257話 難し過ぎる
「今日はなんだかいろいろあったな」
「そうだね」
ドルイドさんの言葉に、今日の事を思い出してため息をついてしまう。
知らないところで、犯罪と関係があるかもしれないと誤解されてしまうのは防ぎようがないよね。
うん、どうしようもない。
「ふっ」
私が悶々としていると、不意に隣から笑い声がして驚いた。
見るとドルイドさんが肩を揺らして笑っている。
急なことだったのでちょっと引いてしまった。
「えっ? アイビー、その反応はちょっと悲しい」
「急に笑うんだもん。怖いですって」
「いや。タブロー団長のことを思い出したら、昔のゴトスを思い出した」
ゴトスさん……あぁ、オール町のギルマスさんの事だ。
「ギルマスさんって呼ばないんだね?」
町にいた時は『ギルマス』と呼んでいたよね?
「ここは町から離れているからな、なんとなく昔の呼び方にしてみた」
昔?
そう言えば、ゴトスさんとドルイドさんは幼馴染だったっけ?
あれ? 違ったかな?
「今タブロー団長はいろいろ迷っている最中だよ」
「迷いですか?」
「あぁ、団長として何をすべきか、どうあるべきか。迷っているから頼りなく見える」
確かに今まで出会ってきた団長さんやギルマスさんたちに比べると、かなり頼りなく感じた。
「話を聞く限り、団長について初めての大きな問題みたいだしな。自分の判断で、村の人が苦しむことになるということをしっかり理解しているから、身動きが取れなくなっているんだ。それに商業ギルドのギルマスのこともあるようだしな」
組織のトップに立つって相当な事なんだろうな。
「おそらく冒険者ギルドのギルマスのプリアギルマスも」
同じ頃にギルマスの地位についたって言っていた。
「組織のトップに立つのは相当な覚悟が必要となる。実際にその地位についたら、覚悟したはずなのに迷いがでてくる。そして何より孤独だ」
「孤独?」
「仲間はいる。助けになってくれる人も。でも決断をする時は1人だ。そしてその結果も1人で背負うことになる」
それは、恐ろしいな。
自分が決断した事で、誰かが死ぬことがあるということなのだから。
「トップは人が死ぬことを恐れていては出来ない」
確かにそうなんだろうけど……。
「理想は全員を助けること、だが甘くないからな。だからより多くが生き残れる方法を選ぶ」
オール町のギルマスさんが判断した事だよね。
森に行く冒険者の中から死者が出ることを覚悟して、町にいる多くの人を助けると判断した。
「言葉にするのは簡単なんだ。頭でも理解できるが心はそうもいかない。何より自分の判断が正しいのか間違っているのか答えがすぐ出るわけでもないしな」
確かに。
後になってもっといい方法があったと気が付くかも知れない。
「支えになってくれる人がいればいいが」
「大変なんですね」
言葉にすると、なんとなく軽く感じてしまい顔が歪む。
それに気づいたドルイドさんが、頭をポンと軽く撫でてくれた。
「ゴトスも最初の頃は、かなり悩んでいたよ。仲間が死んだと報告が入る度に、酒を浴びるほど飲んでは俺や師匠に当たり散らしたりしてな。でも最後には、いつも自分を責めていた。ある任務に就いた冒険者が、誰も帰って来なかった時は荒れに荒れてな。あの時は、支えになれない自分が憎かったな」
ゴトスさんが一番辛かったのだろうけど、ドルイドさんたちも辛かったのだろうな。
今だって、穏やかに話しているけど時々悲しみや苦しみが顔に浮かんでいる。
きっと当時のことを思い出しているのだろう。
今日、ローズさんがタブロー団長を怒っている時、ほんの一瞬。
気のせいかと思ったけど、一瞬だけ苦しそうと言うか泣きそうな表情を見せた。
