260話 安心感
3種類の中から汚れが目立ちにくそうな濃い青を選ぼうとしたら、白の手袋をドルイドさんに薦められた。
「濃い青の方が汚れが目立たないから」
「洗えばいいし、落ちなかったらまた買えばいいよ。話を聞く限り1年か2年ぐらいで買い替える必要があるらしい」
えっ、そんなに短いの?
「内側の毛皮が、2年も使うとヘタってしまい暖かさが保てないそうだ」
手袋の中を見る。
確かに何かの毛皮が使用されている。
「……だったら」
「この白で決定な」
いや、そんなに簡単に使えなくなるなら断ろうと思ったのだけど。
ドルイドさんを見ると、既に白の手袋をバルーカさんに渡してしまっている。
「ドルイドさん」
「悪いアイビー、ちょっと手にはめてみてくれないか?」
「えっ? あぁ、はい」
手袋を受け取り手にはめる。
指が少し余るので、大きいようだ。
「失礼、指の先が少し余ってますね」
「もう少し小さいモノはありますか?」
「いえ、これぐらいなら簡単に直せますので。指の長さを測るのでそのまま前に手を出しておいてください」
バルーカさんに手袋を外され、指の長さを物差しで測られる。
どうも買うことが決定しているようで、口を挟めない。
ちらりとドルイドさんを見ると、嬉しそうに私たちを見ている。
甘えてもいいのかな?
「はい、終わりましたよ」
「……ありがとうございます」
甘えちゃおう。
「どれくらいで直せますか?」
「明日にはお渡しできますよ」
「そうか、良かった」
大きさを見るために手袋をはめたけど、すごく暖かかった。
申し訳ないなという思いもあるけど、それ以上に楽しみ。
ドルイドさんとバルーカさんが男性用の服について話を始めたので、お店をちょっと見て回る。
なんだか前に来た時と、置いてある商品がかなり変わっている。
このお店ってすごい人気店なのかも。
「駄目よ。自分たちで何とかしないと」
他のお客の声が耳に届く。
どことなく、硬い雰囲気の声。
盗み聞きしてしまっては悪いので、すぐに移動しようとすると、
「やっぱりあなたもそう思う? そうよね、自分の命は自分で守らなくちゃ」
えっ、命って言った?
その内容に足を止めてしまう。
「でも魔石なんてどうやって今から集めればいいのかしら?」
魔石を集めるって事はこの冬のこと?
というか、魔石なら自警団や両ギルドが今、一生懸命集めているのに?
視線を、会話をしている人たちに向けると2人の女性の姿。
どちらの女性も、真剣な表情で話している。
本当に、魔石を自分たちで集めないと駄目だと思っているようだ。
自警団やギルドを信じていないのか。
不意に先ほどの、ローズさんとドルイドさんの言葉が頭に浮かぶ。
2人はこの村が『危ない状況』だと言っていた。
もしかして村の人たちが自警団やギルドを信じなくなっていることを指しているのかな?
でも、どうして信じないの?
今までの村や町では、そこに住んでいる人たちは皆、自警団やギルドを信じていた。
必ず守ってくれるから、自分たちも住んでいる場所を守ろうと頑張っている人たちばかりだった。
中には例外の人もいたけど、それは少数だ。
オール町で出会ったギルマスさんを思い浮かべる。
ドルイドさんの親友で、たぶん幼馴染のゴトスさん。
見た目がちょっと怖い感じなのに、話すととても話しやすく壁を感じなかった。
あんな状況だったのに、ゴトスさんの周りには笑顔があった。
まぁ、仕事に関してはドルイドさん曰く駄目らしいけど。
それでも多くの冒険者が、町の人たちが信じていた。
だからこそ魔物が暴走して不安の中にあっても、耐えることが出来た。
ん?
耐える?
