239話 呼び方は大切です
赤くなった頬を押さえながら。
「ドルイドさん、変なこと言わないで!」
彼に、注意しておくことにする。
どうも、最近おちょくられているような気がする。
「別におちょくってないぞ」
「嘘だ!」
「本心から言っているからおちょくってはいない。本気で可愛いと思っているからな」
本当に止めてほしい。
視線を彷徨わせると、タブローさんがちょっと複雑な顔をしていることに気が付いた。
どうしたのだろう?
「言いたくなければいいのだが、何処からこの村へ? それと2人の関係は?」
なんでそんな事を訊くの?
「俺達はオール町からです。アイビーは命の恩人で、今は旅の仲間です。詳しい事はオール町のギルドに確認してください。ギルマスとは2人とも知り合いなので」
命の恩人は言いすぎだけどな。
「恩人?」
タブローさんはドルイドさんと私を交互に見て何かを考えている。
ドルイドさんは肩をすくめて、私は良く分からないのでタブローさんをじっと見つめる。
「……すまない。俺の思い違いの様だ、嫌な気分にさせてしまった」
えっと?
何事?
首を傾げてドルイドさんを見る。
「タブロー団長。アイビーは嫌な気分の前に、全く意味を理解していませんよ」
ドルイドさん、タブローさんに団長を付けて呼んでいるんだ。
私もタブロー団長さんと呼んだ方がいいのかな?
それより2人の話が全く理解できない。
ちゃんと確認した方がいいよね。
後で変な誤解を生まないためにも。
「あの~、何のことですか?」
私にも関係があるみたいだけど、2人でいったい何の話をしているの?
「えっと、どう言えば……」
タブロー団長さんは困った表情をしている。
仕方ないのでドルイドさんを見る。
「アイビーと俺って親子に見えるだろ?」
「うん」
それは旅の途中で出会った人に言われた事がある。
『仲がいい親子ですね』と。
あれはうれしかった。
「でも、アイビーは俺を父さんとは呼ばず名前で呼んでいるから、周りから見たら関係が分からない。親戚関係なら叔父さんだしな。友人関係にしては年が離れすぎている」
あっ、そっか。
本当の親子だったら名前では呼ばないか。
そうなると、私たちってどう見えているんだろう。
「見方によっては、俺がアイビーを無理やり連れ回しているように見えるかな」
まさか、そんな事ある訳ないのに。
「少し考えた」
「え~! どうしてそんな」
驚いた。
そんな風に見られていたなんて。
ドルイドさんの呼び方を『お父さん』にしたら問題はないのかな?
「今年の夏に大きな犯罪組織が潰れたんだ。被害者たちは保護されたと情報で流れたが、内密に連れ去られた被害者がいる可能性もあるらしい。だから関係性が分からない旅人がいたら確認するようにと通達がきているんだ」
あ~、あの組織か。
「アイビー? えっとすまない」
タブロー団長さんに何故か謝られる。
あれ?
もしかしてあの組織の事を思い出していたから、嫌悪感でも表情に出てしまったかな。
「いえ、あのですね~」
説明した方がいいのかな?