あの時は見間違いかと思ったけど、あれはローズさんの隠した気持ちが一瞬外に溢れてしまったのかもしれない。
「ゴトスさんはどうやって落ち着いたというか、今のゴトスさんに?」
「1つ1つ自分の力で乗り越えていったよ、確かに俺たちも少しは役に立ったんだろうけど。奥さんに出会えたのも大きかったかな」
ドルイドさんは少しと言ったけど、ゴトスさんにとってドルイドさんは大きな支えだったと思う。
大切な存在だから、ドルイドさんの変化をあんなに喜んで私にお礼まで言ったのだ。
両親に見放されて森で1人だったとき、何も言わずに隣にいてくれた占い師。
私が両親の言葉で泣くと、生きろ! 前を向け! と心から私に声を届けてくれた前の私。
彼女たちのお蔭で、私は苦しかったけど前へ進めた。
支え方は人それぞれだ。
「タブロー団長さんとプリアさんもお互い支え合ってるよね?」
今日の2人の雰囲気からそう感じた。
「それでは駄目なんだよ」
「えっ? あっ、立場が違うってローズさんが」
「そう、立場の違いは大きい。2人は仲間であり同志ではあるが、心を支え合う関係では駄目なんだ」
難しいな。
仲間で同志、でも心を支え合う関係は駄目?
それぞれが自分の足で立たないと駄目って事かな……たぶん。
「ハハハ、難しかったか?」
眉間に皺でも寄っていたのか、ドルイドさんに眉間を突かれる。
「うん。2人には支えてくれる人がいるのかな?」
「タブロー団長にはピス副団長がいるようだ。今日の様子から彼は覚悟を決めている」
「覚悟?」
「あぁ団長を支え続けると言う覚悟。あの目はきっと大丈夫だ」
目?
今日のことなのに、どんな目をしていたのか思いだせないな。
また会う機会があったら、どんな目なのか確かめてみよう。
「ただプリアさんはいない可能性がある。タブロー団長とは違う不安定さがあったように感じたからな」
そうなの?
私は全く感じなかったけどな。
「まぁ、俺たちは旅人だから。出来ることは少ないな」
「うん」
この村の人たちではない以上、詳しく関わる事は出来ない。
でも、もしも何か助けることが出来るなら助けよう。
「よし、この話はここまで。あっ、ローズさんと一緒におにぎりを作るっていう約束を忘れてないか?」
「……あぁ! すっかり忘れてた」
ドルイドさんの言葉に少し前に約束したことを思い出す。
駄目だ、宿に泊まりだしてから気が緩み過ぎている。
「最近いろいろと物忘れがひどい気が……」
「いや、大丈夫だろう。俺と比べるとマシだぞ」
「そっちの競争はしたくないです」
どっちが忘れっぽいかなんて。
「確かにな」
米の用意はしてあるから、明日とか大丈夫かな?
急すぎるか。
あっ駄目だ。
中に混ぜる具を用意していないや。
「とりあえず、準備だけしてお店に行ってみようか?」
「混ぜる具を作る時間が欲しいな」
「そうか。だったら明日以降のローズさんの予定を聞きに行こうか」
「うん。帰りに具の材料を買ってきたいです」
「了解」
明日の予定を決めて寝るための準備に取り掛かろうとすると、シエルがぴょんと私たちの間に飛び込んでくる。
「どうした?」
「にゃ~ん」
何だろう?
何か言っている気がする。
シエルが言いたいこと?
「あっ、もしかしてお腹が空いたの?」
「にゃうん」
そっか、前に狩りをしてお腹を満たしてからちょっと時間が経っている。
「だったら、明日は午前中に森へ行って、シエルが帰って来たらローズさんのお店に行こうか」
ドルイドさんの言葉に嬉しそうに揺れるシエル。
「そうだね、シエルを待っている間にソラたちのポーションを集めたらいいし。シエル、それでいい?」
「にゃうん」
良し、そうと決まれば今日はもう寝よう。
明日も寒いだろうから、寝不足とか絶対に駄目。