256話 それぞれの立場
「申し訳ありませんでした」
冒険者ギルドのギルドマスターであるプリアさんが、私とドルイドさんの前で深く頭を下げる。
謝ってくれたので、私としてはもういいのだが、隣にいるローズさんが怖い表情でプリアさんを睨みつけている。
「あのローズさん、もういいのではないですか?」
ドルイドさんがローズさんにそっと声をかける。
このままでは駄目だと思ったのだろうけど、勇気があるなと感心してしまう。
私だったら今のローズさんには話しかけられない。
「はぁ、ドルイドさんもアイビーも簡単に許し過ぎるよ、まったく」
いや、忙しくてバタバタしている時に問題が後から後から出てきたら混乱しますって。
しかも緊急に対策を練らないと駄目なのに、商業ギルドのギルマスさんは犯罪に走っているようですし。
「謝罪はしっかり受け取りましたので、もういいです。顔をあげてください」
「はい。ありがとうございます」
プリアさんは、今日ここで私たちが会う事が心配だったらしい。
忙しいなか、なんとか時間を作ってあの犯罪組織に関する書類をもう一度確認。
そこで私の名前が功労者の方に間違いなく載っている事を確かめ、急いでタブロー団長さんにその事を知らせに来てくれたようだ。
少し遅かったが。
プリアさんが来て少ししたら、自警団の副団長ピスさんが帰ってこないタブロー団長を迎えに来た。
店の中の様子を見て、タブロー団長に説明を要求。
そして、そのタブロー団長は今、少し離れた場所で、副団長のピスさんからお叱りを受けています。
どうやらタブロー団長さんもプリアさんもトップの座について日が浅いらしい。
それぞれ技術力も人を纏める力もあるようで問題はないのだが、トップとしてはまだ修行中だとピスさんが教えてくれた。
ピスさんはお目付け役というか、トップとしての判断力などを指導する人らしい。
問題がいろいろ出た時には、寒さが急に深まったため森に異常がないか確認に行っていて留守だった。
タブロー団長さんにもプリアさんにも運が悪かったとしか言いようが無い。
ちらりと周りに視線を向ける。
ソラたちを探しているのだが、先ほどから姿が何処にもない。
プリアさんがお店に駆け込んできたので慌てたのだが、その時には既に3匹の姿は何処かに隠れていた。
隠れるのが上手すぎる。
ドルイドさんも何気に探してくれているのだが、彼にも分からないようだ。
「まったく」
どうやらお叱りの時間が終わったようで、タブロー団長さんが元々座っていた椅子にピス副団長が座る。
「悪いね~、はいお茶」
ローズさんは慣れているのか、手際がいい。
「これは?」
タブロー団長に渡す予定だった赤の魔石の入った袋に気が付いて、ピス副団長が中を確認して固まった。
皆、似たような反応をするな。
そんなに珍しいのかな?
あっ、そう言えば一番上に先ほどフレムが復活させたレベル1相当の魔石をそっと入れておいたな。
確かにあれは驚くかな。
「えっと、これは」
「提供した魔石です」
「……いやいや、これは違うでしょう。間違いですよね?」
ピス副団長に否定されてしまった。
「いえ、本当に提供した魔石です」
ピス副団長さんが信じてくれない。
しかもプリアさんもなぜか魔石を見て黙り込んでいるし。
「団長! 提供についてちゃんと説明しないと駄目だと言ったではないですか!」
「いやいや、ちゃんと説明した……したよね? えっ、したっけ?」
したと言うかドルイドさんからちゃんと説明してもらっていたから問題ないというか。
「俺が詳しく知っているので、問題ないですよ」
ドルイドさんが苦笑いしながら、タブロー団長さんをかばう。
「それならいいのですが、説明を忘れる事が何度もあったので」
ピス副団長さんはため息をつきながらお茶を飲む。
タブロー団長さんもプリアさんも、思い出すことがあるのか視線が泳いでいる。
「しかしいいのですか? こんな高レベルな魔石を提供してもらって」
「はい。活用してこそ、魔石に価値があるというモノですよ」
「出処の確認をしても良いでしょうか?」
「それだったらタブローが確認した。悪いが団長以外に話すつもりはないよ」
ピス副団長さんの言葉に、すぐさまローズさんが反応する。
彼はローズさんとタブロー団長さん、ドルイドさんと私を見て1度頷く。
「分かりました、団長が問題ないと判断したのでしたら、それでいいです。でもさすがにこれは駄目です」
袋から一番綺麗な魔石を取ってドルイドさんに返してしまった。
残念。
それにしても、ピスさんの話し方は落ち着いているな。
「大まかな事はプリアギルマスから聞きましたが、ヒサザギルマスの事はどの程度調べたのですか?」
ヒサザギルマス?