でも、あまり話したくないな。
「タブロー団長、アイビーは別に不快に思っているわけではないですよ」
「えっ、そうなのか?」
「はい」
タブロー団長さんを不快に感じる事はない。
もしものことを思って聞いてくれたのだし、確認は大切だ。
「そうか」
「馬鹿息子が悪いね~」
ローズさんの呆れた声が聞こえた。
それにタブロー団長さんが、ちょっと眉間に皺を寄せる。
「母さん。これは仕事だ」
「間違っていたじゃないか」
「…………」
タブロー団長さんはローズさんに絶対口で勝てないだろうな。
そんな気がする。
たぶん。
「あれ? でも門の所でその辺りも確認しているのでは?」
ギルドのカードと持ち主についてはマジックアイテムでしっかり調べられているはずだ。
「そうなんだけど、たまにそれをくぐり抜ける奴らがいるんだよ」
ドルイドさんが、私の頭をポンと軽く撫でる。
そうなのか、万全ではないって事か。
「他にも何か聞きたい事があるなら、奥の部屋を使ったらどうだい?」
そう言えば、ここはお店の出入り口だった。
商売の邪魔をしてしまったな。
「いや。そう言えばオール町?」
「んっ? あぁ、少し前まで魔物騒動で騒がしかったオール町だよ」
「大変だったと聞いたよ。食糧支援が必要かと思っていたんだが、大丈夫だったのか?」
「あぁ、『こめ』を食料として広めることが出来たから、問題なかった」
面白いぐらいに一気に広まったのは、食料への不安があったからだろうな。
「『こめ』? 家畜のえさのか?」
タブロー団長さんが驚いた表情をしている。
まぁ、これが普通の反応なんだろうな。
「あぁ、美味しいが食べるか?」
「えっと、いや」
無理かな。
「気になるね。どうやって食べるんだい?」
まさかのローズさんが食いつくとは。
「炊いて『こめ』の中に具を入れて握って食べるんです」
ドルイドさんの説明は簡潔だけど、それで想像は出来るのかな?
「ん? まったく想像がつかないね」
おにぎりを知っている人でないと無理だよね。
あっ、それなら。
「作って持ってきましょうか?」
米を食べる仲間が増えるのはうれしい。
この村だけの具も作れるかもしれない。
そう言えばこの村のソースの特徴も知りたいな。
「いいのかい?」
「はい、おにぎりと言う名前なんですが、一緒に楽しめる人が増えるのはうれしいです」
「なら、お願いしようかね。私たち夫婦と息子の分を」
あれ?
タブロー団長さんは断っていたけど。
ちらりと視線を向けると、嫌そうな表情。
「なんだいタブロー。文句でも?」
「いや、俺は遠慮しておくよ」
無理なら仕方ないな。
「数年前に雨が続いたせいで不作になって、冬に食料が底を突いたことがあっただろう? あの時『こめ』が食べられると分かっていたら、子供たちがあれほど被害に遭う事もなかった。違うかい?」
ローズさんの悲しみと悔しさの滲んだ声が痛い。
「『こめ』は育てやすい、少し手を掛けてやるだけで豊作だ。あの雨の被害が出た年だって『こめ』はしっかり取れていたからね。まぁ、そのお蔭でモウたちが死ななかったから、この村は継続出来たんだけどね」
「そうだな、あの時の二の舞を演じるのはごめんだ。アイビー、頼んでいいか?」
「もちろんです」
もしもの時の食料として考えるなら、作って来るより一緒に作った方がいいかもしれない。
米は水加減でかなり変わる。
それに炊くのに火の調整が必要になる。
「タブロー団長さん、ローズさん。一緒に作りませんか?」
「「えっ?」」
「そうだな、『こめ』は炊くのに少しコツが必要だ。もしものことを考えてるなら作り方も見ておいた方がいいだろう」
ドルイドさんも一緒の考えになったようだ。
「確かにそうだね。食べられると分かっても、調理方法が分からないようでは意味ないからね」
ローズさんは納得してくれたようだ。
タブロー団長さんを見ると。
「えっと、あの……」
ん?
「あぁ、タブローは器用なのに料理だけはさっぱりなんだよ。何度教えても不味い物が出来る」
ローズさんの言葉に視線を泳がせるタブロー団長さん。
料理下手ってラットルアさんみたいだな。
そう言えば、いつも作ってもらって悪いからってラットルアさんがスープを作った事があったんだよね。
でも、あの1回だけで止めてもらった。
何と言うか……気持ちだけで十分な味だったから。
あのスープ、修正するの大変だったな~。
「難しくなければ、大丈夫のはずだ……きっと」
えっとなんだかすごい不安を感じる。
「えっと、ちょっと難しいので無理はしない方がいいと思います。誰か得意な人を連れて来るとか」
「ぷっ」
「あはははっ」
上手くかばえなかったみたいだ。
ドルイドさんは吹き出すし、ローズさんは大笑い。
タブロー団長さん、ごめんなさい。
悪気は全くないです。