる。
見ると、背中を向けているが肩が大きく揺れている。
笑いたかったら笑えばいいのに。
「こんな時にへらへらしていられるわけないだろう!」
急にプリアギルマスさんが大きな声を出す。
それに少し体が震えるが、何故か怖さを感じない。
「子供に何が分かる」
次に小さなつぶやきが耳に届く。
「だから、分からないって言っているじゃないですか」
私の言葉に再度睨みつけるが、その表情は何とも言えないモノだ。
それをじっと見て、私はにこりと笑った。
「魔物が暴走している町のギルマスさんは、いつも笑っていました。彼の周りにも笑顔がありました」
「はっ?」
「彼の表情が苦しそうだったのは、全てが終わってお礼を言われた時です。ありがとうと言われているのに、苦しそうだった」
「何?」
急に話しだした私に困惑気味のプリアギルマスさん。
分かっているけど無視して話し続ける。
「大きな組織と戦う前のギルマスさんや自警団の団長さんたちも笑顔でした。楽しそうですらあった。周りの人たちも笑顔で、まぁ困惑している人もいましたけどね」
「……」
「命を狙われていた時、私の周りには笑顔がありました。だから怖かったけど、逃げずに戦えたし私は笑っていられた」
笑顔ってすごいと思う。
ただの強がりなんだけど、それでも力が湧くし貰える。
「ご飯を食べて力を付けてくださいね。こんな時だからこそ」
上に立つ人の苦労なんて分からない。
だから私が口を出すことは出来ない。
でも、伝えたいと思った。
今まで出会ってきた、ギルマスさんたちや団長さんたちの笑顔を。
あれにはきっと意味があると思うから。
「では、さようなら」
唖然としているプリアギルマスさんに笑顔であいさつして、ドルイドさんと歩き出す。
ドルイドさんは私の頭をそっと撫でてくれた。
「俺に……」
声が聞こえたけど、振り返らずに広場からでる。
「ん~、手袋を取りに行って宿に戻っておにぎり作る?」
ドルイドさんの言葉に頷く。
「手間が増えちゃった」
「問題ないよ」
笑顔で全てが解決する事はない。
そんな単純ではない。
でも、負の感情に押しつぶされないためにも笑顔って大切だと思う。