242話 迷子?
「ぷっぷぷ~」
森にソラの鳴き声が響く。
いつもより少しだけ大きい鳴き声。
久々の森での自由に、そうとう機嫌が良いようだ。
「ソラ、あまり森の奥へ行くのは駄目だよ」
先頭切って飛び跳ねるソラを追いかけているが、どうも森の奥へ行こうとしている気がする。
「ぷ~?」
ソラは立ち止まって、後ろにいる私たちを見る。
「危ない魔物とか動物がいる可能性があるからね」
そう言ってみたが、少し首を傾げる。
今いる周辺の気配を先ほどから調べているが、おかしいのだ。
「どうした?」
「えっと、この周辺の気配に動きがなくて」
「ん?」
「寒さに弱い動物は冬眠に入っている可能性があるから動きがないのは分かるけど、寒さに強い魔物も動いていないから不思議で」
普通森の中では色々な気配が動き回っている。
その中で危ない気配か、安全な気配なのかを見極めて行動する。
この森に入った時は、確かに色々な気配が動き回っていた。
シエルの気配を感じたのか、逃げていく気配も多かったが。
それが今、なぜかまったく動いていないのだ。
これはおかしい。
「何かあるのか? そういえば静かだな」
耳を澄ませば、風の音や木々がこすれる音がするが動物が起こす音は聞こえない。
「ちょっと怖いですね」
「そうだな」
シエルは大丈夫かな?
不安になって周りを見渡す。
「ぷっぷぷ~」
ソラの嬉しそうな声に視線を向ける。
不思議に思って近づくと、ソラの前に黒の球体が転がっている。
「あっ、これって守り神の子供だっけ?」
ドルイドさんの言うとおり、少し前に見かけたおそらく森の守り神、サーペントさんの子供だ。
「どうしたの? サーペントさんはいないの?」
黒の球体に話しかけるが、動きがない。
不安に思って、黒の球体にそっと触れる。
触れた瞬間ビクンと震える体。
「よかった、生きてた」
動かないから死んでいるのかと不安だったが、大丈夫のようだ。
もしかして怖がっているのだろうか?
そういえば、前に会った子も怖がりだったな。
ん~、触るのは失敗だったかもしれない。
手を離して、ゆっくりと落ち着いた声を意識して話しかけてみる。
「ごめんね。少し前に会った冒険者だよ。覚えてない?」
「ぷっぷぷ~」
ソラも球体の周りを小さく飛び跳ねて鳴いているが、話しかけているのかな?
しばらくじっと様子を見ていると、おもむろに球体の中からぴょこんともう1つ球体が出て来た。
「おっ、顔だ」
「なんだか、可愛いですね」
前回会った時は、サーペントさんの方が強烈だったので子供たちを詳しく見られなかった。
その為気付かなかったが、黒の球体の顔はもう1つ小さ目の球体らしい。
何とも可愛い。
「えっ、可愛い? いやいや、それはちょっと」
ドルイドさんはどうやら可愛く見えないようだ。
残念。
可愛いと思うのだけど、もしかしてこれって私だけの感覚とか?
それはちょっと嫌だな。
黒の球体は小さな球体部分をキョロキョロ動かして周りを見ている。
その雰囲気は必死だ。
もしかして、サーペントさんとはぐれたのだろうか?
「サーペントさんが何処にいるか分かる?」
私達になれてくれたのか、声をかけると首を思いっきり伸ばして私を見てから顔を横に振る。
首があった事に驚いたが、見ているとホッとする。
何だろう、思いっきり頑張っている姿に癒されるって感じだろうか?
「分からないって事は迷子か」
ドルイドさんの言葉にまた首を横に振る?
迷子ではないらしい。
「ここが何処か分かってるのか?」
もう一度ドルイドさんが声をかけると、ピタリと固まったように動かなくなった黒の球体。
これはどう見ても迷子ではないだろうか?
そっとドルイドさんを窺うと苦笑いしていた。
「どうしましょう?」
「そうだな。ソラ、サーペントの居場所が何処か分かるか?」
「ぷっ」
ソラは首を傾げるように体を横に傾ける。
残念ながらわからないようだ。
「仕方ない、シエルが帰って来るまで待つか」
それしか方法がないかな?
周辺に動く気配はないが、危ない場所だから私たちだけで捜し回るのは得策でない。
って既にソラを追いかけて動き回っているので説得力がないな~。
と思わなくもないが、これ以上危ない事はしない方がいいだろう。
サーペントさんの居場所が分かっていない今は。
「シエルにお願いするしかないみたいですね」
シエルの仕事が増えるのは申し訳ないが、妖精と言われているサーペントさんの子供をここに置いておくわけにもいかない。
悪い人に見つかってしまったら、大変なことになる可能性がある。
「それにしても、不思議な生き物だよな」
ドルイドさんが黒の球体をツンツンと指でつつくと、顔をひっこめることはないがピクリと震えている。
まだ少し怖いのだろう、動きがぎくしゃくしていて何とも可愛い。
「ドルイドさん、可哀想ですよ」
「アイビーも笑ってるくせに」
「だって反応が可愛くて」
2人で笑っていると、こちらに駆けてくる気配がある。
少し緊張してしまうが、その気配がよく知っている気配だと気付くと体から力が抜けた。
ソラもシエルの気配に気付いたのか、気配を感じる方を向いてピョンピョンと飛び跳ねている。
「シエルか?」
ソラの様子を見てドルイドさんも気付いたようだ。
「うん。今こっちに凄い速さで戻ってきてる」
本当に速いなと感心している間に、シエルが颯爽と走り込んできた。
「にゃうん」
「お帰り、怪我とかしていない?」
そう聞くと、私の頭に顔をすりすりと擦りつけるシエル。
その力が今日はいつもより強い。
どうやら狩りが上手くいって、かなり機嫌がいいらしい。
ぐいぐい押されて、体がのけ反りそうだ。
「お腹、いっぱいになったか?」
ドルイドさんがそっと背中を支えてくれたので、何とかシエルを受け止めることが出来た。
良かった。
「にゃうん」
彼が、シエルの頭を撫でるとグルルと喉を鳴らして甘えている。
あっそういえばと、黒の球体に視線を向けると最初に会った時の状態に戻っている。
どうやらシエルに驚いて、顔をひっこめたようだ。
「シエル、お願いがあるの」
シエルの目をじっと見る。
シエルも私をじっと見返してくれる。
「あのね、この子。この村に来る前に会った大きなヘビ、サーペントさんの子供だと思うのだけど迷子みたいなの。ごめんねちょっと持ち上げるね」
そっと黒の球体を持ち上げてシエルに見せる。
「サーペントさんのところに連れて行ってあげたいのだけど、何処にいるのか知ってる?」
「にゃうん」
シエルはサーペントさんの居場所を知っているのか、迷いなく返事をしてくれた。
「何処に行けば会えるかな?」
私の質問にシエルは、今戻って来た道へ歩き出す。
「案内してくれるの?」
「にゃうん」
ちらりと後ろを振り返り鳴くと、すぐにゆっくり歩き出す。
「ありがとう」
黒の球体を地面に下ろそうかと考えたが、以前見た球体の歩く速さを思い出しこのまま抱き上げて行く事にした。
この子の速さで歩いていたら、きっと夜になってしまう。
「サーペントさんの所に行こうね」
腕の中の球体にそっと話しかけると、ぴょんと顔が飛び出したので驚いた。
さすがに不意にだと少し怖いな。