262話 2人の空間
「おはようございます」
「おはよう。今日はお店は開けないから、入ったら鍵をかけていいからね」
「いいのですか?」
「仕事より旨いモンだよ!」
それでいいのだろうか?
とりあえず鍵をかけて、お店の奥へ行くとデロースさんがにこやかに出迎えてくれた。
「おはようございます」
「おはよう。ローズが我が儘言っていないかな?」
「大丈夫です。俺たちの方が頼ってます」
「ローズは頼られるのが好きだからいいんだよ、それで」
デロースさんは本当にローズさんが好きなんだろうな。
ローズさんの話をする時の目が本当に優しい。
「調理場の用意は既に出来ているから始めようか。あっ、どうしようかね?」
ローズさんがソラたちの入っているバッグを見て、少し迷いを見せた。
もしかして、デロースさんにフレムたちのことを話していないのかな?
夫婦なので話す可能性が高いと思っていたのだけど。
「話していないのですか?」
「当然だろう? 別に話す必要は無いしね。でもずっと中だと可哀想だよね……今からでもデロースを何処かへ追い出そうかね?」
えっ、デロースさんを追い出すの?
普通ここは、ソラたちの事を話す方向にならない?
「悪いがデロース、5時間ぐらい」
「いやいや、待ってローズさん。ローズさんならデロースさんがどんな人か、一番知ってますよね。信頼できる人ですよね?」
「当たり前だろう? そうでなかったら結婚なんてしないよ」
「だったら話しても問題ないです。なのでデロースさんを追い出すようなことはやめましょう」
焦った。
ドルイドさんが隣で笑っている。
というかデロースさん、にこやかに私たちのやり取りを見ているけど、追い出されそうになってるから!
「仕方ないね~」
何か違うと思う。
もうローズさんの感覚が分からない。
と頭を悩ませている間に、ローズさんがデロースさんにフレムたちのことを説明した。
「アイビーには人には内緒の仲間がいるのよ。フレムとソラとシエル。皆可愛い魔物だけどレアだから他言無用だからね、わかったかい?」
「あぁ、わかったよ」
ローズさんの簡単すぎる説明ではほとんど何も分からないと思うのだが、デロースさんはにこやかに頷いた。
これが夫婦になるって事なのかな?
「まぁ、説明は終わったし、フレムたちを出してあげて。バッグの中だと可哀想だよ」
「はい」
フレムたちを外に出すと、ソラがすぐにデロースさんのもとへ飛び込む。
慌てて受け止めてくれたけど、申し訳ない。
「すみません」
「いや、こんな元気なスライムを見たのは初めてだよ。ローズが言うとおり可愛いね」
「そうだろう? ずっと見ていられるよ」
「こらこら、『こめ』料理を教わるんだろう? アイビーさんたちを待たせたら悪いよ」
「分かっているよ。さて、こっちだよ。デロース、フレムたちの相手をちゃんと頼むね」
「分かっているよ」
ローズさんとデロースさんは不思議だ。
2人を見ていると、けして邪魔することのできない2人だけの空間が見えるような気がする。
どこか傍で2人をそっと見ていたくなるような、なんとも説明しがたい不思議な空間。
「ん? 2人ともどうしたんだい?」
「いえ、なんでもありません」
2人を見ていたら、心が温かくなる。
こんな関係を築ける人と出会いたいな。
ドルイドさんとは親子関係に近いから少し違うしな。
というか、私よりまずはドルイドさんが恋人を見つけないとな。
……ドルイドさんの恋人探しも、旅の目標にしようかな?
どことなくドルイドさんって、恋を諦めている様子なんだよね。
凄くいい人なのに、もったいない。
「ドルイドさん頑張りますね」
「ん? えっとおにぎり?」
急な宣言に、不思議な様子のドルイドさん。
言葉にすると反対されそうなので黙っておこう。
「さてと、始めようか」
「はい。といっても米を炊いている間は何もすることがないんですけどね」
「そうなのかい?」
「はい。火加減だけ気を付けていれば問題なく炊けますから」
「その火加減が、少し難しいけどな」
最近は私が料理をしている間に、ドルイドさんが米を炊いてくれている。
もう慣れているので問題ないが、最初の頃は火加減で随分と悩んでいた。
炊いた米の状態を確認する時の真剣な表情に、何度噴きだしそうになったか。
まぁ私も、蓋を開ける前に拝んだことがあるので人のことは言えないけど。
「なら米を炊いている間に、おかずをちょっと作ろうかね?」
あっ、それならお願いがあったんだ。
「ローズさん、この村のソースの使い方を教えてくれませんか?」
昨日購入したソース。
一番甘さを控えたモノにしたが、甘さが強く少し使い方に困っていた。
「この村のソース? 特に特別な使い方はなかったと思うけどね」
「甘さが強くないですか?」
「買った種類のせいじゃないかい?」
「一番甘さが少ない物を選んでもらったんですけど」
私の言葉に首を傾げるローズさん。
何かおかしなことを言っただろうか?
調理場につくと、マジックバッグから水につけておいた米を出す。
時間を考えて水につけて持ってきたのだ。
「『こめ』は水につけるのかい?」
「はい。だいたい30分ぐらいですね。米が収穫した日より時間が経っていたら少しつける時間を増やした方がいいかもしれません。好みにもよりますが」
「なるほど、覚えておこう」
借りたお鍋に米を入れて火にかける。
最初は強火、蓋が揺れ出したら弱火、そして炊けたら蒸らす。
簡単に説明して、ドルイドさんが火の加減を説明する。
「水加減と火力の加減だね。分かった」
炊きだした米の様子を見ながら、購入したばかりのソースをバッグから出す。
昨日の夜に少し味見をしたのだが、甘味がかなり強くどんな料理も負けそうなのだ。
「これ? いや、これは一番甘味が強いソースだよ?」
「「えっ?」」
あれ?
間違ったのかな、それとも賭けの負けで気が動転していた?
「これはかなり個性的な甘さが特徴でね。好きな人も少ないんだよ? どこで買ったんだい?」
「兄妹でされているお店です。肉屋と食品屋がお店の中で1つの」
「あぁ、アルーイとトルーカの店だね? ソースを探してきたのはトルーカだね?」
どうやら知っている人たちの様だ。
「はい」
「ごめんよ。あの子はかなりおっちょこちょいでね」
ローズさんが大きなため息をついて、棚から2つソースを持って来てくれる。
「この2つがこの村では主流のソースだね。甘さもほどよいから料理には使いやすいよ」
ローズさんが小皿にそれぞれのソースを少し入れて、目の前に出してくれる。
指に少しソースを付けて味を確かめる。
確かに2つともそれほど甘さがきつくないので、料理に使いやすそうだ。
「美味しいですね。甘味もいい感じです」
「そうだろ? 村の自慢のソースだからね」
自慢したくなるのも分かるな。
甘味にコクがあって本当に美味しい。
甘辛い味にしたいときには、このソースだけで十分だろうな。
「しかし、トルーカの奴もまだまだだね。まったく」
ローズさんの呆れた声に、ドルイドさんと笑う。
自慢のソースを使った野菜の煮込みを教えてもらって作っていると、調理場に米の炊ける良い匂いが広がってきた。
「随分といい匂いだね」
どうやら気に入ってくれたようだ。
匂いが駄目だと言われたら、先へ進めないからね。
さて、粗熱を取ったら具材と混ぜて握ろう!