あぁ、そうか。
耐えることが出来たのは『絶対にギルマスさんや団長さんがどうにかしてくれる』と信じられたからだ。
オール町の団長さんとは、ギルマスさんと一緒にいる時に挨拶をした程度。
だから名前も憶えていないけど、団長さんと両ギルドのギルマスさん3人だったらどうにかしてくれると思われていた。
この村には、団長さんもギルマスさんもいる。
商業ギルドのギルマスさんがどうなるかは不明だけど、でもまだ2人トップがいる。
でも、村の人たちは安心出来ていない。
だから個々でどうにかしようとしている。
トップに就く人は、並大抵のことが出来る人というだけ、では無理なんだろうな。
「アイビー?」
「あっ、はい」
考え込んでいたため驚いてしまった。
「大丈夫か? 何かあったのか?」
私の様子がおかしかったのか、心配そうに顔を覗き込むドルイドさん。
ここでする話ではないな。
「大丈夫。話は終わったの?」
「あぁ、青い糸で刺繍を少しお願いしてきた」
「ん? 何の事?」
「アイビーの手袋に刺繍をお願いしたんだよ?」
あれ?
ドルイドさんの服の話ではなかったの?
しまった、一緒に話を聞いておけばよかった。
「可愛い花を入れてもらうことになったから」
そんな嬉しそうな顔をされたら……いや、私も嬉しいな。
「えっと、ありがとう」
「どういたしまして。そろそろ帰ろうか?」
「はい。食材も買って行かないと駄目ですからね」
「あぁ、行こうか」
バルーカさんに挨拶をして、お店を出る。
2人の女性客を見ると、まだ真剣に話をしていた。
「帰り道にある店で、材料は揃いそうか?」
「お肉と、この村のソースが欲しいです」
「なら、大丈夫かな?」
大通りに出て宿に向かう。
寒さがどんどんひどくなるにつれ、屋台の数は減り歩く人の数も減っている。
「あれ? 閉まってるな」
目的の店が見える所まで来たが、明かりが消えている。
「お店も閉まっているところが目立つね」
大通りに面しているお店も、今日は半分ぐらいが開いていない。
「どうしようか? ここからだと」
ドルイドさんと大通りから見える店を確認して行く。
「あっ。あそこ」
1本道を入った所に、肉屋と食品屋の看板が見えた。
「よかった。あまり離れていないところにあったな」
「うん」
少し急いで店を目指す。
さすがに外にいる時間が長くなればなるほど、体の芯が冷えていく。
「「いらっしゃい」」
お店に入ると2人分の声が出迎えてくれた。
「あれ? ドルイドさん、このお店食品屋と繋がってますよ」
「本当だ」
外からはお店が2軒並んでいるように見えたが、中に入ると壁が無く1つのお店のようになっている。
珍しいお店の作りに驚いて、2人でキョロキョロと見回してしまう。
「いらっしゃい、そんなに珍しいですか?」
声のした方を見ると、女性がこんにちはと挨拶してくれた。
「こんにちは、こういう作りは初めて見たので驚きました」
「食品屋は兄のお店で、こっちの肉屋は妹の私の店なんです」
兄妹でやっている店なのか。
「今日は、えっと肉ですか?」
「肉と、この村のソースが欲しいんですが、会計は別ですか?」
「一緒で大丈夫です」
「分かりました。肉のお薦めはありますか?」
ドルイドさんと棚にある肉を見る。
あれ?
前に見た肉屋には『ほるす』と『たいん』が主に売られていたけど、この店にはないな。
「この店は狩りで仕入れた肉しかないですが、大丈夫ですか?」
そうなのか。
少し予定を変える必要があるな。
というか、この村の周辺で狩れるお肉ってどんなものがあるのか把握してないや。
宿で燻製されたお肉が出たけど、どのお肉か確認してないし。
「あの、癖の少ないお肉はありますか?」
「比較的この2つが癖が少ないかな。どんな料理に使う予定ですか?」
「米に混ぜる予定です」
「……『こめ』? えっと、『こめ』!」
凄い驚かれ様だな。
ここでもやはり米に対する拒絶反応があるのかも。
ローズさんの反応は除外だな。
「うそ、本当に『こめ』?」
「そうです」
それにしても、異様な興奮なんだけど大丈夫かな?
適当な事を言った方がよかった?
「私も『こめ』が好きなの! 誰にも理解されないし寂しかったの! うわ~仲間を見つけたわ!」
えっ、珍しい。
まさかの米好きさん発見!