商業ギルドのギルマスさんのことかな?
「ここはお前たちの執務室ではないよ。余計なことにアイビーたちを巻き込むんじゃないよ」
「……ばれましたか」
巻き込む?
「当たり前だ。とっとと帰りな」
ローズさんがピス副団長に手で外を指す。
ピス副団長は肩を竦め、プリアさんとタブロー団長を連れて帰って行った。
魔石はちゃんと持ち帰ってくれたので、役立ててくれるだろう。
「ありがとうございます」
ドルイドさんがローズさんにお礼を言っている。
そのやり取りの意味が分からず首を傾げる。
「ピスの奴は抜かりないからね。功労者と聞いて自分たちの問題に何か助言をしてもらおうとしたんだろう。まったく」
……功労者って私だよね。
助言?
「無理無理。あれはたまたまだったので」
「たまたまなのかい?」
ローズさんがじっと私を見てくる。
それにちょっとドキドキしながら頷く。
「ぷっぷぷ~」
「「あっ!」」
足下からソラの声が聞こえたので慌ててその姿を探す。
が、足のところで伸び伸びと運動しているソラがすぐに目に入る。
「よかった~。ごめんね、急な人だったから対処できなくて」
「にゃうん」
「てりゅ~」
後ろからピョンと机に乗ったシエル。
座っている場所から少し離れた棚に置いてあるアイテムの中から出て来たフレム。
皆の姿にホッとする。
「悪かったね~。鍵をかけておくのを忘れてしまって」
ローズさんがそう言うと、扉の鍵をかけに行く。
「いえ、俺も忘れていたので」
「それにしても悪いね。私の息子が」
「仕方ないですよ、いろいろ重なって大変だったのでしょう」
団長さんの仕事って多岐にわたっているもんな。
それはギルマスさんにも言える事だけど。
「大変な時だからこそ、失敗は許されないのだけどね」
ローズさんが少し寂しそうな表情を見せる。
「あの、プリアさんってどんな方なんですか?」
最初ローズさんは彼の事を嫌っているのかと思ったのだが、なんとなく違うような気がした。
「あの子は良い子なんだよ。仲間を本当に大切にする子だ」
やはりローズさんはプリアさんの事を好きなんだ。
でも、だったらどうしてあんな態度に?
「ギルマスという地位は、大切にするだけではやっていけませんからね」
えっ?
ドルイドさんの言葉にローズさんが深く頷く。
「そうなんだよ、あの子はまだその事をちゃんと理解していない」
あっ、そうか。
ギルマスさんの仕事って……。
仲間が死ぬと分かっていても、町を救うために選びたくないことだって選ばなければならない立場なんだ。
オール町のギルマスさんを思い出す。
彼は町を絶対に守ると強い意思を見せ、それに冒険者たちが命をかけた。
シエルがいたから死者はいなかったけど、いなかったらかなりの被害が出たと後で教えてくれた。
「それにタブローとの関係が心配でね。幼馴染で助け合うのは良いが、立場が違う事を理解していない。タブローは自警団のトップ、プリアは冒険者ギルドのトップ。最終的に違う事を判断する場面がある。その時にお互いの事を思って選べないのではないのかと思ってね」
立場の違いか、難しいな。