243話 ちょっと安心
シエルの後を追って、森の奥へと突き進む。
周りの気配を調べると、さすがに先ほどの場所より強い気配を感じる。
が、確かに感じるのに動きがない。
何が起こっているのか分からないので少し恐怖を覚えるが、仲間の姿を見ると無駄な力が抜けた。
ただ、何か起こるかもしれない為、少し警戒を強めておく。
それにしても寒い。
長時間外にいるため、思ったより末端が冷えてしまったみたいだ。
手先と足先がジンジンしている。
帰ったら、温かいお風呂だな。
ドルイドさんがお風呂付の宿に拘った理由が、理解できた気がする。
「ん? 寒いのか? 大丈夫か?」
指をこすりあわせているのを見たのか、ドルイドさんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫」
「本当に?」
ドルイドさんの、この心配する表情は苦手だな。
意地を張っていると、悪い事をしている気分になる。
まぁ、意地を張る必要もないのだけど……。
「えっと、コートがあるから体は大丈夫なんだけど、手先とか足先が冷えちゃって。でも、宿に帰ったらゆっくりお風呂に入るから大丈夫」
なんだか言い訳みたいになってしまったな。
「そうか。確かに手先とか冷えるよな。お風呂が恋しいな」
「ものすごく」
腕の中でごそごそ動く気配に黒の球体を見る。
顔の部分がキョロキョロと動き、周辺を見ている。
もしかしてサーペントさんが近くにいるのかな?
「ぷっぷぷ~」
シエルの後ろで大人しく飛び跳ねていたソラが、いきなり大きな声を出す。
視線を向けると、勢いよく飛び跳ねる姿が飛び込んできた。
驚いて見ていると、どうやら大きな黒い岩に向かっているようだ。
「凄い大きな岩ですね。あれ? 模様?」
近付くと黒い岩だと思っていた物に白い模様がある事に気が付く。
しかもこの模様は見たことがある。
「もしかしてサーペントさん?」
岩に見えたのは大きな胴体だったようだ。
「どっち側が顔だと思う?」
ドルイドさんの質問に左右を見比べる。
「えっと」
サーペントさんに出会う事が出来たが、胴体部分のため顔がある方へ行く必要がある。
が、胴体は少し曲がっていて、左右を見比べても同じに見えてどちらに行けばいいか分からない。
本当に、良くここまで大きくなったと感心してしまうほど大きいサーペントさん。
どちらに進むべきかと悩んでいると、頭の上に影が出来る。
上を向くと、サーペントさんが見下ろしていた。
視線が合った瞬間、怖いと言う気持ちは一切なく顔が見えた事に安心してしまった。
「お久しぶりです。覚えていますか?」
少し声を張り上げて、片手を振る。
ドルイドさんも軽く手をあげている。
じっと見つめていた目が少し細まったと思ったら、スッと顔が下に降りてきた。
「ありがとう。この子が迷子になっていたから」
腕の中の黒の球体を見せると、サーペントさんがため息をつく。
それに腕の中の黒の球体がびくりと震えた。
もしかして、後で怒られたりするのかな?
頑張れ!
「はい。今度は気を付けてね」
黒の球体を足元に置くと、足が出て来てちょこちょことサーペントさんに向かって歩き出す。
が、すぐに小さな石に躓いて、そのままサーペントさんがいる場所とは逆の方向に転がっていく。
ドルイドさんが慌てて後を追って抱き上げると、今度はサーペントさんの胴体の上に置いた。
「ごめんね、最初からそうすればよかったね」
そういえば、サーペントさんの上からは落ちないな。
不思議に思って黒の球体の足を見る。
黒の球体の足先には爪があり、それがサーペントさんの鱗の縁にしっかりと引っ掛かる。
なるほど、これで落ちないんだ。
感心していると、シエルがスライムになってサーペントさんの上に飛び乗る。
それを見たソラも。
そして黒の球体を巻き込んで、どうも遊んでいる様子。
「ソラとシエルがごめんね。体の上で遊んでいるけど大丈夫?」
サーペントさんはちらりと視線を向けるが、特に反応はしない。
たぶん、大丈夫と言う事だろう。
まったくあの2匹は!
「ククククッ」
不思議な音がしたので周りを見るが、私たち以外に動く気配はない。
ドルイドさんも森を見回しているが、見つけられないようだ。
「ククククッ」
もう一度、その音は頭の上から聞こえた。
「えっ、サーペントさん鳴けるの?」
「ククククッ」
あれ?
口が開いてない……喉で鳴いてるのかな?
というか、ヘビって鳴けるのか!
しかも巨大な体を持つサーペントにはちょっと不釣り合いな、可愛い鳴き声。
見た目と声が一致しない。
じっとサーペントさんを見つめていると、近かった顔がもっと近づく。
それに驚いていると、口から舌が出て来た。
視線を向けると、舌の上には黒の球体。
「あっ、いや、もう充分だから」
お礼のために渡そうとしてくれたのだろうけど、表に出せない魔石が増えてしまう。
やんわり拒否をしたのだが、ぐっと押しつけられてしまった。
慌てて返そうとするが、顔は既に遠く。
返す時機を逃してしまった。
それにサーペントさんの表情は何処か満足げに見えて、返しづらい。
「あ~、ありがとう」
お礼を言えば、眼を細めて一度頷いてくれた。
そういえば、この魔石の力を私たちは知らないのだよね。
訊いたら教えてくれるかな?
「サーペントさん、この魔石ってどんな力があるの?」
「ククククッククククッ」
しまった、ヘビ語が分からない。
なんとなく説明してくれているような気がするのだけど。
上を見るとじっと見つめ返してくるサーペントさん。
「ごめん、何を言っているのか分からなかった」
「……クククッ」
サーペントさんの声から元気がなくなる。
やはり説明をしてくれていたのか。
「えっと、そうだ! 死んだ人を蘇らせられるって本当?」
その質問に、サーペントさんが首を横にする。
どうやら違うらしい。
やっぱりドルイドさんの言うとおりだった。
でも、違うと言う返事に安心する。
そんな恐ろしい魔石は要らない。
「ありがとう」
貰った魔石がちょっとだけ軽く感じる。
ほんの気持ち程度だけど。
「そろそろ戻るか。暗くなりかけている」
周りを見ると、森の中に入ってきていた光が弱まっている。
「うん。サーペントさん、またね。ソラ! シエル! 帰るよ」
私の言葉に、サーペントさんの上で揺れる2匹。
「置いていくぞ~」
と言う、ドルイドさんの言葉で慌てている。
まったく。
戻って来たソラとシエルの頭を1回軽く撫でる。
「ククククッ」
サーペントさんは挨拶なのか1回鳴いて、移動を始めた。
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
ソラとシエルも挨拶? をしている。
気が付くと、シエルがアダンダラに戻っていた。
以前より滑らかに変化出来るようになって、シエルは変化を楽しんでいるようだ。
「戻ろっか」
村へ戻っている途中、森にすむ魔物たちの気配が動いていることに気が付いた。
さっきまで全く動きがなかったのに。
周りの気配を調べると、動物もまだいるようだ。
「どうした?」
「動いていなかった気配が動き出したので」
「……もしかしてサーペントがいたから動けなかったのかもしれないな」
「ん?」
「森の守り神と言われるほどの力を持っているから、怖がられているのかもな」
怖がられている?
あんなにやさしいのに?
まだまだサーペントさんの事を知らないな。
また会えるかな?